第10話 パンダの楽園にて

文字数 2,729文字

 成都市パンダ繁殖研究基地。成都市の中心部からやや北側にあるこの施設は、世界的にも希少なパンダの繁殖施設として有名で、ここで繁殖したパンダを世界中の動物園に高額でレンタル(・・・・)する事で、成都市や四川省の、ひいては中国の数多ある外貨獲得手段の一つとなっていた。 

 またパンダに関する様々な資料やアトラクション、そして園内にいるパンダを鑑賞できる一種のテーマパークでもある為に、国内外から観光客が訪れ、成都市においては武候祠と並ぶ人気の観光スポットとなっていた。


「……そんなメジャーな観光スポットが人身売買組織のアジトの隠れ蓑、か。色々と考えさせられちまうな」

 日中の人で賑わう施設の入り口前で天馬がボヤく。その横にはアリシアと小鈴の姿もある。下手に夜中に忍び込もうなどとすると却って目立つので、こうして他の観光客でごった返す日中を敢えて狙って来訪している。

 有名な観光スポットだけあって外国からの観光客も多く、その中には当然欧米からの観光客も含まれている。なのでアジア人だけでなく白人の姿もちらほら見受けられ、ここならアリシアの姿も他の場所ほどには目立たなかった。

 まさに木を隠すなら森の中というやつだ。


「さて、ここまで来たはいいけど、どうやって奴等のアジトに潜入するんだ? まさか玄関のドアをノックしたら入れてもらえるって訳でもないだろうしよ」

 天馬が2人を振り返って尋ねる。アジトの場所、というか入り口自体はあの女性から聞き出してあった。問題は入る方法だ。何と入り口は眼紋(・・)認識となっているらしく、天馬達がそのまま行っても扉を開ける方法がない。

 そこで下手にまごついて不審者だと警戒されたら奇襲に失敗して、敵に備える時間を与える事になるし、吴珊ら誘拐された人達がどうなるか解らない。

「ふん、開けぬなら外からぶち破って入るまでだ。私の神聖砲弾(ホーリーキャノン)なら最大出力で撃ち込めば、余程の分厚い金属扉でない限りデカい風穴を開けられるぞ」

 本気で言っているらしいアリシアに天馬は若干顔を引き攣らせた。

「それは……最終手段(・・・・)にした方が良いな。そもそもこんな人が大勢いる施設内でいきなり大砲ぶっぱなして建物を破壊したら、俺ら犯罪者っていうか最悪テロリスト認定されちまうぜ」

「むぅ……それもそうか」

 アリシアがやや残念そうな調子で唸る。彼が言わなかったら本気でやるつもりだったのかとちょっと背筋が寒くなったのは余談だ。


「……ねえ、アリシア。あの時言ってた、この施設の人達が全員グルなんじゃないかって話、本気でそう思う?」

 するとそれまで黙って何かを考え込んでいた小鈴がアリシアに問い掛ける。

「うん? まあ……全員というと語弊があるかもしれんな。完全な末端の職員や出入りの業者などは流石に無関係の可能性もあるので、殆ど(・・)全員というのが正しいかも知れん」

 基本的に秘密というものは関与する人数が多ければ多い程、漏洩の危険は大きくなっていく。ある程度は人数を絞り込んでいると考えた方が自然だろう。
 

「だったら……誰かに扉を開けてもらえば(・・・・・・・)いいんじゃない?」


「……!!」

 天馬もアリシアも、小鈴が何を言いたいのかが解った。

「確かにそれが一番手っ取り早そうだな」

 手っ取り早く、かつ確実だ。あの先だって尋問した女性は既に相手側のチェックが入っている可能性もある。やはりこの施設内で確実に組織の人間だと解る奴を捕まえるのが良いだろう。


「じゃあとりあえず入るか。いつまでもここに突っ立ってても始まらないしな」

 3人は入場料を支払って施設内に入る。研究基地などと名前が付いているが、要はパンダ専用の動物園のようなものだ。繁殖を行っている研究施設は勿論、放し飼いになっているパンダを見物できるゾーンや、様々な資料が閲覧できる記念館、グッズを売っている売店やランチを提供する飲食店なども軒を連ねている。

 飲食店にアリシアが反応して入りたそうにしていたが、何も知らなければともかく流石に犯罪組織の懐中と解っている場所でゆっくりランチと洒落込む気にはなれなかったので、天馬と小鈴の2人掛かりで説得して止めさせた。

 それに確かに親友がすぐ側で囚われの身になっているかも知れない小鈴の気持ちを慮れば、その現地で暢気に食事など出来る気分ではない。アリシアもそれで納得してくれた。


 3人はそのまま施設内を進んで、敷地の北東方向にある大きな公園を目指す。この公園部分は園内マップで見ても広い面積がある割には、パンダこそいるものの他に何のアトラクションも無く、何の場所なのか説明も書かれていない謎のスペースとなっていた。

 しかし行楽で来ているだけの一般の観光客は、一々そんな事に疑問を持ったりはしない。大半の客は決められたアトラクションを楽しむだけだし、仮にこのスペースの存在に目が行っても、何かの理由があって解放されていないのだろうと、特に深く疑問を持つ事もないはずだ。

 人の無関心さの盲点をよく突いた、大胆なアジトの隠し場所であった。

 そんな場所なので一般の観光客達は殆ど寄り付かずに閑散としている。天馬達はなるべく目立たない隠れ場所を見つけてそこに潜伏する。そしてしばらく公園内を注視していると……


「……!」

 施設の入り口方面に続いている道から何人かの作業着姿の男達が現れた。4人がかりで何か大きな資材(・・)の入った金属の箱を抱えて運んでいる。かなり大きな……人が2人くらい(・・・・・・・)入りそうなサイズの箱だ。

 そして箱を抱えた男達は、そのまま何食わぬ顔でパンダ以外には何もない公園の奥の木立に入っていく。

「おい、あれってまさか……」

「解らん。だが可能性はあるな。……日中、人の賑わう行楽地のど真ん中で堂々と商品(・・)を運んでいるのだとしたら、随分大胆で上手い方法を考えたものだな」

 誰も施設の従業員達が抱えている箱の中身など気に掛けないものだ。当然この施設を運営または保全する為の資材か道具でも運んでいるとしか思わないだろう。薬か何かで商品をしっかりと眠らせて(・・・・)おけば、来園者でごった返す園内を堂々と通り抜けて商品をアジトに運べる。

 公園の奥の木立や岩場に紛れてしまえば表からは見えない。そうすれば後は秘密の入り口から商品を搬入すればいいだけだ。恐らく搬出(・・)の時も同じで、秘密の通用口から出入りする瞬間さえ目撃されなければ、後は従業員(・・・)達が商品の入った箱を抱えて施設から出て行き、この施設のトラックか何かに積み込んでどこにでも運んでいける。

「吴珊も、他の人達もこうやって……許せない」

 身近な友人を攫われている小鈴は怒りに燃えて、作業着姿の男達の背中を睨み付ける。秘密の出入口の場所は既にあの女性から聞き出してあった。今の天馬達の目的はあの男達自身だ。
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