第6話 迷宮脱出

文字数 5,108文字

 先頭にいた男が素早い動作で腕を薙ぎ払った。その手にはいつの間にか曲刀のような武器が握られていた。薙ぎ払いは目にも留まらぬ速さで、普通の人間であれば反応すら出来ずに首を落とされていただろう。だが天馬は普通の人間ではない。

「ほっ!!」

「何……!?」

 男が目を剥いた。天馬は驚異的な体術で男の刃を掻い潜って飛び退ったのだ。只の人間には不可能な芸当。それだけではない。彼の手にもいつの間にか日本刀が握られており、お返しとばかりにその刀を薙ぎ払ってきたのだ。

「ちぃっ!」

 男が咄嗟に曲刀でその斬撃を受ける。それから大きく跳び退った。


「それは、神器(ディバイン)!? 貴様ら……まさかディヤウスか?」

「そういうお前らはどうやらプログレスらしいな。まあこんな得体の知れねぇ迷宮で女を追っかけまわしてるくらいだ。ただの人間じゃねぇとは思ってたけどな」

 天馬は彼等に刀を突き付けて断定する。小鈴とシャクティも既に自分の得物を手に握って、ラシーダを庇うように臨戦態勢となっていた。

「俺が2人受け持つ! お前らは1人ずつ頼むぜ! 初見のプログレスだから気を付けろよ!」

「わ、解りました!」「天馬も気を付けてね!」

 戦闘が避けられない以上、わざわざ敵から攻撃してくるのを待つ道理はない。天馬は素早く割り振りを決めて自分達から敵に斬りかかった。


「馬鹿どもめ! 如何にディヤウスといえど、貴様らのような女子供に我等が倒せるか!」

 男達はフードを取り去って素顔を晒した。天馬は目を瞠った。そこには人間大の蜥蜴(とかげ)の頭を持った怪物がいた。他の男も同じく蜥蜴や蛇と人間が合わさったような外観の者もいた。どうやらこの地のプログレスは爬虫類と人間が融合したような姿が特徴らしい。

「ひっ……!?」

 ラシーダが男達の化け物じみた姿を見て悲鳴を吞み込んでいた。だが天馬達は多少外観の違いはあっても怪物相手は慣れたものだ。構わず突撃する。

「シャハァッ!!」

 目の前の蜥蜴男が奇声を上げながら斬りかかってくる。いつの間にか両手にそれぞれ二振りの曲刀を持っており、二刀流で異なる軌道から刃が迫る。だがインドで六刀流を相手にした事がある天馬からすれば何ほどの事もない。そう思ったが……

「……!」

 蜥蜴男の刃に何か穢れた魔力が纏わっている事に気付いた天馬は、慎重を期して受けに回り、その斬撃を受け止め躱す事に集中した。

「こりゃあ……毒か!」

「ほぅ、初見で気付くとはやるな!」

 蜥蜴男が哄笑する。奴の二刀には穢れた魔力による毒が染み込んでいるらしく、あれに斬られたら厄介そうだ。恐らく掠っただけでも毒が全身に回るのだろう。

 蜥蜴男が追撃で斬り込んでくる。天馬はその攻撃を受けないように慎重に受けに回るが、その時受け持ったもう一体のプログレスが側面に回り込んで襲い掛かってきた。

「……!」

 こちらは蛇の頭を持つ男で、武器は両手持ちの槍だ。やはりその槍の穂先にも穢れた魔力が染み込んでいるのが感じ取れた。

 天馬は咄嗟にその槍を刀で受ける。しかし反撃に転じる前に蜥蜴男が二刀で斬り込んでくる。天馬は二体のプログレスの連携攻撃の前に防戦一方となる。

「ふはは! 自信過剰に我等2人を同時に相手取った事を後悔して死ぬがいい、小僧!」

 蜥蜴男が勝ち誇ったように哄笑しながら更に攻勢を強めてくる。勿論蛇男も同様だ。だが天馬は決して焦る事無く冷静に敵の攻撃を防ぎ続ける。そして……

(見切った……!)

 目をカッと見開いた。蜥蜴男の二刀流が煌めく。だが天馬には最早その軌道が完璧に読めていた。どこに来るか解っている攻撃など例え毒を纏っていようが怖くも何ともない。

「ふっ!!」

「何……!?」

 天馬は敵の攻撃をいなしながら、それまでの防戦が嘘のように大胆に懐に踏み込んだ。そして蛇男が横槍を入れてくる前に、一撃で蜥蜴男の首を斬り落とした。


「き、貴様……!?」

「さあ、後はテメェだけだな?」

「ち、ほざけ……!」

 蛇男はそれまでとは違う行動を取った。その口を大きく開けると、まるで毒霧のように赤紫色の蒸気を吐きつけてきたのだ。どうやら毒を直接吐きつける能力も持っているらしい。先程までは仲間を巻き込むために使わなかったのだろう。

「むんっ!」

 だが天馬は焦らずに刀を水平に構えると、風車の要領で高速旋回させる。神力を纏った刀身が扇風機のように神気を放射させ、不浄の気体を残らず吹き散らしてしまう。

「なぁっ!? 馬鹿な……!」

「終わりだぁっ!」

 必殺の毒霧噴射をあっさりと防がれて動揺する蛇男。天馬はその隙を逃さずに踏み込むと、その蛇の脳天から唐竹割りにした。両断されて転がる蛇男。これで眼前の敵は片付けた。天馬は仲間達の戦況を確認する。


 シャクティの方は少し頭の形が違うが、やはり蜥蜴の頭をしたプログレスと戦っていた。敵は二刀流だがシャクティもまた二振りのチャクラムを用い、合計四つの武器が何度も打ち合う。しかし接近戦では蜥蜴男の方にやや分があるようだ。しかも奴の武器には猛毒が染み込んでいる。

 次第に押され気味になるシャクティ。このままではマズいかと天馬が加勢しかけるが、シャクティの目に焦りがない事に気付いた。

『女神の輪舞!』

 シャクティは戦いながら練り上げていた神力を解放する。すると彼女のすぐ近くの中空に、光で構成された浮遊するチャクラムが出現した。その光のチャクラムはそれ自体に大きな攻撃力はないようだが、周囲を自在に飛び回って蜥蜴男の死角から妨害行動を繰り返す。

 どうやら半自律で動き回る補助的な攻撃能力のようで、天馬は咄嗟にファンネル(・・・・・)という単語を連想した。

 純粋な一対一では蜥蜴男の方が有利であったが、ファンネル(・・・・・)の横槍が入った事によって形勢が逆転。シャクティが押し返しはじめ、そして遂にファンネルの攻撃で隙を晒した蜥蜴男の首を、彼女のチャクラムが斬り落とした。


 一方小鈴の方は蛇男と戦っていた。天馬が倒した奴とは体色が異なっている。持っている武器も少し取り回しが軽そうな短槍であった。

「炎帝連舞陣ッ!!」

 しかし小鈴は流石に近接戦には強く、流れるような体術と息もつかせぬ連続攻撃で蛇男との戦いを有利に進めていた。今も梢子棍に炎を纏わせた連舞で蛇男にラッシュを叩き込んでいる。このまま決まるかと思われたが、小鈴が止めの一撃を繰り出そうとした時、蛇男もまた強引に前に出て捨て身で短槍を突き出してきた。

「……!」

 小鈴の炎棍は見事、蛇男の頭を叩き潰した。しかし同時に蛇男の最後の一撃が彼女に迫る。小鈴は優れた反応で身体を大きく捻るようにして短槍を躱した。それによって直撃は免れたものの、片腕に槍の穂先が掠めてしまった。


「ぐっ……!」

「小鈴!」「シャオリンさん!?」

 無事に蛇男は倒したものの、自身も片腕を押さえて膝をつく小鈴。天馬とシャクティは慌てて駆け寄る。槍の穂先には毒が染み込んでいたはずだ。

「う……だ、大丈夫。ちょっと掠っただけだから。最後の最後にちょっとヘマしちゃったな、はは」

 小鈴は少し青い顔をしながら自嘲気味に笑った。だが気丈にしていたのも束の間、どんどん顔色が悪くなり身体の震えが大きくなってくる。

「テ、テンマさん、どうしましょう!? シャオリンさんの様子が……!」

「……っ! おい、小鈴! しっかりしろ! 目を開けるんだ!」

 天馬が強く呼びかけて身体をゆすっても、既に彼女は目を閉じて小さく呻くばかりで殆ど反応が無い。苦し気に顔を歪めて大量の脂汗が流れおちる。

 天馬は激しい焦燥を感じた。中国の戦いで彼も敵の攻撃で毒を喰らったような状態になった事があったが、あれはあくまで魔力を流し込まれた事による疑似毒のようなものだったので、神力によってある程度中和できたし、時間は掛かるが自然に浄化できた。

 だがどうもこれは本物(・・)の毒であるようだ。それもディヤウスにさえ作用する強力な毒だ。毒……それも得体の知れない未知の猛毒への対処など天馬もシャクティもお手上げ状態だ。

 シャクティが泣きそうな顔になるが天馬とて適切な対処法など解らない。更なる焦燥に支配されかかるが、その時小鈴の傍に屈みこむ人物が。あのラシーダというエジプト人女性だ。


「私に診せて」

「……! あんた……」

 天馬が何か言い掛けるが、ラシーダは構わずに小鈴の傷口に指を当てて、そこから流れ出る血を指につけて自分の舌で舐めた。

「……!!」 

 血を舐めたラシーダは目を見開いた。そしてすぐに腰に提げているポーチを探ると、そこからいくつかの乾燥した植物の葉のようなものを取り出した。

「これを纏めて噛ませて。早く!」

「あ、ああ……!」

 ラシーダの剣幕と、とりあえず他に手の打ちようがない事から、天馬は言われるままに受け取った植物の葉を全部小鈴の口に押し込んで無理やり噛ませた。するとしばらくして……

「あ……シャオリンさんの呼吸が少し落ち着いてきました!」

 シャクティが喜色を浮かべる。彼女の言う通り小鈴の呼吸が少し落ち着いて、表情も心なしか穏やかになった気がする。脂汗も大分引いてきた。

「悪い。マジで助かった。礼を言わせてくれ」

「気にしないで。礼を言うのはこっちの方よ。それにこれはあくまで応急処置に過ぎないわ。私の家まで行きましょう。そこならちゃんとした治療できるわ」

 天馬が素直に頭を下げると、ラシーダはかぶりを振った。確かにあんな小さな葉っぱだけで完全に治療できるとも思えない。


「でも……どうやってここから出たらいいんでしょう?」

 シャクティが一転して途方に暮れた様子になる。小鈴の治療をする為にもまずはここから脱出しないと始まらない。ラシーダもこの迷宮であいつらに追われていたくらいなので脱出方法は知らないだろう。

「……一か八かだ。やってみるか」

「テンマさん?」

 戸惑っているシャクティに小鈴を預けて天馬は『瀑布割り』を手に立ち上がった。このまま闇雲に歩き回っても出口が見つかるとは思えないし、かといって発生源(・・・)を探ろうにも小鈴がこの状態では難しい。そもそも一刻も早く彼女に治療を施さねばならない。

 であればもうこの方法に賭けるしかない。


「おおぉぉぉぉぉぉ……!!」

 天馬は刀を上段に構えて、極限まで神力を高める。この迷宮が魔力で構成されているなら、理論上は神力によって破れるはずだ。限界まで研ぎ澄ませた神力を刀に纏わせる。

「おお……りゃぁぁぁぁぁぁっ!!」

 縦に一閃。まるで空間そのもの(・・・・・・)を両断するかのような勢いで神力を纏った刀が振り下ろされ……  

「な……」


「な、何もない空間が……切れた(・・・)!?」


 シャクティもラシーダも等しく驚愕に唖然とした。彼女らの見ている前で、まるでスクリーンが破れるかのように空間が外側に捲れていく。そして捲れたスクリーン(・・・・・)の向こう側に別の大列柱室が見えた。シャクティ達はあれが本物(・・)の遺跡だと確信した。

「今だ! 小鈴を抱えろ! 脱出するぞ!!」

「あ……は、はい!」

 指示されたシャクティは慌てて小鈴を抱え上げて立ち上がった。そして天馬に促されるままに、そのスクリーンの破れ目(・・・)に飛び込んだ。ラシーダも躊躇う事無く後に続く。

 最後に天馬が飛び込もうとした所で……


『おお……我が結界を破るとは……。恐ろしいまでに研ぎ澄まされた神力よ』


「……!」

 天馬が振り向くと、そこには白いローブのような服を着た壮年男性の姿があった。赤と白のチェック柄のフードを被っている。長い髭を生やしたアラブの富豪か政治家といった雰囲気の男だが、その眼光の鋭さは並み大抵ではない。いや、眼光だけでなくその身体から発散される魔力も、鑿歯やナラシンハなどこれまで戦ってきた強敵達に匹敵するものだ。天馬は確信した。

「この結界を張ってた奴か。てめぇ……ウォーデン(・・・・・)だな?」


『如何にも。我が名はマフムード。冥府の神アヌビスの加護を受けしウォーデンよ』


「……! アヌビス……」

 外国人の高校生である天馬でも名前だけは聞いた事があるくらいメジャーな神であった。

『今は貴様たちの逃走を阻止する手段がない故に見逃すが……我が『蠍』は必ず手に入れる。そして我が結界を破るほどのディヤウスである貴様も危険故に必ず消す。これは確定した運命だ』

「へ……運命だ? そんなもんクソくらえだ。こっちこそ今は仲間の治療が優先なんで見逃してやるが、次に俺の前にその面見せたらそれこそ冥府に送ってやる。憶えとけ」

 互いに睨み合い、相手の死を予告する。そしてマフムードが言葉通りとりあえず今は襲ってくる気配がない事を確信すると、天馬は踵を返してシャクティ達の後を追って結界迷宮を脱出していった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み