第8話 『屈強』なるギュゲース

文字数 5,505文字

 新たに参戦したアリシアが残ったプログレスに向けて再び光の銃弾を撃ち込む。しかし今度は不意打ちではなかった事もあり躱されてしまう。プログレスはアリシアに気を取られて、彼女に向けて反撃に火球を撃ち込もうと手を掲げる。

「……! ポイズン・ショット!」

 しかしそれは体勢を立て直したラシーダへの格好の隙となった。彼女が撃ち込んだ毒弾をまともに喰らったプログレスは悶え苦しみ出す。そして当然アリシアがその隙を見逃すはずがない。

 再び銀色の銃から光の弾が発射されて、今度こそプログレスを撃ち抜いた。

「よし、とりあえず雑魚は片付けたな。怪我は無いか?」

「え、ええ、大丈夫よ。お陰様で」

 初対面の2人だが、お互いに相手が何者であるかは天馬から聞いて知ってはいた。ややぎこちないながら言葉を交わし合う。


「さて、本来なら互いに自己紹介でもしたい所だが、生憎今は他に優先すべき事柄がある」

「ええ、その通りね。まずはアイツ(・・・)を何とかしないとね……」

 2人の視線の先では死闘を繰り広げている天馬とギュゲースの姿があった。ギュゲースの肉弾戦能力は凄まじく、あの天馬が正面からのぶつかり合いで押されている。

 だが1人で勝てないなら連携して挑むまでだ。これまでもそうして強敵に打ち勝ってきた。アリシア達はそれ以上余計な問答をする事無く即座に天馬の加勢に入る。側面に回り込んだアリシアが神聖連弾(ホーリーマシンガン)を撃ち込む。

「むっ!」

 ギュゲースが天馬への攻撃を中断して、跳び退って銃弾を躱した。だがそこに鋭利な鞭の先端が獲物を狙う蛇のような素早さで迫る。

「テラー・ニードル!」

 ラシーダの追撃だ。刺されば一撃必殺の毒針がギュゲースの心臓に迫るが……

「ふん!」

「……!!」

 何と奴は音速で振るわれる鞭の先端を正確に手で掴み取ってしまった。恐るべき動体視力と反射能力である。そのまま怪力で鞭を引いてラシーダを引き寄せようとするが、

「させるかっ!」

 天馬がその腕目掛けて刀を振り下ろす。ギュゲースは鞭を手放して大きく跳び退った。


「ぬぅ……貴様ら」

「へ、まさか卑怯とか言わねぇよな?」

 天馬が不敵に笑って挑発する。その後ろにはアリシアとラシーダ、2人の後衛タイプが控える。万全の布陣だ。かつて天馬自身もラシーダに言ったが、これは試合ではなく命を懸けた闘争なのだ。闘争に卑怯や反則という概念は存在しない。

 そして勿論ギュゲースもそれを糾弾するような真似はしない。ただ流石にこのままでは不利だという認識は持ったらしく、低く唸った。


「雑魚共が調子に乗りおって……。いいだろう。ならばもう遊びは終わりだ。こちらも本気で貴様らを潰すまでだ」


 ギュゲースの身体から噴き出る魔力の圧が爆発的に上昇した。そして奴の身体全体が黒い光に覆われる。天馬達はこの現象に憶えがあった。

「ち……やっぱこうなるかよ! 来るぞ!」

 天馬が後ろの2人に警告する。ほぼ同時にギュゲースの身体から発する黒光が爆発して奔流となって視界を覆った。そして黒い奔流が収まった時、そこにいたのは……

『潰す……。一人残らず叩き潰してやる……』

 それは一言で表すなら多腕の巨人(・・・・・)であった。身長は優に3メートルを超える馬鹿げた大きさだ。それに比例して身体は更に厚みを増し、筋肉の盛り上がりが凄まじい事になっている。

 それだけでも脅威ではあるが更に奴を特徴づけるものとして、その脇腹からも同じぐらいの太さの腕が左右に一対で生えている事であった。計4本の腕を持った巨人。それがギュゲースのウォーデンとしての姿であるようだった。

「……まさに『ヘカトンケイル』の名に相応しい姿のようね」

 ラシーダが畏怖を感じたように呟く。巨人が一歩踏み出した。それだけで大地が揺れたように錯覚する程だ。


『【外なる神々】に逆らう愚か者共、一人として生きては帰さん!!』

 ギュゲースが恐ろしい咆哮を上げながら突進してきた。その異様な姿の巨体と相まって尋常でない迫力だ。今までの戦闘スタイルからして肉弾戦特化かと思われたが、まだ距離がある状態でギュゲースが脇腹の手を掲げてこちらに向けてきた。

 するとその掌に魔力が集まり、赤黒い禍々しい色合いの光弾(・・)を発射してきた。

「……っ! 散れ!」

 一早く反応した天馬の指示で一斉に散開する3人。直後、彼等のいた地点に赤い光球が着弾。凄まじい爆発を引き起こした。当然だが当たったら只では済みそうもない。

「ち! 遠距離攻撃もやりますってか! 撃てっ! とにかく奴を牽制しろ!」

「任せろっ!」

 アリシアが再びギュゲースに神聖連弾を撃ち込む。今度は的がデカいので躱される心配もない。連続で撃ち込まれた神聖弾は全てギュゲースの巨体に命中した。だが……

『無駄だっ! より強化された我が金剛鋼体に貴様らの攻撃など効かん!』

「……っ!」

 何と奴は全ての神聖弾が命中したにも関わらず、僅かに身体が揺らいだ程度でダメージを負った様子もなかった。驚愕するアリシアに襲い掛かるギュゲース。しかしそこに前衛の天馬が割り込む。

「鬼神三鈷剣!」

 神力を纏わせた刀を全力で斬り上げる。その斬撃はギュゲースの胴体を斜めに斬り裂いたが、やはり奴は僅かに怯んだだけであった。

『何度同じ事を言わせる気だ!』

 ギュゲースは今度は自身の肩から伸びる本来の腕を使って、巨大な拳を打ち下ろしてきた。天馬は直撃を躱すものの地面にめり込んだ拳撃は大きなクレーターを作り、衝撃波と共に砂塵が爆散した。 
 
「ぐぬ……!!」

 天馬は衝撃波を喰らって苦痛に呻くが、刀を地面に突き立てて吹き飛ばされる事は防いだ。

「テンマ!? く……テラー――」

「――待て、ラシーダ! 無闇に攻撃しても無駄だ!」

「っ!?」

 天馬を援護しようと『セルケトの尾』を振るおうとするラシーダだが、他ならぬ天馬がそれを留めた。


「マフムードの時と同じ作戦で行く!」

「っ! わ、解ったわ!」

 詳細を声に出せばギュゲースにも伝わってしまう。天馬は敢えてそれだけを告げて、果たしてラシーダはすぐに理解して頷いた。

「アリシアもだ! 鑿歯戦と同じ要領で行く!」

「む……! 了解した、ではしばらくの間頼むぞ、テンマ!」

 アリシアもそれだけで伝わった。恐らくこのギュゲースはマフムードの変身形態と同じタイプで、生半可な攻撃ではダメージを与える事さえ難しいようだ。ならば倒し方(・・・)も同じはずだ。


『何をしようが無駄だ! 貴様らの攻撃で俺は倒せん!』

「おおぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 天馬は敢えてギュゲースの注意を自分に引き付けるように荒々しい咆哮を上げながら、連続してその巨体に斬り付けていく。

『煩い蝿めっ!』

 上手くギュゲースのヘイトを引き付けられたが、その分奴の攻撃が天馬に集中する。巨拳による打ち下ろしや横殴りは辛うじて回避する事が出来るが、間接的に発生する衝撃波や礫までは躱しきれない。それだけでも天馬の身体は傷ついていく。

『死ねっ!!』

「……!」

 更に脇腹の両腕から再び赤黒い光弾を、それも連続して発射してきた。近距離でミサイルや戦車砲弾を撃ち込まれているようなものだ。天馬は必死になって回避に専念するが、直撃は避けられても爆風や衝撃波まではやはり躱しきれない。

「ぬぐぅ……!!」

 既に丘は局地的な戦争でもあったのかと思う程の酷い有様となっていた。『結界』が解けたら大変な騒ぎになりそうだが、今の天馬にそれを気にしている余裕はない。

『むんっ!』

「しまっ……ガッ!!」

 爆風に耐える為に一時的に硬直状態になっていた所を狙われた。その巨大な腕で横殴りの直撃を受けた天馬は、血反吐を吐きながら吹き飛んで地面に何度もバウンドする。

「テンマ……!! く……」

 ラシーダはその光景を見ながら彼の援護と救援に回りたい気持ちを必死に抑えて、自分の役割に専念する。見ればアリシアも同じように唇を血が出そうな程に強く噛み締めて神力を練り上げている。

 天馬を吹き飛ばした事でその彼女達の方にギュゲースの注意が向きかけるが……

「鬼刃斬ッ!!」

『……!』

 巨体に真空刃がヒットする。人間の身体などまとめて輪切りにできる真空刃が虚しく弾かれて消滅した。しかし彼女達に向きかけた注意を再び逸らす事には成功した。


「おい……どこ見てんだよ、デカブツ。俺はご覧の通りまだピンピンしてるぜ?」

『……この、死に損ないが!』

 言葉とは裏腹にズタボロ状態の天馬がそれでも自分の足でしっかりと立って刀を構える様子に、ギュゲースが不快気に咆哮した。そして4本の腕全てを彼の方に向かって突き出す。

『ならば二度とデカい口が叩けんように、髪の毛一本残さずにこの世から消滅させてやる!!』

 4つの掌全てに魔力が集まっていく。一本の手から放たれる光弾だけでも戦車砲弾並みの威力があったのだ。4つの腕全てから魔力を集中させて放つ事で、巡航ミサイル並みの威力になるだろう。如何に天馬が全ての神力を防御に当てたとしても一溜まりもない。

 だが……彼の顔には会心の笑みが浮かぶ。


この時(・・・)を待ってたんだよ。……今だぁぁぁっ!!!」


『……!!』

 天馬の合図。その意図を悟ったギュゲースが目を剥くが、既に手遅れだ。

神聖砲弾(ホーリーキャノン)!!!』

 まず初速の速いアリシアの攻撃が放たれる。極限まで神力を溜め込んだ神聖弾は極太のレーザー光線となって、躱す間もなくギュゲースの巨体に撃ち当たる!

『おごぉぉぉ……!! ば、馬鹿な……俺の金剛鋼体が……!』

 アリシアの全神力を注ぎ込んだだけあって、その神聖砲弾は見事ギュゲースの鋼鉄の身体を貫き大きな銃創を穿った。

「く……」

 だがその代償に神力を使い果たしたアリシアは苦し気に呻いて膝を付いてしまう。もうこの場で戦う力は全く残っていない。それを見て取ったギュゲースの顔が醜い喜悦に歪む。

『ふ、ふ……惜しかったな……。俺は、まだ……』

『ブラッド・アブソリューションッ!!!』

 だがそこにもう1人、全神力を注ぎ込んで技を練り上げていた……ラシーダが全霊の一撃を放つ。『セルケトの尾』の先端からあらゆる生物を死に至らしめる猛毒の霧が噴射される。

 ギュゲースの防御力ならラシーダの毒とて防がれていた可能性が高いが、今は先程アリシアが空けた大きな銃創がある。その『穴』からギュゲースの体内に入り込んだ猛毒は、一瞬にして致命的な効果を齎した。

『ごあっ……!? ウガアァァァァッ!!!』

 野獣のような咆哮を上げたギュゲースはその銃創だけでなく口からも大量の血反吐を吐き出した。目や耳、鼻からも血が噴き出る。如何に鋼鉄の巨人といえど、体内から猛毒で攻撃されては抗いようがない。

「これは……凄まじいな」

 初めてラシーダの力を目の当たりにしたアリシアがやや呆然として呟いた。

『おごぉぉ……ハ、ハストゥール様、に……栄光あれ……』

 猛毒に侵されたギュゲースは最後にそう言うと、全身から血を噴き出しながら倒れた。事切れた奴の身体が通常の人間サイズに戻っていく。



「……ふぅぅぅ。上手く行ったようだな。2人共、よくやってくれたぜ」

 ギュゲースの死を確認した天馬は大きく息を吐いてその場に座り込む。正直立っているのもやっとの状態であった。

「テンマッ!」

 アリシアとラシーダは神力を使い果たして疲労困憊している身体に鞭打って天馬の元に駆け付ける。

「ああ、俺なら心配ないぜ。神力を回復に充てて1日も休んでりゃ治る」

 ディヤウスの回復力と天馬自身の高い神力があれば不可能ではない。アリシアが苦笑した。

「まさか着いて早々ウォーデンとの戦いに巻き込まれるとは思わなかったぞ。お前達は相変わらずのようだな」

「そうでもないぜ。これでもアイツを釣り出すのに結構苦労したんだ。でもまあアンタが来てくれて助かったぜ。聖公会の方はもう大丈夫なのか?」

「うむ、頭の固い連中は黙らせた。これで心置きなく旅を続けられるぞ。……ところでウォーデンとの戦いだというのにシャオリン達は一緒ではなかったのか?」

 アリシアが訝しむように辺りを見渡す。当然小鈴達の姿は無い。天馬は少し気まずそうな表情になった。

「ああ、それなんだが……ちょっと込み入っててな。ボスであるウォーデンも倒した事だし、これでこの街も落ち着くはずだ。俺達の近況やエジプトでの話、そこのラシーダの件も含めて後でゆっくり説明するよ。アンタに相談しなきゃならない事もあったんでな」

「……! ふむ、そうだな。ウォーデンは倒したのだ。急ぐ必要はない。まずはゆっくりと療養してからでも遅くはあるまい」

 天馬の表情から何か事情がある事を悟ったアリシアだが、敢えて急かすような事情も無いので後でじっくり話を聞くつもりで頷いた。


「これでこの街も落ち着く……。本当にそうなら良いんだけど」

「ラシーダ……?」

 天馬が顔を向けると、先程から難しい顔をして考え込んでいる彼女と目が合った。そこにはボスであるウォーデンを倒して戦いに勝利したという喜びは無い。

「実際にウォーデンを倒したんだぜ? 後は雑魚だけなら統制も取れないだろうし、現地の警察だけでも充分だろ」


「気になってたんだけど……『ギュゲース』ってギリシャ神話に出てくるヘカトンケイル三兄弟(・・・)の1人の名前なのよね」


「……何だと?」

 天馬もアリシアもギョッとした表情でラシーダを見やった。

「三兄弟で……ギュゲースだけが覚醒して『破滅の風』のボスに収まっていた? 私にはどうしてもそうは思えないのだけど……」

「……っ!!」

 死闘を終えて戦場となった丘の上に不吉な音色の風が吹き荒ぶ。まだ……この街を覆う暗雲は晴れる兆しを見せていなかった……
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