第3話 エジプト小旅行

文字数 3,027文字

 エジプト国営鉄道のカイロ駅は、流石に直近で起きた空港でのテロ事件を警戒して相当に警備が厳重になっていたが、それでも鉄道自体は閉鎖していなかった。

 この辺りは行政の判断によるもののようで、テロを警戒して鉄道を閉鎖すれば物流や経済に与える影響は必至であり、それではテロリスト達の思惑通りになってしまうからだ。いや、空港でテロがあって犠牲者が大勢出ている時点でこの国の観光業などが被るダメージは甚大でありテロの影響は避けられないが、それでもこれ以上のダメージを厭うたという所だろう。

「ふぅ……一時はどうなる事かと思ったが、何とか出発できたな」

 走り出した列車の席に座った天馬がホッと一息ついた。対面になった席の向かい側には小鈴とシャクティも座っている。

「ええ、本当ですね。鉄道やバスが閉鎖されたら大変な事になる所でした」

 シャクティがしみじみと同意する。そんな事になれば天馬達は立ち往生して、そもそもルクソールに辿り着けなくなってしまう。仲間を探す以前の問題だ。

「でもこうやって何とか出発できたし、結果オーライじゃない? 折角だから異国の景色を楽しんでいきましょうよ」

 小鈴が提案する。一般の乗客は直近でテロがあったばかりなので戦々恐々とした様子の人が多かったが、天馬達は当然だがそんな空気はどこ吹く風で、暢気に外の風景を眺めたり、電車の内装や車内サービスなどの母国との違いを指摘し合ったり、他愛もない話で盛り上がっていた。


 小鈴とシャクティの2人はインドを発つ時こそ険悪な空気になりかけたが、そこは同年代の活動的な女子2人。インドからエジプトまで飛ぶ空の旅の最中に、他にやる事もないので仕方なしに会話しているうちにすっかり意気投合したらしく、天馬に関する話題以外ではいがみ合う事もなく、むしろ互いの母国の料理や文化談義などで盛り上がったりしていた。

「あ、見て下さい、シャオリンさん! ナイル川が見えてきましたよ!」

「へぇ、確かに……世界一なんて言うだけはあるわね。黄河よりも大きい……かも」

 今も車窓から見えるナイル川の景色を眺めながら仲良くお喋りに花を咲かせている。それを見て天馬もまたホッと胸を撫で下ろしていた。やはりこれから一緒に旅をしていくにあたって、同行者同士が険悪なのは非常に居心地が悪いし気まずかった。

 そんな空気のままでは戦いにも支障が出るし、何よりも天馬自身が耐えられそうになかった。しかも険悪な理由が自分を巡ってときては、増々居たたまれない。

 彼自身は今は茉莉香の事しか考えられないし、彼女が敵に捕らわれて大変な状況で万が一にも他の女性とどうこうなる気はなかったし、なってはいけないとも思っていた。

 2人にもはっきりとその意志は伝えてあるし、その上で尚それでも構わないと好意を寄せてくるのであれば、天馬にも流石にそれを邪険に突っぱねる事まではできない。そうなると彼としては女性同士が仲良くしてくれる事を願うしかないのだが(彼自身が下手に口を出して仲裁すると余計に拗れるというのはインドを発つ時のゴタゴタで学んだ)、今の所うまく行っているようでそれが何よりの事であった。


 電車はナイル川のほとりを走る事もあれば、途上の街中に逸れたり、時には砂漠に差し掛かって走る事もあった。意外と目まぐるしく変化する異国の景色にいつしか天馬も目を奪われて、気が付けば結構な時間が経っていた。

 だが当然ながら新幹線のような高速の特急列車ではなく、とにかく駅が閉鎖されたりする前に目に付いた下り列車に飛び乗ったので寝台列車という事もなく、途上の駅にも結構な時間停車する為に、今日一日では目的のルクソールに辿り着かなかった。

 仕方ないので天馬達も途上にあるアシュートという比較的大きな街で一旦降りて、翌日に再び電車で下るという事になった。



「電車で一日じゃ辿り着かないとはなぁ。ナイル川、半端ねぇな……」

 アシュートの街でその日の宿を探しがてら天馬がボヤいた。半日以上座りっぱなしだったので身体が凝って仕方なかった。エジプトは基本的に砂漠の国だがナイル川沿岸の地域は大河のお陰でそこまで乾燥しておらず、比較的過ごしやすい気候であった。

「そうですね。しかもルクソールはあくまでナイル川の途上にある街で、その先にはアスワンや、更には国境を越えてエチオピアやスーダンなどにも続いていますから、ナイル川を全部遡ろうとしたら数日は掛かるかもしれません」

 広いインドで暮らしながらも富裕層出身でそこまで旅慣れている訳ではないシャクティも、やや疲れた様子で頷いた。

「……少なくとも長距離バスを選択しなくて良かったぜ」

 バスだと交通渋滞などにも影響されるから更に時間がかかっていたはずだ。天馬はうんざりした溜息をついた。


「ねえ、宿を探す前にどこかで夕食を食べていきましょうよ。私、お腹が空いちゃって……」

 一方、小鈴はそれほど疲れた様子もなく、それよりは空腹が勝っているようで目ぼしい飲食店が無いか視線を巡らせていた。元々中国にいた時からあちこち旅行していたらしい彼女は、中国が広い事もあってこの程度の旅程などさして負担にはならないらしい。

 またアリシアほどではないが、小鈴もそれなりに大食漢である事がこれまでの旅路で既に判明していた。

 アシュートの街もナイル流域の観光地だけあって、中心部の大通り沿いには多くの飲食店が軒を連ねていた。中にはファストフード店や中華料理店など外国料理の店も多くある。勿論エジプトの料理を出していると思しき大衆的な食堂もあった。

 食への好奇心も強いアリシアが一緒にいれば間違いなくエジプト料理に興味を示しただろうが、天馬やシャクティは食に関しては割と保守的であり、小鈴に関しても食欲はあるが美味しければ何でも良いという派であり、外国人しかいない状態で口に合うかどうかわからない地元料理の店に敢えて入ろうとは思わなかったようだ。

 結局インドの空港では食べ損ねた事もあって、中華料理店で夕飯を摂る事になった。


「うーん……解ってはいたけど、やっぱり本国に比べると薄味ねぇ」

 小鈴はやや物足りなそうだったが、むしろ本場の料理は味が辛すぎると思っていた天馬は、外国ナイズされたこのくらいの味の方が日本で食べる中華料理に近くて食べやすかった。

「そうですねぇ。私もどちらかと言えば濃い味付けの方が好きなので、もう少し香辛料を足しましょうか」

 シャクティはそう言って胡椒を大量に振りかけていた。

 味には不満だったらしい小鈴も量には満足したのか、最終的にはやはり大量に食べ残していた。日本人は勿論インド人も基本的に食事は全部食べ切るのがマナーであるようだが(というか中国以外は基本的にそれが普通だと思われるが)、小鈴が構わないというので少し多めに頼んで礼儀として(・・・・・)残した。


 その後ホテルはすぐに見つかったが、部屋割りで『どちらが天馬と同室になるか』で再び険悪になりかけたので、天馬は慌ててシングルの部屋を取って自分は1人でゆっくり寝たいと言い張った。その甲斐あって何とかそれ以上揉める事無く部屋割りを決める事ができた。

(……おい、まさかこれから宿で泊まるたびにコレ(・・)が当たり前になったりするのか?)

 部屋で1人になった天馬は若干暗澹たる気持ちになり、アリシアがいつ戻ってくるかも不明な現状、別の意味でもこの地にいるはずの新たな仲間を早く見つけなければと決意するのだった。
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