第15話 毒をもって毒を制す?

文字数 4,521文字

 ラシーダの意識が再び現実(・・)に戻ってきた。だが彼女は既に自分の中にセルケトの力が宿っている事を理解していた。

『何……!? この女、神力が……!?』

『まさか……こいつも神化種(ディヤウス)だったのか!?』

 彼女を執拗に狙っていた2人のプログレスが、様子の変わったラシーダの姿に驚愕する。彼女は彼等を見返す。もう恐怖も不安も無かった。

「ええ、そうよ。私は蠍の女神セルケトの神化種。よくも今まで好き放題やってくれたわね。覚悟は出来てるかしら?」

『……っ! ええい、怯むな! ディヤウスとはいえ覚醒したてであれば問題ない!』

 プログレス達は自分に言い聞かせるようにして襲ってくる。その動きは確かに速いが、見切れないほどではなくなっている。

「ふっ!!」

 彼女は愛用の鞭を振るう。神器(ディバイン)の知識も得たラシーダは、自分の鞭に『セルケトの尾』と名付けた。名を与える事でその武器は自分に適合して、ディヤウスの力を自在に伝導する神器となるのだ。

 ディヤウスとなった彼女が振るう鞭は今まで以上の速さ……ではなく、まるで彼女の身体の一部(・・・・・)であるかのように変幻自在の動きを見せた。

『ぬお……?』

 それこそ蠍の尾のように完全に獲物を狙う有機的な動きで襲い掛かる鞭に、蜥蜴男が驚いて飛び退る。しかし鞭の先端は本当に独自の意思を持っているかのように蜥蜴男を追尾して、その身体に攻撃をヒットさせた。

『……! な、何だ、脅かしやがって。大した威力も…………ぬぐっ!? こ、これは……』

 蜥蜴男が悶え苦しみ出す。鞭の打撃自体はそれほど効かなかったようだが、それ以外(・・・・)の要因によってダメージを受けているようだ。

「ふふ、苦しい? 毒を武器に使う自分達が、より強力な毒(・・・・・・)を受けるのはどんな気分かしら?」

『……!』

 ラシーダが妖艶に微笑む。『セルケトの尾』は神器となった事でそれ自体が強力な毒を帯びており、直撃は勿論かすっただけでも相手の身体に猛毒を流し込む事が出来るのだ。自分より弱い相手であればこの毒だけで決着を付けられる程だ。


『おのれっ!』

 もう1人の蛇男が飛び掛かってくる。ラシーダは『セルケトの尾』で蜥蜴男を攻撃していた最中なので無防備だ。だが……

『デザート・バイド!』

 ラシーダが鞭を持っていない方の左手を大きく薙ぎ払うと、そこから多量の()の粒子が出現して蛇男に纏わりついた。

『ぬわっ、何だこの砂は!?』

 蛇男は纏わりつく砂を振り払おうと暴れ回るが、砂の粒子はそれ自体の攻撃力は低いがしつこく纏わりついて対象の動きを阻害する。その間に跳び退って距離を取るラシーダ。そして再び左手を今度は突き出すように蛇男に向ける。

『ヴェノム・ショット!』

 その掌から毒々しい色をした光弾のようなものが連続で撃ち出される。それは狙い過たず蛇男に命中。やはり光弾自体に攻撃力は殆どないようだが、その代わりに強烈な毒素を含んだ気弾は相手の体内に浸透し内側から対象を破壊する。

『ウギィェェェ……!! ク、クルシイィィィ……!』

 悶え苦しんだ蛇男は、そのまま口から大量の血と泡を噴き出しながら倒れ込んだ。何度か激しく痙攣を繰り返した後、動かなくなった。見ると蜥蜴男の方も『セルケトの尾』の毒にやられて同じように泡を噴いて死んでいた。

 これまで自前の毒で多くの人間を殺めてきたであろう連中の皮肉な最後である。そして毒を使う魔物をより強力な毒で倒すという離れ業をやってのけたラシーダは、妖艶とも残酷ともとれる微笑を浮かべて自分が殺した怪物達の死体を見下ろす。

 彼女はシャクティなどとは違って最初から戦いの覚悟が出来ていた。ましてや敵は自分を執拗に追い回して捕まえて利用しようとしてきた連中だ。こいつらのせいで彼女は普通の人生を送れなくなったのだ。情けをかける理由は一遍もない。


「ラシーダ! 覚醒できたみたいだな!」

「ええ、ありがとう、テンマ。蠍の女神セルケトが私の守護神(・・・)よ。改めて宜しくね?」

 一方、天馬に対しては親し気な笑みで対応する。同じディヤウスに覚醒出来た事で、彼に対する親近感や親和感はより強くなっている自覚があった。

 天馬が残った亀男に刀を向ける。

「へっ、当てが外れたな? 残るはテメェだけだぜ。散々好き放題やってくれて、勿論覚悟は出来てんだろうなぁ?」

 天馬の威圧に、しかし仲間を失って窮地のはずの亀男に焦りの色は無かった。


『ふん、役に立たん奴等だ。確かに誤算ではあったが、それならば俺も切り札(・・・)を切るまでだ』


「……!」

 様子の変わった亀男に警戒心を抱いた天馬が先手必勝とばかりに斬り掛かろうとするが、それよりも早く亀男が動いた。奴は地面に這いつくばるような姿勢を取って、背中についている甲羅を上に押し出してきた。よく見ると奴の甲羅には、まるで噴出口(・・・)のような孔がいくつも開いていた。

『かァァァァァァッ!!』

 亀男が唸ると、甲羅にあった噴出口が更に大きく開いた。そこから何か緑色の煙のような物が大量に噴き出したかと思うと、すぐに空気に溶け込んで消えてしまった。

「……? 一体何の――」

「っ!! これは…………テンマ! 私の側から離れないでっ!」

 天馬が訝しんだのも束の間、血相を変えたラシーダが彼の側に駆け寄ってきてその肩に手を置いた。

「奴は猛毒のガスを噴射できるんだわ。アレを見て!」

「……!」

 ラシーダが指差した先では、低空を飛んでいた鳥の群れがバタバタと落ちてくる所だった。その鳥達は全身から血を噴き出したかと思うと、身体がまるで体内から硫酸でも流し込まれたようにグズグズに溶け崩れていく。流石に天馬もその光景に目を剥いた。

「こいつは……」

「気を付けて、細胞自体を破壊する強力な猛毒よ。いえ、一種の病原菌(・・・)と言った方がいいかも知れないわ。これに触れたらディヤウスといえども致命的よ。私は毒に対する耐性が高いみたいだし、私の神力を直接(・・)注ぎ込んでいる間はあなたも大丈夫よ。でもちょっとでも離れたら……」

「……俺もああなるって訳か」

 天馬は鳥の死骸を見ながら呻く。一方亀男はそんな死の猛毒を吐き散らしながら、ある程度動けるようだ。這いつくばった姿勢のまま徐々に近づいてくる。


『くはは……俺の精製する猛毒は他の雑魚共のものとは訳が違うぞ。ディヤウスと言えども即死は免れん。『蠍』に俺の毒が効かんのはむしろ好都合だ。貴様らを引き離せば邪魔者だけを始末できるという事だからな』

「……!」

 こちらの弱点を見抜いた亀男が哄笑しながらその亀の口を大きく開く。そして口から魔力弾を吐き出して攻撃してきた。

「ちっ!」

 天馬は舌打ちしつつ、刀でその魔力弾を斬り払う。そしてお返しに鬼刃斬でこちらも遠距離攻撃を行うが、奴の甲殻によって弾かれてしまう。流石に直接斬り付けなければ関節は狙えない。

 再び奴が魔力弾を吐きつけてくる。こっちはラシーダから僅かでも離れられないので、その状態のまま亀男の魔力弾を防ぎ続けるのはかなり難しい。それにラシーダの神力も無限ではないだろう。このまま持久戦になるとこっちが不利だ。

 天馬の中に再び焦りが芽生えるが、その時ラシーダが彼の耳元に唇を寄せる。天馬はこんな時ながら耳にかかる吐息に心臓が高鳴った。

「テンマ、あなたは防御に集中して。奴は……私が倒す」

「……! あ、ああ、解った。任せたぜ」

 天馬がやや上擦った声で答えると、ラシーダは妖艶に微笑みながら自身の神力を高めはじめた。既に天馬の保護に神力を割いている状態なのでかなり消耗が激しいらしく、彼女の艶やかな面貌に大量の汗が滴り落ちる。勿論その間も天馬は飛んでくる亀男の魔力弾をひたすら斬り払い続ける。

 そろそろ限界が近いと彼が感じ始めたタイミングで、ラシーダが目を見開いた。


『オールクリア・アンチドートッ!!』


 ラシーダの神力が一気に解放されて周囲の空間に拡散放射される。それはこの空間を満たしていた亀男の猛毒を浄化する作用があるらしく、周囲の空気の質が明らかに清浄な物に変わったのが天馬にも解った。そしてそれだけではなく……

『お、おぉ……ば、馬鹿な。俺の毒ガスが………う、ごぉっ!?』

 その清浄な空気を吸った亀男が急に苦しみ悶えだした。自身の猛毒にも耐性があったはずの亀男が、まるで自分の毒に侵されているような……

「……毒に耐性を持つ生物にとって解毒剤(・・・)は猛毒。私はあなたの『天敵』だったのよ」

 どうやらこの清浄な空気は強力な解毒作用があったらしい。それは毒で生きる亀男にとっては逆に極めて有害な大気であったのだ。亀男が大量の血を吐き出しながら崩れ落ちる。勝負ありだ。


『ぐ……ふふ……。俺を倒した、所で、無意味だ……。お前達は、この街から、逃げられん……』

「何だと? どういう意味だ?」

 瀕死の亀男が血を吐きながらも天馬たちを嘲笑う。

『お、お前達の、仲間……女2人……。既に、マフムード様が、捕らえた……』

「何だと!?」

 天馬は驚愕に目をむいた。ラシーダも目を細めて厳しい表情となる。

『あの方と……お前達の、仲間は……『王家の谷』にいる……。今日中に、『王家の谷』まで来なければ、女達は、処刑される。お前達に……仲間を、見捨てる選択肢が、取れるかな……く、ふ、ふ…………』

「……! 『王家の谷』だと?」

 天馬が問いかけるが、亀男は既に事切れていた。彼の質問には代わりにラシーダが答える。


「ナイル川を挟んでこの街の対岸に広がる涸れ谷にある古代ファラオ達の陵墓群よ。セティ1世やラムセス2世、そしてあのツタンカーメンの墓などがある事でも有名ね」

「……! そこにマフムードや小鈴達がいるって事か」

「どうするの? こいつらのブラフという可能性もなくはないと思うけど……」

 ラシーダがある意味当然の慎重論を警告するが、天馬はかぶりを振った。

「いや、恐らく本当だ。小鈴達は奴等に捕まったに違いねぇ」

「そう思う根拠は?」

「俺はあのマフムードって野郎と直接対峙したからな。あいつはこんな杜撰な包囲網でむざむざ俺達を逃がすような奴じゃねぇ。最初から俺達を分散させて各個撃破するのが目的だったんだ。俺はまんまと奴の思惑に嵌っちまったって訳さ」

 天馬は自嘲気味にかぶりを振って唸った。しかしその目には不退転の決意が漲っていた。


「正直『王家の谷』に向かうのは完全に罠に嵌まりに行くようなモンだ。だが俺の判断ミスで捕まった小鈴たちを見捨てる訳には行かねぇ。俺はこれから『王家の谷』に向かう。悪いがエドフにはアンタ1人で――」

「――『王家の谷』には当然私も一緒に行くわ。私達はもう仲間でしょう? 私が仲間を見捨てて自分だけ逃げる薄情者に見える?」

「……っ! 本当にいいのか?」

 天馬が確認するとラシーダは大きく頷いた。

「勿論よ。それに各個撃破は思惑通りだったかも知れないけど、私がディヤウスで、かつ既に覚醒済みというのは明らかにマフムードも想定外でしょう? だったら奴の裏を掻く事も出来るんじゃないかしら?」

「……!! 確かにそうかもな。……ありがとう、ラシーダ。恩に着るぜ」


 マフムードとの対決を決意した2人は逃走をやめて、警察の目を盗んで『王家の谷』へと進路を変更するのであった。
 
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