第6話 ハイデラバード空港

文字数 4,434文字

 翌日になって天馬達はアディティの案内の元、早速その『ヴリトラの怒り』とやらがアジトにしていると目されている場所に向かっていた。

「……しっかし本当なのか? 街中にあるどデカい空港跡地(・・・・)にテロ組織のアジトがあるってのは?」

 アディティの運転する街の北に向かって走る車の中で、天馬が彼女に問い掛ける。彼女は運転しながら首肯した。

「はい。他にもいくつかありますが、このハイデラバード空港(・・・・・・・・・)の跡地が現在の所奴等の最も有力なアジトと見做されています」


 ハイデラバード空港は街の南にラジーヴ・ガンディー国際空港が出来るまでは、街の玄関口として主要な交通手段となっていた。しかしラジーヴ・ガンディー国際空港が完成してからはその役割を終えて急速に廃れていき、現在ではほぼ使われなくなり廃港同然となってしまっているのだとか。


「犯罪者共には格好の隠れ家という訳だな。しかし空港のような広い敷地が街中に残ったまま、今まで再開発の話などは出なかったのか?」

 ザキール邸で存分に食欲を満たしたアリシアは、昨日までの欠食児童ぶりが嘘のように落ち着いた冷静な所作で疑問を呈する。

「郊外を見て頂ければ分かるように、街の財政もそれほど豊かな訳ではありませんから。というより一部の者達が恣意的に独占していると言うべきでしょうか。あの広い土地を再開発して採算が取れるような大規模な事業を誰もやりたがらないというのが実情なのです。それに加えて、まあ……あそこを隠れ家にしたい犯罪組織と州政府の高官が癒着でもしているのでしょう」

「警察も政府も犯罪組織と癒着か。世も末だな。尤も……一皮剥けばアメリカも大差は無いのであろうが」

 アリシアが自嘲気味に笑った。それは日本でも同じ事だろう。むしろ解りやすく表に出てこない分厄介とも言える。

「中国なんて一党独裁だから役人はやりたい放題だし、黒社会との癒着なんて日常茶飯事よ」

 小鈴も変な所で張り合って話に入ってくる。やはり中国国内にいると色々と憚られるようだが、こうして国外に出てきた事で良い意味でその束縛から解放されているようだ。

 かなり渋滞している街の中心部を抜けてようやく北部へと出た車は、空港跡の少し手前にある空き地に駐車した。


「流石に車で堂々と侵入という訳には行きませんので、ここから先は歩きになります」

「ああ、構わねぇよ。むしろ座り過ぎでケツが痛くなっちまったから歩きの方がいいぜ」

 天馬が車から降りて身体を伸ばしながらボヤいた。元々国土の狭い日本の出身でしかも高校生の身だった天馬はそこまで長時間車に乗り続けた経験が少なく、身体が凝りに凝って仕方が無かった。

「あら、意外と辛抱が効かないのね? 中国じゃ隣の市に行くだけでも車で10時間以上とかザラだし、このくらいは何でもないわ」

「うむ、全くだな。アメリカもどこか行楽地に行こうと思ったら車で半日、一日掛かりは当たり前だからな。鍛え方が足らんな」

 小鈴の揶揄にアリシアも同調して頷く。中国もアメリカも日本とは比べ物にならないくらい国土が広いので、そういう面での意識そのものが異なるようだ。

「へいへい、どうせ狭い島国暮らしの軟弱者ですよ」

 今度は自分が2対1で味方がいない事を悟った天馬が口を尖らせて再びボヤいた。


「さあ、行きましょう。敷地内に侵入した瞬間から奴等の縄張りになりますのでご注意ください」

 一方当事者であるアディティは気が急いているらしく、お喋りに付き合う事も無く天馬達を促す。天馬達も意識を切り替えて緊張感を高めて頷いた。

 現役で稼働していない空港は当然の事ながら一見人気が無く、高いフェンスで外部と仕切られていた。

「侵入するのは容易いが、監視カメラや見張りのような者はいるのか?」

「見張りはいません。フェンス越しに外から市民に見られる可能性がありますし、怪しい者が敷地内をウロウロしていてはすぐに噂になるでしょう」

 アリシアの確認にアディティが答える。なるほど、確かに尤もな話だ。

「しかし監視カメラはあるはずです。その位置も凡そ当たりを付けてあります」

 どうやら天馬達と会う前から事前に下調べをしていたらしいアディティは、迷いなくいくつかのポイントを指し示す。今は使われていないターミナルビルや倉庫、格納庫などの屋根や壁に、非常に目立たないが確かにそれっぽい物体を確認できた。

「どうするの? やり過ごす? それとも……」

「カメラの監視範囲までは確認できませんでした。破壊しましょう。それで確認の為に誰か出てくれば奴等がどこから出てきたのか、つまり入り口(・・・)が解ります」

 小鈴の問いかけにアディティは迷いなく答えた。まるでこの状況を最初から想定していたかのような淀みなさだ。だが天馬達は目の前の施設への潜入方法に気を取られて、誰も特にそれを気に掛ける事はなかった。アリシアが頷いた。

「なるほど、そういう事なら任せておけ」

 彼女は愛銃の『デュランダル』を顕現させると、アディティが予め指し示した監視カメラと思しき物体に狙いを定める。そして……

 ――パシュッ!!

 通常の神聖弾を撃つよりも遥かに小さな光と音。同じディヤウスである天馬達でも見切るのが難しい程の早撃ちで、複数の箇所にある監視カメラをほぼ同時に撃ち抜いて破壊していた。

「よし、終わった」


「……なるほど、それがあなたの能力、そして『神器(ディバイン)』ですか」

 アディティが感心したように呟いて目を細める。そして天馬の方にも視線を向けてきた。

「あなたはどんな力を持っているのですか? ディバインは?」

「アディティ?」

 小鈴が訝し気に声を掛けると、アディティはハッとしたように動きを止めて取り繕う。

「し、失礼致しました。その……本当にお嬢様を救出できるのか心配だったものですから……」

「ああ、そうだよな。別に気にしてないから大丈夫だよ。俺の力は中に潜入して荒事になったら……そしてもし戦い(・・)になるようならすぐに分かるさ」

 中国でも人身売買組織に多数のプログレスが所属していたくらいだ。中国とインドで状況が異なるのかどうかは解らないが、基本的にこういう事は常に悪いケースを想定しておくべきだろう。


 彼等は監視カメラを破壊すると、誰かが確認にやってくる前に素早くフェンスを乗り越えて空港の敷地内に潜入する。天馬達は勿論、アディティもディヤウスなのでその辺の身のこなしは全く問題なかった。
 そうして適当な物陰に身を潜めて待つ事しばし……

「……!」

 天馬達は全員緊張した。ターミナルビルの中から何人かの作業服姿の男達が姿を現したのだ。一見何かの業者のようにも見える。天馬はアディティの方を見て視線だけで問い掛ける。彼女はかぶりを振った。

「……恐らく万が一外から誰かに見咎められてもいいようにする為のカモフラージュでしょう。調べれば現在この空港にあのような業者が出入りする理由がない事は解ります」

 だが普通一々そんな事を調べる市民などいない。廃港となった空港で作業服姿の男達が何かしていれば、施設の再利用か取り壊しの為の業者だと思って、それ以上の疑問は抱かないだろう。

「どうする? このまま調べられれば監視カメラが破壊(・・)された事はすぐに判明する。そうなれば奴等の警戒が強まってしまうぞ」

「そうですね。まずは出てきた連中を制圧しましょう。その上でアジトの入り口を聞き出すなり、ディヤウスの力で案内(・・)させるなりしましょう」

 アリシアの確認にアディティが方針を示す。どうやらディヤウスの洗脳能力についても既に自覚しているようだ。他に名案がある訳でもないので天馬達も同意した。

「よし、じゃあ合図で一斉に飛び出すぞ。素早く的確に、だ」

 制圧に手間取ると騒ぎが大きくなって外の人間に気付かれたり、敵にも不審を抱かれて警戒の度合いを高められてしまう。そうなる前に素早く終わらせるのだ。

「……あの中にプログレスはいないみたい。これなら行けそうね」

 自らの『気』を集中させて男達の邪気を探っていた小鈴がそう結論付けた。彼女は元から道士として『気』を操る訓練を積んでいるので、ディヤウスとなった事で対象の邪気や魔力を探知する術に最も長けていた。


 男達が充分に近付いてきたタイミングで、天馬達は一気に潜伏場所から飛び出した。

「……!?」

 男達は当然すぐに気付いて、誰何する事も無く懐から()を抜き放ってこちらに向けてきた。これで完全にこの男達が堅気ではない事が確定した。

 男達の銃口から銃弾が放たれるよりも速く、アリシアの神聖弾が男の1人を撃ち抜いた。他の男達は構わず一斉に発砲してくる。

「ふっ!」

 小鈴は朱雀翼を顕現させて棍を旋回させると、迫ってくる銃弾を全て打ち払った。アディティもあの二振りのダガーを顕現させており、それで銃弾を見切って弾いていた。

 天馬は動体視力を高める鬼神天輪眼を発動させる事で銃弾の軌道そのものを見切って躱していた。傍から見ると某有名SF映画のような光景であったが、勿論本人にはその自覚は無い。

 銃弾の雨を悉くやり過ごした天馬達は勢いを保ったまま敵に肉薄。アディティはダガーで素早く1人の喉元を切り裂いた。小鈴は朱雀翼の短棍で男の腕ごと砕いて銃を叩き落とした。そのまま流れるような連撃で男の側頭部に蹴りを叩き込んで昏倒させる。

 天馬は手刀で相手の銃を叩き落とすと、首筋にも一撃入れて気絶させる。女性達が容赦なく敵を殺害していたので、自分の役割を生け捕りに切り替えたのだ。


「死体は目立たない所に隠して下さい。私はその間にこの捕虜を尋問(・・)します」

 自らも死体を作っておきながら、天馬が生け捕りにした男の側に屈みこんだアディティが指示する。とはいえ問答している時間も惜しいので言われた通りに天馬達が死体を物陰に運び終えると、アディティはその間にディヤウスの神力を使って生け捕りにした男を洗脳(・・)したらしい。

 男は成都でもアリシアが同じ事をした奴のように茫洋とした目付きになっていた。

「さあ、お前達が出てきたアジトの入り口に案内しなさい」

 アディティが命じると男はやはり茫洋とした動作で頷いて、ぎこちなく歩き出した。彼等が出てきた今は使われていないターミナルビルの中に入る。ビルの中は閑散としていたが、意外にもそれほど荒れてはいなかった。現在も使っている人間(・・・・・・・)がいる為かも知れない。

 2階部分へ上がる大きな階段があった。その手前には『工事中につき関係者以外立ち入り禁止』の立て看板が目立つ位置に置かれていた。男はその看板の前で立ち止まる。どうやらビルの上の階がアジト替わりになっているようだ。

 てっきり成都のパンダ繁殖基地の時のように地下室でも作られているのかと思ったが、ビルの上階をそのまま利用しているというのは何とも大胆というかアバウトというか、ザキールのような市民にもアジトの場所を知られていたのも頷ける話だ。

 警察や当局と癒着する事でその辺りの問題をクリアしているのかも知れないが。
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