第2話 腹が減っては……

文字数 3,338文字

「驚いたぞ、テンマ。いくら相手の態度が失礼だったからと言っても、いきなり暴力は正直どうかと思うぞ」

 空港から徒歩で通りを歩く2人。アリシアが先程の一幕について言及してくる。天馬は肩をすくめた。

「失礼っていうか、多分それ以前の問題だったと思うぜ」

「それ以前の問題? 何の事だ?」

 アリシアは本気で解っていなさそうに首を傾げる。天馬は苦笑した。

「俺はアンタがそういう所、意外と天然な事に驚いたよ」

 天馬より4つか5つほど年上で大人の女性という雰囲気のあるアリシアだが、その見た目に反して垢抜けていなさそうなのが意外であった。まあ大分型破りではあるものの一応聖職者な訳なので、多少世間ズレしていてもおかしくはないのかも知れないが。

「む? 私が天然だと? それはどういう意味だ」

 アリシアが自覚がないながら何かバカにされたと思ったのか、少し眦を吊り上げて天馬に詰め寄る。天馬は慌てた。経験上、こういう時の女性と議論はしないほうが良いと解っていた。何か話題を逸らせる物を探して無意識に視線を泳がせると、視界の隅に格好の対象を見つけた。

「お、おい、腹減ってるだろ? 昼時だしメシにしようぜ! 丁度そこに美味そうなレストランがあるぞ」

「む……!?」

 レストランという言葉に反応したアリシアが、天馬の指差した方向に勢いよく振り向く。そこには大きな通りに面した中華料理店があった。成都市だけあって四川料理の店のようだ。アリシアの目の色が変わる。

「う、うむ、そうだな! 探索をするにも戦うにもまずは腹ごしらえが必要だな! いくぞ、テンマ!」

 先程ムッとしていた事など一瞬で忘れたアリシアは、逆に天馬を引っ張るようにしてレストランに突撃する。天馬はホッとしつつ苦笑した。彼女がかなりの健啖家で食べる事自体が大好きな性格である事は、これまでの短い旅の間だけでも既に解っていた。これほど食べるのが好きで良くこのプロポーションを維持していられる物だと感心したくらいだ。


 空港から近い大通りに面した店だけあって、それなりに高級そうなレストランだ。中華料理特有のあのターンテーブルがホールにいくつも並んでおり、既に7割ほどの席が埋まっていた。時刻はもうじき現地時間で正午を回る。今のうちに席を取らないとすぐに満席になってしまうだろう。

 天馬達は素早く一つの席を確保すると、早速オーダーを取る。中華料理でも最近はいわゆるバイキング形式の所も多いようだが、この店は普通にオーダー形式のようだ。

 アリシアはアヒル料理の樟茶鴨や豚足料理の蹄花、それに回鍋肉など、とにかく食いでがありそうな料理を沢山頼んでいた。天馬は手堅く炒飯と麻婆豆腐のセットを頼む。勿論本場中国の四川料理など生まれて初めて食べる。彼はあまり食に対する好奇心や冒険心がなく、食べた事がない物よりどんな料理や味なのか大体想像がつく物を好む堅実派であった。

 アリシアは彼とは真逆で、見た目が美味そうな物や食べた事がない料理はどんどん食べてみたい派であるようだった。


 因みに金に関しては問題なかった。アリシアが持っているカードやスマホで大体の物は決済ができ、全て彼女が所属している米国聖公会の経費(・・)で落とせるとの事であった。極端に意味のない無駄遣いさえしなければ、どんどん遠慮なく使って構わないと彼女から言われていた。

『ふん、聖職者とは名ばかりの牧師よりも商人が似合いの守銭奴どもが、普段から腐るほど金を溜め込んでいるのだ。むしろ派手に使ってやった方が余程世のため人のためという物だ』

 組織の金を自分が使ってしまっていいのかと気にする天馬に、アリシアはそう言って鼻を鳴らしていた。どうやら本部に対して聖職者というものの在り方について色々思う所があるようだ。

 とにかくそういう経緯でアリシアからも許可をもらって、彼女から予備のカードを渡されていた。天馬が日本を出るに当たって飛行機に乗る為のパスポートも米国聖公会が手配してくれたのであった。(申請もしていないのに恐ろしく短期間で出来上がった事から偽造(・・)された物に間違いはなかったが、何となくそれを口に出すのが憚られたのと、茉莉香を助ける為にも必要な事だと割り切って、何も気にしていない振りをして『パスポート』を受け取ったのは余談だ)


 そんな訳で聖公会のお金で、今こうして中国のレストランで昼食を食べる天馬。麻婆豆腐は見るからに熱そうだったのでまず炒飯から頂く。やはりというか日本で食べる物とは大分味付けが異なり、使われている具材も違うので味は日本の炒飯よりかなり濃く感じた。しかしそれでも同じ料理には違いないのでそれほど違和感なく食べられた。

 炒飯を食べ終わるとだいぶ冷めてきたはずの麻婆豆腐に手を付ける。しかし一口掬って食べてみると……

「辛っ!!」

 思わず目を見開いて口を手で抑えた。猛烈に汗が吹き出てくる。自分は割と辛い物は平気だと思っていたが、流石に本場は次元が違った。麻婆豆腐のような見るからに辛いものではなく、もう少し初心者用(・・・・)の料理を頼めばよかったと後悔したが後の祭りだ。

 一度頼んで口も付けた物を残すのは天馬のプライドが許さない。実際には中国は日本とは文化が違い食べ残しはむしろ推奨されていたのだが、そんな事とは知る由もない天馬は額から汗を垂れ流しながら努力して平らげるのだった。


「ふぅ……多少物足りんが、ある程度は満足できたな。中華料理は味が濃くて好きだが、やはり本場は美味いな」

「……っ!?」

 満足げなアリシアの声に視線を上げると、あれだけ大量にあった料理が残らず食い尽くされて空になっていた。下手をすると天馬の倍近くあった気がするが、いつの間に平らげたのだろうか。しかも呆れた事に本人はまだ微妙に食い足りなそうな気配であった。

 一体あの抜群のプロポーションのどこにあの栄養が行き渡っているのだろうかと天馬は思ったが。アリシアの姿を見てすぐにある一点に目が行った。

(……絶対あそこ(・・・)だよなぁ)

 対面に座っているので余計に視線が行く、カウガールのジャケット前面を盛り上げている出っ張り。そこに視線が吸い寄せられた天馬は、ここに茉莉香がいたらヤバかっただろうなと内心で苦笑する。

 一方のアリシアは刺激的な格好をしている割にはそういった視線に鈍感なのか、天馬の視線に気づく事もなく食後の烏龍茶で喉を潤していた。いや、逆に鈍感だからこそこういう格好で堂々と街中を歩けるのかも知れない。

(……やぱりこの人、絶対天然だよな)

 天馬は改めてその思いを強くするのだった。



 とりあえず空腹を満たして気分が落ち着いた2人は、慣れない飛行機での旅の疲れもあって今日は泊まれる所だけ探して休もうという事になった。茉莉香を助ける為に急ぎたい気持ちもあるが、アリシアからはこの広い街で当てもなく闇雲に探しても恐らく無駄だと諭された。

 以前に彼女が言っていた、ディヤウス同士が無意識に引き合う特性に期待するのが最善だという事で、それは焦ったり急いだからと言って引きあう物でもないらしい。

(これはいわゆる『急がば回れ』って事なのかな? いや、ちょっと違うか。とにかく焦ったら負けだな)

 天馬自身にも当てがある訳ではないので、ここはアリシアの言う通りしっかりと休息を取って、いざという時に万全の状態で何があっても大丈夫なようにコンディションを整えておく事が大事だ。

 幸い空港の周辺で繁華街という事もあって、宿泊施設を見つけるのには苦労しなかった。まあいくら聖公会のカードが使えるとは言っても、それこそ意味もなく無駄遣いする気はないので、選べる中では一番安い所を探してチェックインし(洋風の普通のホテルではなく、中国っぽい門構えや内外装なのが気に入った)、とりあえずはそのホテルを拠点にしようという事になった。

 因みに部屋は勿論シングルを二部屋取った。アリシアは警戒心がないのか、それとも天馬を異性扱いしていないのか、ツインの同室でも一向に構わんとのたまってきたが、色々な意味で自分が寝れなくなりそうだと思った彼の方で辞退しておいた。

 ホテルのフロントもてっきりツインの部屋を取ると思っていたらしく、怪訝な顔をされたのは余談である。
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