第4話 戦女神の加護
文字数 3,592文字
ゴットランド島はその多くが農地となだらかな丘陵に覆われていたが、島の南側に比較的大きな自然公園が存在しているとの事であった。
敵は警察を支配している事から、既に島内の他の集落にも天馬達の『指名手配』が出回っている可能性が高い。奴等の追跡から逃れる意味もあって、ヴィスビューを離れた一行は銀髪女性の提案でとりあえずその森に身を隠す事となった。
「ふぅ……確かにここならしばらくは見つからずに済みそうだな。礼を言わせてもらうぜ」
森の奥に入り込んで完全に追っ手を撒いた事を確信した天馬が一息ついて、この場所を教えてくれた銀髪女性に礼を言った。彼女はかぶりを振った。
「礼を言うのはこっちの方。あなた達が助けてくれなかったら、あそこで捕まって何をされてたか解らなかったから」
物静かな口調の女性であった。まだ大学生のようだったが、その年齢の割には落ち着いた雰囲気だ。
「さっきまでそんな暇が無かったけど、改めて自己紹介させて。私はミネルヴァ。ミネルヴァ・カーリクスよ。この島にあるゴットランド大学の学生……だけど、どうも中退 しないといけない状況みたい」
銀髪女性……ミネルヴァが淡々と言って手を差し出してきた。現状認識が早いというか、どうもかなり達観した性格のようだ。
「あー……小笠原天馬だ。日本人だ」
「私はアリシア・M・ベイツ。アメリカ人だ」
「シャクティ・プラサードです。インド人です。宜しくお願いします、ミネルヴァさん!」
天馬達もそれぞれ名乗ってミネルヴァと握手を交わす。互いの名前が解った所で話は本題 に移る。
「私の級友や街の人達も皆様子がおかしくなった。それにあのビッグフットみたいな怪物達。そして何より……いきなり武器を出現 させて、その怪物達と渡り合ったあなた達……」
ミネルヴァはその色素が薄い瞳で真っ直ぐに天馬達を見据えた。
「教えて。あなた達が……夢の中 で『あの女性』が言っていた邪神に抗う者達 なの?」
「……!!」
天馬達は揃って目を瞠った。話が早いどころではない。彼女は自分がディヤウスであるという事をある意味で自覚しているらしい。夢の事を質問しようとしていた天馬だが、彼女は既にその段階を通り越している。
「うむ、まあ……そういう事になるな。であればこれも解っているかも知れんが、お前の中にも我等と同じような力が眠っている。我等はお前を探していたのだ」
「やはり……そうなのね」
アリシアが肯定するとミネルヴァは納得したように頷いていた。
「ミネルヴァさんは既にあの夢を現実と認識しているのですね? あなたの夢に現れた女性は多分本物 の神様だと思うんですが、何という神様だったんですか?」
「あの女性は……自らをヴァルキュリア と名乗っていたわ。北欧神話の主神オーディンの下僕にして、死した勇者の魂を最終戦争 の為に神の国 に導くという戦乙女……。勿論最初に聞いた時は只の夢だと思ってたし全く信じていなかったけど……」
シャクティの問いに答えながらかぶりを振るミネルヴァ。しかしそれは夢でも妄言でもなかった。
「じゃあ……あのヴァルキュリアが言っていた事は本当なの? この星が外宇宙からの侵略者 の脅威に晒されていて、今現在も浸食を受けている真っ最中だというのは……?」
「ああ、そうだ。その浸食の影響ってヤツは、たった今アンタも身を以て体験したはずだな?」
「……!」
操られた群衆、そして何より異形の怪物と化した警官達……プログレスの姿。あれは邪神の勢力というものの脅威をこの上なく解りやすく体現してくれている何よりの証拠だ。ラシーダの時と同じくその説得力は抜群だ。
「この星が本当に生物も住めないような死の星になって滅びるのか、それともああいう邪神の眷属どもが支配する退廃の星になるのかは分からねぇが……いずれにしてもろくでもねぇ未来が待ってるのは間違いねぇ。……このまま何もしなければな」
「…………」
やはり実際に体験しただけにミネルヴァは、その訪れるであろう未来に対して深刻な脅威を感じてくれたようだ。何か考え込んでいた彼女はやがて顔を上げて天馬達を見据えた。
「……いつも何か空虚な感じがしていた。故郷のウーメオーでも、進学で移り住んだこの街でも……。これは私の本当の生活じゃない。今の自分は本当の自分じゃない。そんな違和感がいつも頭の片隅にあった。この外見のせいだと思ってきたけど、それだけじゃなかった」
普段は感情が乏しいのだろう彼女の顔には、しかし長年の疑問が氷解した事による晴れやかさのような物が浮かんでいた。
「これが私の本当の使命 だったのね。教えて。あなた達の仲間になるには……ディヤウス になるにはどうすればいいの?」
流石にシャクティほど熱烈にという訳ではないが、比較的葛藤も無くすんなりと自分の運命を受け入れるミネルヴァ。自分から覚醒の方法を求めてくる辺り、ラシーダに近いスタンスと思われた。
天馬達は顔を見合わせた。覚醒の条件という物は具体的に決められている訳ではない。ある程度の指針はあるが、最終的には本人次第となってくるのだ。
「今までの生活や環境から訣別し、邪神の勢力と戦い抜くという明確な決意が必要なのは確かだ。その訣別や決意をどのような方法で成し遂げるかは人によって違うので我等には何とも言えん。あくまでお前次第という事だ」
「訣別……。決意……」
ミネルヴァが更に考え込むような姿勢になってしまう。まあいきなり言われても中々難しいだろう。だが……生憎彼等にはあまり悠長にしている時間は与えられなかった。
「……!」
一度は撒いたパトカーのサイレンが再び耳に入ってきた。しかも数が増えている。他に身を隠せるような広い場所もない事を考えると、この森が包囲されるのも時間の問題だ。
「ち……ゆっくり話していられる時間は終わりみてぇだな!」
「ど、どうしましょう? 多分港も空港も奴等に押さえられてますよね?」
シャクティが途方に暮れたような表情になる。比較的面積があるとはいえ、ここは周囲を海に囲まれた島だ。ルクソールの時のように陸路で脱出できる手段がない。
そしてこのゴットランド島はゴットランド市という一つの自治体のみで構成されており、そこの警察を支配しているという事はつまり、敵はこの島全体の司法を支配している状態という事だ。当然こちらの脱出を防ぐ為に空港などの交通手段は全て押さえられていると見て間違いない。
「うむ、それに邪神の勢力を目の前にしておめおめと逃げ出すのも我等の沽券に関わる。操られた人間達もあのまま放置しておく事は出来んしな」
「ああ……そうだな」
アリシアの言葉に頷く天馬。級友達や家族を殺され茉莉香を攫われた経験は、彼の中に邪神勢力に対する深い憎悪を根付かせていた。基本的に奴等を前に逃げるという選択肢はない。……ここにいるのが天馬達だけであれば。
ミネルヴァはまだ覚醒していない。その状態で邪神勢力との戦いに巻き込むのはリスクが高い。だが彼女はかぶりを振った。
「私の事は気にしないで。どのみちこの島から出るのはあの連中を何とかしないといけないのでしょう? それにヘルガ達の事も放っては置けないし。どうすれば覚醒できるのかはまだ分からないけど、奴等との戦いでその答えが見えるかも」
「……!」
小鈴にしてもラシーダにしても、そして天馬自身にしても、いずれも戦いの中に身を置く事で覚醒に至ったのは事実だ。邪神との戦い、そして命の危機は覚醒のトリガーになり得るのかも知れない。
ただ勿論相応の危険は伴う。もし覚醒できなければ待っているのは死だ。
「覚悟ならもう出来ているわ。自分の使命を悟ったというのは嘘じゃない。もし覚醒できなくて不覚を取った時は、私は所詮それまでだったという事。捨て置いてくれていいわ」
「ミ、ミネルヴァさん……」
シャクティが若干呆気に取られる。まだ覚醒していないというのに、ミネルヴァの精神は既に戦士の物であるようだった。自分の命というものに対しても達観している性格のようであった。彼女の意志を受けて天馬が口の端を吊り上げる。
「へっ……いい覚悟だ。そういう奴は嫌いじゃないぜ。じゃあ……奴等に見つかる前にこっちから出なきゃならんが大丈夫だな?」
「ええ、問題ない」
躊躇いなく首肯するミネルヴァ。彼女自身の覚悟は定まっているなら、もう天馬達に言うべき事は無い。どのみちその邪神勢力との戦いに彼女を巻き込む 為にここまで来たのだ。それが遅いか早いかの違いでしかない。
「ふ……大した胆力だ。なら既に覚醒している我等が遅れを取る訳には行かん。そうだな、シャクティ?」
「あ……は、はい! 勿論です!」
アリシアに水を向けられて慌てて肯定するシャクティ。全員の意志が戦いに向けて固まった彼等は、改めてこの森を抜け出した後の方針 を打ち合わせるのであった。
敵は警察を支配している事から、既に島内の他の集落にも天馬達の『指名手配』が出回っている可能性が高い。奴等の追跡から逃れる意味もあって、ヴィスビューを離れた一行は銀髪女性の提案でとりあえずその森に身を隠す事となった。
「ふぅ……確かにここならしばらくは見つからずに済みそうだな。礼を言わせてもらうぜ」
森の奥に入り込んで完全に追っ手を撒いた事を確信した天馬が一息ついて、この場所を教えてくれた銀髪女性に礼を言った。彼女はかぶりを振った。
「礼を言うのはこっちの方。あなた達が助けてくれなかったら、あそこで捕まって何をされてたか解らなかったから」
物静かな口調の女性であった。まだ大学生のようだったが、その年齢の割には落ち着いた雰囲気だ。
「さっきまでそんな暇が無かったけど、改めて自己紹介させて。私はミネルヴァ。ミネルヴァ・カーリクスよ。この島にあるゴットランド大学の学生……だけど、どうも
銀髪女性……ミネルヴァが淡々と言って手を差し出してきた。現状認識が早いというか、どうもかなり達観した性格のようだ。
「あー……小笠原天馬だ。日本人だ」
「私はアリシア・M・ベイツ。アメリカ人だ」
「シャクティ・プラサードです。インド人です。宜しくお願いします、ミネルヴァさん!」
天馬達もそれぞれ名乗ってミネルヴァと握手を交わす。互いの名前が解った所で話は
「私の級友や街の人達も皆様子がおかしくなった。それにあのビッグフットみたいな怪物達。そして何より……いきなり武器を
ミネルヴァはその色素が薄い瞳で真っ直ぐに天馬達を見据えた。
「教えて。あなた達が……
「……!!」
天馬達は揃って目を瞠った。話が早いどころではない。彼女は自分がディヤウスであるという事をある意味で自覚しているらしい。夢の事を質問しようとしていた天馬だが、彼女は既にその段階を通り越している。
「うむ、まあ……そういう事になるな。であればこれも解っているかも知れんが、お前の中にも我等と同じような力が眠っている。我等はお前を探していたのだ」
「やはり……そうなのね」
アリシアが肯定するとミネルヴァは納得したように頷いていた。
「ミネルヴァさんは既にあの夢を現実と認識しているのですね? あなたの夢に現れた女性は多分
「あの女性は……自らを
シャクティの問いに答えながらかぶりを振るミネルヴァ。しかしそれは夢でも妄言でもなかった。
「じゃあ……あのヴァルキュリアが言っていた事は本当なの? この星が外宇宙からの
「ああ、そうだ。その浸食の影響ってヤツは、たった今アンタも身を以て体験したはずだな?」
「……!」
操られた群衆、そして何より異形の怪物と化した警官達……プログレスの姿。あれは邪神の勢力というものの脅威をこの上なく解りやすく体現してくれている何よりの証拠だ。ラシーダの時と同じくその説得力は抜群だ。
「この星が本当に生物も住めないような死の星になって滅びるのか、それともああいう邪神の眷属どもが支配する退廃の星になるのかは分からねぇが……いずれにしてもろくでもねぇ未来が待ってるのは間違いねぇ。……このまま何もしなければな」
「…………」
やはり実際に体験しただけにミネルヴァは、その訪れるであろう未来に対して深刻な脅威を感じてくれたようだ。何か考え込んでいた彼女はやがて顔を上げて天馬達を見据えた。
「……いつも何か空虚な感じがしていた。故郷のウーメオーでも、進学で移り住んだこの街でも……。これは私の本当の生活じゃない。今の自分は本当の自分じゃない。そんな違和感がいつも頭の片隅にあった。この外見のせいだと思ってきたけど、それだけじゃなかった」
普段は感情が乏しいのだろう彼女の顔には、しかし長年の疑問が氷解した事による晴れやかさのような物が浮かんでいた。
「これが私の本当の
流石にシャクティほど熱烈にという訳ではないが、比較的葛藤も無くすんなりと自分の運命を受け入れるミネルヴァ。自分から覚醒の方法を求めてくる辺り、ラシーダに近いスタンスと思われた。
天馬達は顔を見合わせた。覚醒の条件という物は具体的に決められている訳ではない。ある程度の指針はあるが、最終的には本人次第となってくるのだ。
「今までの生活や環境から訣別し、邪神の勢力と戦い抜くという明確な決意が必要なのは確かだ。その訣別や決意をどのような方法で成し遂げるかは人によって違うので我等には何とも言えん。あくまでお前次第という事だ」
「訣別……。決意……」
ミネルヴァが更に考え込むような姿勢になってしまう。まあいきなり言われても中々難しいだろう。だが……生憎彼等にはあまり悠長にしている時間は与えられなかった。
「……!」
一度は撒いたパトカーのサイレンが再び耳に入ってきた。しかも数が増えている。他に身を隠せるような広い場所もない事を考えると、この森が包囲されるのも時間の問題だ。
「ち……ゆっくり話していられる時間は終わりみてぇだな!」
「ど、どうしましょう? 多分港も空港も奴等に押さえられてますよね?」
シャクティが途方に暮れたような表情になる。比較的面積があるとはいえ、ここは周囲を海に囲まれた島だ。ルクソールの時のように陸路で脱出できる手段がない。
そしてこのゴットランド島はゴットランド市という一つの自治体のみで構成されており、そこの警察を支配しているという事はつまり、敵はこの島全体の司法を支配している状態という事だ。当然こちらの脱出を防ぐ為に空港などの交通手段は全て押さえられていると見て間違いない。
「うむ、それに邪神の勢力を目の前にしておめおめと逃げ出すのも我等の沽券に関わる。操られた人間達もあのまま放置しておく事は出来んしな」
「ああ……そうだな」
アリシアの言葉に頷く天馬。級友達や家族を殺され茉莉香を攫われた経験は、彼の中に邪神勢力に対する深い憎悪を根付かせていた。基本的に奴等を前に逃げるという選択肢はない。……ここにいるのが天馬達だけであれば。
ミネルヴァはまだ覚醒していない。その状態で邪神勢力との戦いに巻き込むのはリスクが高い。だが彼女はかぶりを振った。
「私の事は気にしないで。どのみちこの島から出るのはあの連中を何とかしないといけないのでしょう? それにヘルガ達の事も放っては置けないし。どうすれば覚醒できるのかはまだ分からないけど、奴等との戦いでその答えが見えるかも」
「……!」
小鈴にしてもラシーダにしても、そして天馬自身にしても、いずれも戦いの中に身を置く事で覚醒に至ったのは事実だ。邪神との戦い、そして命の危機は覚醒のトリガーになり得るのかも知れない。
ただ勿論相応の危険は伴う。もし覚醒できなければ待っているのは死だ。
「覚悟ならもう出来ているわ。自分の使命を悟ったというのは嘘じゃない。もし覚醒できなくて不覚を取った時は、私は所詮それまでだったという事。捨て置いてくれていいわ」
「ミ、ミネルヴァさん……」
シャクティが若干呆気に取られる。まだ覚醒していないというのに、ミネルヴァの精神は既に戦士の物であるようだった。自分の命というものに対しても達観している性格のようであった。彼女の意志を受けて天馬が口の端を吊り上げる。
「へっ……いい覚悟だ。そういう奴は嫌いじゃないぜ。じゃあ……奴等に見つかる前にこっちから出なきゃならんが大丈夫だな?」
「ええ、問題ない」
躊躇いなく首肯するミネルヴァ。彼女自身の覚悟は定まっているなら、もう天馬達に言うべき事は無い。どのみちその邪神勢力との戦いに彼女を
「ふ……大した胆力だ。なら既に覚醒している我等が遅れを取る訳には行かん。そうだな、シャクティ?」
「あ……は、はい! 勿論です!」
アリシアに水を向けられて慌てて肯定するシャクティ。全員の意志が戦いに向けて固まった彼等は、改めてこの森を抜け出した後の