第12話 ネトウヨ

文字数 4,762文字

「ひははは! ほれ、どうした、ねーちゃん!? これじゃあの時と同じだぜ? どう成長したのか見せてくれるんじゃなかったのかよ!?」

「く……!」

 東京都世田谷区。閑静な住宅街の只中にある、『六代目川口組 竜王会』の本部を兼ねる大邸宅。その奥の広間では現在、激しい炎と雷、そして光の銃弾が飛び交う異能の戦場と化していた。

 小鈴とアリシアは神器を駆使して果敢に攻め立てるが、狂ったように哄笑しながら雷を纏った剣を振り回す男……我妻恭司の猛攻の前に次第に劣勢になり、現在は殆ど防戦一方になっていた。

「ほらほら、もっと早くなるぜぇ!?」

 日本神話の雷神タケミカヅチのウォーデンである我妻は、雷を纏った刀『布都御霊剣』を縦横に振り回し小鈴達を寄せ付けない。言葉通り更に早くなる連撃を前に攻めあぐねる小鈴。

「く……リーチが違いすぎるわ! こんな奴、どうやって戦えってのよ!?」

「私がやる! お前は奴の足止めを頼む!」

 雷を纏った事で常識外れのリーチを誇る『布都御霊剣』の猛攻に、リーチの短い梢子棍を使う小鈴は手が出ない。上手く懐に潜り込もうにも、奴の斬撃の速さは相当の物であり、尚且つ紙一重で躱すだけでは雷を食らってしまうので、余計に近づけない。

『気炎弾!』

 出来るのは範囲外からの牽制くらいだ。だが当然そんな物が通用する相手ではない。

「はっ! みみっちいんだよ!」

 我妻の振るう雷剣によって、撃ち込んだ火球は一撃でかき消されてしまう。しかし小鈴は諦めずに連続して火球を撃ち込み続ける。

「無駄だっての!」

「……!!」

 我妻が『布都御霊剣』を構えると、まるで風車のように前面で旋回させる。その度に纏わった雷が尾を引いて、さながら『雷の障壁』を形成した。その障壁は当然ながら小鈴の撃ち込んだ気炎連弾を全て受け止めて跡形もなく弾き飛ばした。

「はははは! 無駄無――――」

「――これを受けても耳障りに嗤っていられるか!? 『ホーリー・ガトリング!!』」

 調子に乗る我妻に対して神力を練り上げたアリシアが、一秒間に数発の神聖弾を同時に撃ち込む神器ならでわの早業を叩き込んだ。 

 アリシアの神聖連弾は狙い過たず我妻の雷壁に衝突した。そして……

「……!」

 雷壁を突き破る事は出来なかったが、相殺する事は出来た。激しいスパークをまき散らしながら雷壁が弾け飛び、同時に我妻の剣に纏わっていた雷も消え去った。

「……! 好機ね!」

 今なら接近できる。それを見て取った小鈴は朱雀翼に炎を纏わせて一気に突撃する。至近距離に接近してしまえば互いの武器や戦闘法の関係上、小鈴の方が有利だ。

 だがその時、我妻がこれまでとは異なる行動を取った。こちらに向かって剣を振るのではなく、逆手に持った剣を床に突き立てたのだ。

『布都震雷波!!』


 奴が突き立てた剣から床を伝って(・・・・・)、電流が全方位に放射状に拡散した。


「な――――あぐぁっ!?」

「シャオリン!? ――ぐぬっ!!」

 拡散の範囲は広く、自分から接近していた小鈴は勿論、後衛にいたアリシアの元にまで電流が到達した。床を伝って足元から高圧電流に晒された2人は、瞬間的にスタンガンを食らったように身体を痺れさせてその場に倒れ伏した。

 尤も神衣(アルマ)を纏ったディヤウスだから身体が痺れる程度で済んだのであって、人間がこの電流をまともに受けたら一瞬で感電死していたであろうが。


「ぐ……う……」

「ふ、不覚……」

 小鈴とアリシアは何とか起き上がろうともがくが、身体が痺れて言う事を聞かない。我妻が悠々と歩み寄ってきて、無様に足掻く2人を見下ろす。

「くへへ……最初からこいつを使えば一発だったんだよ。さっきまでは遊んでやってただけだぜ」

「……!」

 我妻は倒れている二人の傍に屈み込む。


「さて、これでお前らの生殺与奪は握った訳だな。これからじっくりと『調教』を始めたいとこだが……てめぇは中国人だよな? 俺はてめぇら志那(・・)人が大嫌ぇなんだよ。だからてめぇだけは調教なんて生ぬるい事はしないで、拷問した挙句にぶっ殺してやるよ」

「……! な、んですって……?」

 小鈴は目を見開いて我妻を見上げる。奴の顔に浮かんでいたのは……嫌悪。

「当たり前だろが。ちょっと人口が多くて金持ちになったからって、日本に押し寄せて我が物顔で街を汚して馬鹿騒ぎしやがって。挙句にチャイニーズマフィアだか知らねぇが、俺らのシノギ(・・・)にまで入り込んで好き勝手しやがる。それにちょっとでも文句言おうもんなら『差別』だ『ヘイト』だの……。てめぇらはゴキブリみてぇなもんだ。いつか駆除(・・)してやろうと思ってたが、『王』の許可さえ出りゃもう我慢する必要はねぇ。手始めにテメェから駆除してやるよ」

「――――っ!!」

 日本人である我妻から余りにもあからさまな言葉と態度を取られて、小鈴の顔から血の気が退いた。

「何だ、一丁前に怒ったのか、ゴキブリが? 今のこの国のアホ政治家どもやマスコミ共、それに踊らされるアホ国民共はてめぇらに(おもね)って何も言えねぇだろうが、俺ら(・・)は違うぜ? 日本に寄生しようとするクソ外人どもは残らず駆除してやる。残っていい外人は俺らに敬意を払える奴らだけだ。『王』の理想を聞いた俺は一発で共感したね。この人に付いてきゃ間違いねぇ。神国日本は必ず復活するってな!」

「……!!」

 つまりその『王』とやらは、この我妻に輪をかけた排外差別主義者という訳だ。


「ふ……ざけんじゃ……ないわよ……!」

「お?」

 小鈴はまだ痺れが強く残る身体をガクガクと震わせながら強引に身を起こして、辛うじて四つ這いのような姿勢を取る。我妻は面白いものでも見るように眉を上げて、小鈴の奮闘を眺めている。

「さっすが、ゴキブリ! 大した生命力だぜ!」

「……な、さけない……みみっちいい男ね、アンタは。いえ、天馬以外の……日本人は、皆、そうね……」

「……! ああ、んだと?」

 我妻が目を吊り上げると、小鈴は脂汗を掻いて息を荒げながらも相手を馬鹿にしたように笑う。

「何が神国、日本よ。いつまでも……過去の栄光に縋って……現実から、目を背けて……妄想の中に、生きる、アンタらが哀れだって、言ってるのよ」

「……っ!」

 我妻が目を瞠った。それに比例して小鈴の笑みも深くなる。

「悔しいんでしょ、ホントは? 昔は、アメリカに次ぐ、世界第二位の、経済大国だなんて、いわれて……有頂天になって……私達(・・)を見下してきた……。なのに、今じゃ、すっかり落ちぶれて……中国に、抜かれて……だから、私達が、目障りで、仕方ないんでしょ?」

「て、テメェ……!」

 今度は我妻の顔から血の気が引いた。

「全部、過去にあんた達が……中国で、他の国で、やってきた事でしょ。それを、自分達が、落ちぶれて、やり返されたら……あーだこーだと……。その、心根が、みみっちいって言ってんのよ、この……ネトウヨ(・・・・)野郎!」

「――――」

 以前に天馬に聞いたことのある、日本のネット上で用いられるスラングによる罵倒。恐らく、いや、間違いなくこの我妻のようなタイプの男には効果覿面であるはずだ。


「……殺す。そんなに今すぐ死にてぇなら望み通りにしてやるぜ、ゴキブリ女ぁぁっっ!!!」


 果たして我妻は瞬間的に激昂し、『布都御霊剣』に雷を纏わせると大きく振りかぶった。その斬撃がまともに当たったら、いかに神衣を纏ったディヤウスといえど致命傷は避けられないだろう。だが……

「なめんじゃ……ないわ、よ!」

「……!!」

 小鈴は横転するようにしてその斬撃を躱した。電撃によって麻痺している状態からは考えられないような素早い挙動。我妻の目が一瞬驚愕に見開かれる。

 実は小鈴は我妻との会話中、奴に気づかれないように神力を集中させてひたすら麻痺の回復に努めていたのだ。奴自身が油断していたのと、日本だ中国だという話の内容にのめり込んで、我妻はそれに気づかなかった。

 そして今はまともに正対していたら不可能であった接近状態にあった。小鈴はこの機会を逃さず朱雀翼を手に握る。

『炎帝連舞陣!!』

「おわっ!? テメェ……!!」

 小鈴の炎を纏った連撃の前に我妻は慌てて距離を取ろうとするが、勿論それを許す小鈴ではない。更に攻勢を強めて畳み掛ける。我妻の『布都御霊剣』は中距離用の武器なので、ショートレンジにおいては梢子棍と拳法で戦う小鈴の方が圧倒的に有利だ。

「図に……乗んな、ゴキブリがぁぁぁっ!!」

「……っ!」

 我妻が咆哮すると、奴の身体自体から放電現象が発生して周囲に拡散した。小鈴は驚きながらも先程と同じ轍を踏まないように十分注意していた為、間一髪で跳び退っての回避が間に合った。だがそれによって我妻に態勢を立て直す隙を与えてしまう。


「調子に乗りやがってクソシナ人がぁ……! テメェらは粗末な人民服着て自転車に乗ってるのがお似合いなんだよ!」

 自分の間合いを取り返した我妻は憤怒に双眸を燃え立たせて、小鈴を八つ裂きにしようと斬り掛かる。いや……斬り掛かろうとした。

 だが我妻は小鈴に対して敵意と憎悪を向けるあまり、相手がもう1人(・・・・)いる事を失念していた。 


「期待以上の引き付けぶり……。ナイスアシストだ、シャオリン」


 小鈴と同じく神力を自己回復に充てていたアリシアは、充分に練り上げた神力を『デュランダル』に乗せる。

『ホーリー・ガトリング!!』

 再びの連弾。だが今度は我妻に回避も防御も間に合わせない絶妙の奇襲射撃。奴が気付いた時にはもう手遅れであった。

「ごぼぉぁぁっ!!!」

 胴体にまともに神聖連弾を喰らった我妻は、傷と口から盛大に血を吐きながら吹き飛んだ。だが腐ってもウォーデンか。それだけで即死する事は無く、床に這いつくばりながら呻いた。


「う、ががが……ち、ちくしょう……この、俺様が……。テメェらぁぁ……ぶっ殺す。自分から死にたくなるくらい苦しませてから……ぶっ殺してやらァァァッ!!」

「っ! ちぃ……! シャオリン、追撃だ!」

「ええ、解ってる!」

 ウォーデンを仕留めきれなかった場合、その後何が起きるかを嫌という程知っている2人は、全速力で追撃に移り我妻に止めを刺そうとする。だが……

「てめぇら、何ぼさっとしてやがる! この女共を殺せぇぇっ!!」

「……っ!」

 我妻が広間の端まで下がっていた手下の構成員(・・・・・・)達に怒鳴る。命令を受けた構成員……プログレス共が一斉に襲い掛かってくる。

「く……邪魔よ!」

 雑魚とはいえ無視できる程ではない。小鈴は舌打ちしながら全力を以ってプログレス共を殲滅していく。勿論アリシアも神聖弾を連射して攻撃に参加する。2人の全力攻撃により瞬く間に打ち倒されて消滅していくプログレス共。程なくして襲ってきた連中は殲滅できたものの……既に手遅れ(・・・)であった。


『くひひ……あいつらにしちゃ上出来だ。俺様が変身(・・)する時間を稼げたんだからよ』

「っ!!」

 先程まで我妻がいた場所に……一匹の巨大な『虎』がいた。体長は3メートル以上はあろうか。体高も小鈴の背丈よりも高い。動物の虎よりも明らかに一回り以上は大きい、成体のシロサイくらいはある馬鹿げたサイズの『虎』であった。

 しかもその『虎』は青と白の縞模様をした不思議な色の体毛をしており、その体毛は電気を帯びているように逆立ち、バチバチと周囲に強烈な静電気のようなものを発生させていた。

 見るからに剣呑な電気を帯びた巨大な青い虎。それが我妻の戦闘形態(・・・・)であるようだった。 

『さぁて、第二ラウンドと行こうじゃねぇか。当然覚悟は出来てるよなぁ? 楽には死なせてやらねぇぜ?』

「くっ……」

 小鈴もアリシアも我妻の圧力に押されるように後ずさりながら、それでも退く事はせずに構えを取った。『虎』が恐ろしい咆哮を上げながら飛び掛かってきた。絶望の『第二ラウンド』が幕を開けた……
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