第7話 人間を超える者

文字数 2,901文字

「ご苦労様でした。では死になさい」

 アディティが案内してきた男の喉元を切り裂く。天馬達とて向かってくる敵は容赦なく殺すが、既に無抵抗となった相手を殺した事はなかった。アディティの容赦の無さに若干だが眉を顰める。

「ちょっと、相手はもう無力化してあったんだし、別に殺す必要はなかったんじゃ……」

 小鈴も同じ気持ちだったようで苦言を呈するがアディティは全く悪びれずに、逆に冷笑を浮かべた。

「シャクティお嬢様を誘拐した卑劣な犯人の一味ですよ? 生きている価値もないクズ共です。むしろ上にいる連中も皆殺しにしてやった方が世の為人の為です」

「…………」

 誘拐事件の当事者(・・・)であり、この国、この街の住人でもある彼女の心情は、所詮やってきたばかりの外国人である天馬達には計り知れない物がある。ここで安易に綺麗事を言うのも憚られた。


「……まあいい。それではさっさと行くとしよう」

 アリシアが低い声で促す。確かにここで本筋と関係ない議論をしている暇はない。敵にも既に不審を抱かれている可能性が高いので、ここから先は一気に事を進めるべきだ。

 天馬達は広い階段を素早く駆け上がる。2階部分も当然閑散としているが、やはり荒れ果てているという印象は無かった。ただそれだけに全く人の気配が無いのが不気味であった。いや……

「……いるな。皆、準備はいいか?」

 天馬が後ろを振り返らずに確認すると、仲間達もアディティも無言で頷くのが気配で解った。そのまま慎重に、かつ足早に回廊を進んでいると、

「……!」

 回廊の両側にあるテナントなどの空き部屋から、隠れて待ち構えていたと思しき男達が一斉に姿を現した。その手には消音器付きのピストルやライフルなどが握られていて、全ての銃口が天馬達に向けられていた。


「行くぜっ!」

 天馬の号令で彼等は一斉に行動に移る。アリシアが例によってクイックショットで先制攻撃を仕掛ける。男達が発砲するよりも前に2人ほど同時に胸を撃ち抜かれて吹き飛んだ。しかし残りの男達は怯まず一斉に銃弾の雨を降らせてきた。

 やる事は先程の敷地での対応と変わらない。ただ向けられている銃口と撃ち込まれる弾丸の数が桁違いに多い。

「おおぉぉぉぉっ!!」

 天馬もここに至っては出し惜しみせずに『瀑布割り』をその手に顕現させると、気合の叫びと共に刀を煌めかせ迫りくる銃弾を斬り払いながら、弾幕の中を駆け抜けていく。

「鬼刃斬!」

 敵が銃で攻撃してくるならこちらも遠距離攻撃ができる技で対応する。天馬は大きく刀を横薙ぎに振るう。するとその軌跡に合わせて真空刃のような斬撃が飛ぶ。神力を強めに練り上げて攻撃範囲を広くした真空刃は、前方にいた何人かの男達をまとめて斬り裂いた。

 小鈴もアディティもそれぞれ己の得物を振りかざし、ディヤウスの身体能力を発揮しながら銃弾の雨を潜り抜けていた。

「気炎弾!」

 小鈴もまた敵の銃弾を捌きながら、隙を見つけては的確に遠距離攻撃を叩き込んで敵の数を減らしていく。

 アディティは遠距離攻撃を持っていないらしく、銃弾を驚異的な身のこなしでやり過ごしながら敵に肉薄。二振りのダガーを煌めかせて着実に敵の命を奪っていく。勿論その間にアリシアも神力を抑えた神聖弾をクイックショットで次々に撃ち込んでいる。

 時間にして僅か数分後には、待ち伏せを仕掛けてきた敵を全て殲滅する事に成功していた。


「ふぅ……皆、怪我はないか?」

 敵の殲滅を確認した天馬が一息ついて仲間の無事を確認する。

「ええ、私達は大丈夫よ」

 小鈴が代表して答えてくれる。誰も怪我をした者もいないようだ。それを確かめて、天馬は改めて自分達が為した惨状(・・)に目を向ける。

 斬り裂かれたり焼き尽くされたり、撃ち抜かれたりして優に20人はいそうな男達が文字通り死屍累々と横たわっていた。先程も思ったように、向こうから攻撃してくる敵には天馬達も容赦はしない。敵を殺したこと自体に良心の呵責は感じなかった。或いはディヤウスとして覚醒する事で精神面にも若干の変化があったのかも知れない。

「……しかし銃を持って乱射してくる連中相手によくここまで出来たもんだ。我ながらアクション映画かよって感じだな」

 なので彼としては別の事が気になった。勿論これは映画でも何でもなく、敵の銃も殺気も全て本物だった。なので尚更これを自分達がやったという事が我ながら信じられなかったのだ。天馬は改めてディヤウスという存在の規格外さを自覚していた。力の扱いには今後も充分気を付けなければならないだろう。


「では先に進みましょう。恐らく……いえ、確実にこれで終わりではありません。相手がこいつらだけなら私1人でも事足りました。私が皆様を勧誘した理由(・・)はこいつらではありませんので」

「……! うむ、そうだな。より気を引き締めて掛かるとしよう」

 アディティの言葉にアリシアが重々しく頷く。成都での戦いから考えるに、確かにこのまますんなり行くとは到底思えない。

 一行は改めて気を引き締めると、そのまま建物の奥へと進んでいく。少し進むとすぐにロビーだったと思われる広いスペースに出た。そしてそこには……


『……まさかあの女のメイドがこのような大胆な潜入を企てるとはな』

「いや、それ以前にあの女がディヤウスで、尚且つ外国から別のディヤウスを連れてくるなど……聞いていない(・・・・・・)ぞ』

『だがこうなった以上は仕方あるまい。奴等を殺せ』


「……!!」

 ロビーの丁度中央に3人の男が並んで佇んでいた。それも天馬達が来る事を見越してか、予め異形(・・)に変じた姿で。その身体からはいずれも強烈な魔力と邪気が発せられている。

 間違いなく進化種(プログレス)だ。やはりこの国……この組織にもいた。プログレスになる条件は邪神の種子を受け入れる素養のある邪悪な人間である事。どの国であっても犯罪組織にプログレスが混じっている事はある意味では必然と言えるのかも知れない。

 だから……天馬達が驚いたのはプログレスがいた事自体ではない。そうではなく、彼等の異形となった外見(・・)に目を瞠ったのである。


「……中国にいた奴等とは同じプログレスでも見た目が大分異なるな。地域差(・・・)があるという話は知っていたが、その実例を見るのは私も初めてだな」

 この中では最も邪神勢力の事情に詳しいアリシアも、驚きを以てそのプログレス共を見つめていた。 

 異形という点では中国のプログレスも同じだ。だが中国の奴等は人と動物が掛け合わさった獣人のような見た目であったのに対して、インドのプログレス達は顔や体などの外見自体は人間と殆ど変わらなかった。

 だが3人の内1人は脇腹から左右に2本ずつ、計4本の腕(・・・・)が生えており、元の腕と合わせて6本の腕を備えた異形であった。その腕全てに剣や刀のような武器を持っている。

 もう1人は背中から一本の巨大な腕が生えていた。だがその長い腕は関節が4つくらいあり、まるで触手のように自在に蠢いていた。そしてもう1人は腕は生えていないものの、元の両腕2本が明らかに身体のバランスを欠くほど巨大、肥大化した歪な姿であった。

 身体部位の増殖または肥大化。それがこのインドのプログレス達の特徴であった。
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