第5話 新人の成長
文字数 5,195文字
東京都江戸川区。東京二十三区では最も東側に位置する行政区であり、すぐ西と南には千葉県との県境がある。しかし東京湾に面する区の一つとして古くから工業地域として発展してきた経緯がある。
そんな江戸川区の街並みに、たとえ二人連れでも人目を惹くコンビの姿があった。
「なあ、ここって東京でも外れの方なんだろ? それでもすっげぇ街並みだよなぁ。そこら中に店やコンビニがあるぜ。それにこんだけ離れてても見えるあの中央部のビルの塊! テンマは今頃あの辺にいるんだよな」
そんな周囲の視線などどこ吹く風という態度で呑気に騒いでいるのはアフリカ人のタビサだ。南アフリカの、それもサバンナのすぐ横の田舎からやってきた彼女にとって、確かにこの東京の街並みは色んな意味でカルチャーギャップが大きいだろう。
「そうね。都心部が担当のテンマ達が一番大変なはず。早くこっちの調査を終わらせてテンマ達と合流しましょう」
一方そんな感慨など何も無く、それどころかあらゆる物に無感動な一瞥を投げかけるだけの氷のような態度で頷くのはスウェーデン人のミネルヴァだ。彼女自身どちらかといえば田舎出身であったが、彼女はそもそもそうした物見遊山に一切興味がなかった。ここが東京であろうとニューヨークであろうとロンドンであろうと同じ事だ。
ディヤウスの特性で言語の問題に煩わされずに済む以上、あとはただ与えられた任務をこなすだけだ。そんな彼女の態度にタビサは不満そうに口を尖らせる。
「んだよ、ノリ悪ぃな。あんただって結構な田舎モンだろ?同期 なんだし、もうちっとノリ良く行こうぜ。こんな大きな街にこれる機会なんてそうそうないんだしよ!」
「私達は観光に来た訳じゃない。この街に巣食う邪神の勢力を一掃するために来たのよ。そして今はそのための重要な任務の真っ最中。あなたはその自覚が足りないようね。それじゃテンマにも見限られるわ」
「……! ああ? てめぇ、喧嘩売ってんのか?」
自分が意識している テンマの名前を引き合いに出されて、タビサが目を眇める。ミネルヴァの方もタビサの呑気な態度に内心眉を顰めていたので退く気はなく、双方互いに睨みあう。
だが2人とも自分の外見 を考慮に入れていなかった。基本的に日本では外国人 は目立つ。それはこの首都東京であっても変わらない。
ましてや透き通るような肌をした銀髪の白人女性と、対照的に濃い焦げ茶色の肌をしたドレッドヘアの黒人少女の二人連れが周囲の目を惹かないはずがない。それが互いに睨みあって全く異なる言語で 言い合いをしている様(ディヤウスの言葉は、聞かせる気のない相手以外には普通に本来の言語で聞こえる)は非常に人目を集める。
「……ちょっと騒がしいわ。移動しない?」
「あ、ああ、そうだな。ったく、見世物じゃねぇってんだ」
だが人々の好奇の視線に晒された事で頭が冷えた2人は、互いに毒気を抜かれたような表情でそそくさとその場を後にした。
「さっきはごめんなさい。焦った所でどうなる物でもないのは解っていたはずなのに……」
「ああ、いや……アタシも悪かったよ。確かに任務そっちのけで浮かれてたらテンマにも怒られるよな」
どうにか人目につかない路地裏を探して避難した2人は、冷静になっていた事もあって素直に謝罪しあう。彼女らはこの江戸川区にやってきたはいいものの、正直何から手を付けていいのかも分からず、ただ当てもなく彷徨っていたのであった。
せっかく天馬から『担当区域』を任されたのに、どうしていいのか分からず成果を上げられない状況にミネルヴァは焦りと苛立ちを募らせ、タビサは現実逃避気味に観光気分になっていたのだった。2人がディヤウスとしての経験が浅い事も影響していた。
「でもよぉ、これからどうする? アタシらは何を探せばいいんだ?」
タビサが途方に暮れたような顔で聞いてくるが、勿論ミネルヴァにも答えは分からない。
「そうね。とりあえずは……」
それでも何か動かなければと口を開きかけた時、彼女の携帯が鳴った。見るとアリシアからだ。彼女は黙って電話に出た。
「お、おい、何だって? カナメイシがどうとか聞こえたけど?」
アリシアとの通話を終えたミネルヴァが電話を切ると、待ちかねたようにタビサが問いかけてきた。
「……どうもこの東京の各地に『要石』という魔力の発生源が点在しているらしいわ。それがこの地の汚染 を早めているのだと。とりあえずその『要石』を破壊するという方針でいくらしいわ」
「……! そうなんだな!? じゃあ早速そいつをぶっ壊しに行こうぜ! どこにあるかは分かってんのか?」
目標が出来たタビサが喜び勇んで詰め寄ってきた。
「残念ながら場所までは分からない。けど二十三区にそれぞれ点在してるのは間違いないらしから、魔力を感知しながら意識的に発生源を辿って行けば見つけられるみたい」
「魔力を感知しながら……? それってどうやるんだ?」
タビサがきょとんとした顔になる。内心ではミネルヴァも同様の疑問を抱いていた。彼女らはいずれもディヤウスとなって日が浅いだけでなく、覚醒した時には既にベテランの仲間が何人もいる状態だった。そのためディヤウスの特性を使ったりそれを磨いたりする機会がなかった。
(でも……そのままでいいはずがない)
いつまでも先輩 におんぶに抱っこで、言われた事だけをやっている新人 では駄目なのだ。それでは何も成長しない。もしかすると天馬はそのために敢えて新参の2人を組ませたのかも知れない。
「分からない。けど分からないままでは駄目ね。とりあえずやってみましょう」
「……! ああ……そうだな。こんなん今更皆に聞けないしな」
タビサも同じ思いはあったらしく、すぐにミネルヴァの意を汲んで頷いた。2人は早速意識を集中させてその魔力を探ってみる。最初は上手く行かなかったが、諦めずにしばらく集中を続けてみるとやがて微かな違和感に気づき始めた。
「あ……これじゃないか? 何か空気の間を微かに漂ってる靄みたいな……」
「間違いなさそうね。この靄が濃くなっている方角を調べていきましょう」
一度認識してしまえば、その痕跡を辿るのはそこまで難しくなかった。2人は魔力の靄が濃い方向へとどんどん足を進めていく。意識を集中させて、尚且つ周囲の状況にも気を配りながらの追跡でかなり時間と労力がかかったものの、1時間ほど後にミネルヴァ達は大きな公園の前に到達していた。地図では【篠崎公園】と呼ばれている場所だ。
「……ここね。ここから強い魔力が発生し続けているのを感じる」
「ああ、間違いねぇな。ここまで来たら意識して探らなくても分かるぜ」
公園はスポーツレジャー施設を兼ねているらしく、様々な球技のためのフィールドが整備されていた。本来なら 多くの人で賑わう行楽施設であろうこの公園は、現在不自然なほど人気が少なかった。彼女たちの感覚が正しければその理由は明らかだ。
2人は躊躇うことなく不自然に静まり返った公園に踏み込み、更に魔力が濃い方向へと進んでいく。球技場を抜けた先、木立が立ち並んでいるスペースの一角にソレ はあった。
まるですべての光を吸収するような黒一色の巨大なモノリス。そこから際限なく魔力が噴き出し続けているのが否応なく感じられた。
「ああもう言われなくても分かるぜ。こいつが『要石』ってやつだな」
「ええ、こんな物を放置していたら、この街の人間に大きな悪影響が出そう。すぐにでも破壊しましょう」
破壊の仕方はとにかく強い神力を撃ち当てればいいらしいので、それほど難しくはない。彼女らが早速取りかかろうとした所で……
『……ああ、待っていたぞ。旧神の傀儡どもよ』
「……!!」
奇怪な声がその場に響くと同時に、木立の陰からいくつもの異形の影が滑り出てくる。『要石』の魔力に覆い隠されてその存在を察知できなかったようだ。数は全部で6体。どいつも魚や頭足類など海洋生物と人間が掛け合わさったような異形。
プログレス共だ。それもこの太平洋一帯を領域とする邪神クトゥルフの眷属たち。
「けっ、気持ち悪い奴らだな! てめぇらも『要石』と一緒にまとめて片付けてやるぜ!」
タビサが岩の拳を両手に纏って臨戦態勢となる。奴らの目的は『要石』の護衛と、それを破壊しに現れたディヤウスの抹殺だろう。どのみち邪神の勢力と話し合いの余地は皆無だ。出会ったら戦闘以外の選択肢はない。ミネルヴァも『ブリュンヒルド』を顕現させ、神衣をその身に纏って臨戦態勢となる。
因みに日本に来る道中に分かった事だが、タビサは他のメンバーのような神器 や神衣 という物が存在しない特殊なディヤウスであった。ディヤウスに対する知識が深いアリシアやペラギアによると、恐らく彼女の守護神がこの大地そのもの とも言える地母神であるのが関係しているとの事。
タビサにとって自らが依り立つこの大地自体が神器であり神衣なのだ。わざわざ『器』を別に用意する必要がないという訳だ。
「おおりゃぁ!! 『大地の拳打!!』」
そのタビサが獰猛な笑みを浮かべながら神力の岩に覆われた拳を目にも留まらぬ速度で連打する。それでいて威力はプログレスの強固な身体を突き破って血だるまの肉塊に変えてしまう程だ。
『死ね、ガキが!』
別のイカのような頭をしたプログレスが二本の触腕を高速で叩きつけてくる。だがタビサは瞬時に岩の鎧を纏ってその攻撃を防ぐ。
『悠久の神鎧!』
『……!』
攻撃を弾かれたイカ男がのけ反る。その隙にタビサは巨大な岩の戦槌を形成した。
「お返しだぜ! 『回帰の大槌!!』」
横殴りに振るわれた凄まじい剛撃に、プログレスは一溜まりもなく原形を留めない肉塊になって吹き飛んだ。主神級の地母神の加護を受けているだけあって凄まじい戦闘能力だ。プログレス共を全く寄せ付けない。
(……私も負けていられない!)
タビサの戦いに触発されたミネルヴァは『ブリュンヒルド』を構えて、襲いくるプログレスに高速で突き出す。
『スコルグ・ブロート!』
槍の穂先が分裂したかと思う程の速さで連続して突き出され、しかもその槍の穂先からは相手の身体を凍結させる冷気が放出されているというおまけ付きだ。食らったプログレスはやはり一溜まりもなく身体を粉々に砕かれて飛散した。
『貴様ァァァ!!』
魚の頭をしたプログレスが三叉槍を突き出してくる。ミネルヴァも『ブリュンヒルド』でそれを受ける。互いの槍が何度も交錯して打ち合う。だが何度も打ち合う中で敵の攻撃の癖を見切ったミネルヴァは、敵が槍を突き出してきたタイミングで、それを下から跳ね上げるようにして弾く。
『……!』
『スクルド・フェーデ!!』
敵がたたらを踏んだ隙に槍を引き戻し、神力を込めた強烈な突きを繰り出した。冷気と共に心臓を貫かれた魚男が倒れ伏す。これで2体。即座に次の敵に向かおうとするミネルヴァだが……
「おらっ!!」
その時丁度タビサが4体目 の敵を叩き伏せた所だった。彼女が2体の敵を倒す間に、このアフリカ人の少女はその倍の4体の敵を倒してしまったのだ。ミネルヴァが魚男に若干手間取ったのも原因であろうが。
「ふぅ……これでお終いかな? お? そっちも終わったのか? へへーん、アタシは4体倒したぞ。この勝負はアタシの勝ちだな!」
タビサが歯をむき出して笑顔になる。いつの間に倒した数を競う勝負になっていたのか。だがその余りにもあげっぴろげで裏表のない態度や言動に、勝負 に負けた事で若干忸怩たる思いを抱いていたミネルヴァがやや毒気を抜かれてしまったのは事実であった。
彼女はため息をついてかぶりを振った。
「……別に勝負じゃない。敵を殲滅さえできれば何でもいいわ。それより他に敵もいないようだし、さっさと『要石』を破壊してしまいましょう」
若干自分に言い聞かせるように呟いたミネルヴァは、話題を変えるように『要石』を指し示した。単純なタビサは特に訝しむでもなく頷いた。
「おう、そうだな! こいつの傍にいるだけで気分が悪いし、早いとこ破壊しちまおうぜ!」
2人は並んで神力を高めると、『要石』に向けて一気に解き放った。
『スクルド・フェーデ!』
『回帰の大槌!』
それぞれの技を叩き込むと、真っ黒いモノリスは全身に白いヒビが入って粉々に砕け散ってしまった。それと同時にこの場所を覆っていた魔力の靄が薄らいで清浄な空気に満たされていくのが分かった。
「……どうやら成功したみたいね」
「そうだな。よぅし、この調子で他の『要石』もどんどんぶっ壊してやろうぜ! 他のチームと競争だ!」
タビサは感慨もそこそこに早速他の『要石』を探すために走り出した。一瞬呆気に取られたミネルヴァだが、すぐに再びかぶりを振って苦笑すると、元気な少女の後を追って魔の呪縛から解放された公園を後にしていった。
そんな江戸川区の街並みに、たとえ二人連れでも人目を惹くコンビの姿があった。
「なあ、ここって東京でも外れの方なんだろ? それでもすっげぇ街並みだよなぁ。そこら中に店やコンビニがあるぜ。それにこんだけ離れてても見えるあの中央部のビルの塊! テンマは今頃あの辺にいるんだよな」
そんな周囲の視線などどこ吹く風という態度で呑気に騒いでいるのはアフリカ人のタビサだ。南アフリカの、それもサバンナのすぐ横の田舎からやってきた彼女にとって、確かにこの東京の街並みは色んな意味でカルチャーギャップが大きいだろう。
「そうね。都心部が担当のテンマ達が一番大変なはず。早くこっちの調査を終わらせてテンマ達と合流しましょう」
一方そんな感慨など何も無く、それどころかあらゆる物に無感動な一瞥を投げかけるだけの氷のような態度で頷くのはスウェーデン人のミネルヴァだ。彼女自身どちらかといえば田舎出身であったが、彼女はそもそもそうした物見遊山に一切興味がなかった。ここが東京であろうとニューヨークであろうとロンドンであろうと同じ事だ。
ディヤウスの特性で言語の問題に煩わされずに済む以上、あとはただ与えられた任務をこなすだけだ。そんな彼女の態度にタビサは不満そうに口を尖らせる。
「んだよ、ノリ悪ぃな。あんただって結構な田舎モンだろ?
「私達は観光に来た訳じゃない。この街に巣食う邪神の勢力を一掃するために来たのよ。そして今はそのための重要な任務の真っ最中。あなたはその自覚が足りないようね。それじゃテンマにも見限られるわ」
「……! ああ? てめぇ、喧嘩売ってんのか?」
自分が
だが2人とも自分の
ましてや透き通るような肌をした銀髪の白人女性と、対照的に濃い焦げ茶色の肌をしたドレッドヘアの黒人少女の二人連れが周囲の目を惹かないはずがない。それが互いに睨みあって
「……ちょっと騒がしいわ。移動しない?」
「あ、ああ、そうだな。ったく、見世物じゃねぇってんだ」
だが人々の好奇の視線に晒された事で頭が冷えた2人は、互いに毒気を抜かれたような表情でそそくさとその場を後にした。
「さっきはごめんなさい。焦った所でどうなる物でもないのは解っていたはずなのに……」
「ああ、いや……アタシも悪かったよ。確かに任務そっちのけで浮かれてたらテンマにも怒られるよな」
どうにか人目につかない路地裏を探して避難した2人は、冷静になっていた事もあって素直に謝罪しあう。彼女らはこの江戸川区にやってきたはいいものの、正直何から手を付けていいのかも分からず、ただ当てもなく彷徨っていたのであった。
せっかく天馬から『担当区域』を任されたのに、どうしていいのか分からず成果を上げられない状況にミネルヴァは焦りと苛立ちを募らせ、タビサは現実逃避気味に観光気分になっていたのだった。2人がディヤウスとしての経験が浅い事も影響していた。
「でもよぉ、これからどうする? アタシらは何を探せばいいんだ?」
タビサが途方に暮れたような顔で聞いてくるが、勿論ミネルヴァにも答えは分からない。
「そうね。とりあえずは……」
それでも何か動かなければと口を開きかけた時、彼女の携帯が鳴った。見るとアリシアからだ。彼女は黙って電話に出た。
「お、おい、何だって? カナメイシがどうとか聞こえたけど?」
アリシアとの通話を終えたミネルヴァが電話を切ると、待ちかねたようにタビサが問いかけてきた。
「……どうもこの東京の各地に『要石』という魔力の発生源が点在しているらしいわ。それがこの地の
「……! そうなんだな!? じゃあ早速そいつをぶっ壊しに行こうぜ! どこにあるかは分かってんのか?」
目標が出来たタビサが喜び勇んで詰め寄ってきた。
「残念ながら場所までは分からない。けど二十三区にそれぞれ点在してるのは間違いないらしから、魔力を感知しながら意識的に発生源を辿って行けば見つけられるみたい」
「魔力を感知しながら……? それってどうやるんだ?」
タビサがきょとんとした顔になる。内心ではミネルヴァも同様の疑問を抱いていた。彼女らはいずれもディヤウスとなって日が浅いだけでなく、覚醒した時には既にベテランの仲間が何人もいる状態だった。そのためディヤウスの特性を使ったりそれを磨いたりする機会がなかった。
(でも……そのままでいいはずがない)
いつまでも
「分からない。けど分からないままでは駄目ね。とりあえずやってみましょう」
「……! ああ……そうだな。こんなん今更皆に聞けないしな」
タビサも同じ思いはあったらしく、すぐにミネルヴァの意を汲んで頷いた。2人は早速意識を集中させてその魔力を探ってみる。最初は上手く行かなかったが、諦めずにしばらく集中を続けてみるとやがて微かな違和感に気づき始めた。
「あ……これじゃないか? 何か空気の間を微かに漂ってる靄みたいな……」
「間違いなさそうね。この靄が濃くなっている方角を調べていきましょう」
一度認識してしまえば、その痕跡を辿るのはそこまで難しくなかった。2人は魔力の靄が濃い方向へとどんどん足を進めていく。意識を集中させて、尚且つ周囲の状況にも気を配りながらの追跡でかなり時間と労力がかかったものの、1時間ほど後にミネルヴァ達は大きな公園の前に到達していた。地図では【篠崎公園】と呼ばれている場所だ。
「……ここね。ここから強い魔力が発生し続けているのを感じる」
「ああ、間違いねぇな。ここまで来たら意識して探らなくても分かるぜ」
公園はスポーツレジャー施設を兼ねているらしく、様々な球技のためのフィールドが整備されていた。
2人は躊躇うことなく不自然に静まり返った公園に踏み込み、更に魔力が濃い方向へと進んでいく。球技場を抜けた先、木立が立ち並んでいるスペースの一角に
まるですべての光を吸収するような黒一色の巨大なモノリス。そこから際限なく魔力が噴き出し続けているのが否応なく感じられた。
「ああもう言われなくても分かるぜ。こいつが『要石』ってやつだな」
「ええ、こんな物を放置していたら、この街の人間に大きな悪影響が出そう。すぐにでも破壊しましょう」
破壊の仕方はとにかく強い神力を撃ち当てればいいらしいので、それほど難しくはない。彼女らが早速取りかかろうとした所で……
『……ああ、待っていたぞ。旧神の傀儡どもよ』
「……!!」
奇怪な声がその場に響くと同時に、木立の陰からいくつもの異形の影が滑り出てくる。『要石』の魔力に覆い隠されてその存在を察知できなかったようだ。数は全部で6体。どいつも魚や頭足類など海洋生物と人間が掛け合わさったような異形。
プログレス共だ。それもこの太平洋一帯を領域とする邪神クトゥルフの眷属たち。
「けっ、気持ち悪い奴らだな! てめぇらも『要石』と一緒にまとめて片付けてやるぜ!」
タビサが岩の拳を両手に纏って臨戦態勢となる。奴らの目的は『要石』の護衛と、それを破壊しに現れたディヤウスの抹殺だろう。どのみち邪神の勢力と話し合いの余地は皆無だ。出会ったら戦闘以外の選択肢はない。ミネルヴァも『ブリュンヒルド』を顕現させ、神衣をその身に纏って臨戦態勢となる。
因みに日本に来る道中に分かった事だが、タビサは他のメンバーのような
タビサにとって自らが依り立つこの大地自体が神器であり神衣なのだ。わざわざ『器』を別に用意する必要がないという訳だ。
「おおりゃぁ!! 『大地の拳打!!』」
そのタビサが獰猛な笑みを浮かべながら神力の岩に覆われた拳を目にも留まらぬ速度で連打する。それでいて威力はプログレスの強固な身体を突き破って血だるまの肉塊に変えてしまう程だ。
『死ね、ガキが!』
別のイカのような頭をしたプログレスが二本の触腕を高速で叩きつけてくる。だがタビサは瞬時に岩の鎧を纏ってその攻撃を防ぐ。
『悠久の神鎧!』
『……!』
攻撃を弾かれたイカ男がのけ反る。その隙にタビサは巨大な岩の戦槌を形成した。
「お返しだぜ! 『回帰の大槌!!』」
横殴りに振るわれた凄まじい剛撃に、プログレスは一溜まりもなく原形を留めない肉塊になって吹き飛んだ。主神級の地母神の加護を受けているだけあって凄まじい戦闘能力だ。プログレス共を全く寄せ付けない。
(……私も負けていられない!)
タビサの戦いに触発されたミネルヴァは『ブリュンヒルド』を構えて、襲いくるプログレスに高速で突き出す。
『スコルグ・ブロート!』
槍の穂先が分裂したかと思う程の速さで連続して突き出され、しかもその槍の穂先からは相手の身体を凍結させる冷気が放出されているというおまけ付きだ。食らったプログレスはやはり一溜まりもなく身体を粉々に砕かれて飛散した。
『貴様ァァァ!!』
魚の頭をしたプログレスが三叉槍を突き出してくる。ミネルヴァも『ブリュンヒルド』でそれを受ける。互いの槍が何度も交錯して打ち合う。だが何度も打ち合う中で敵の攻撃の癖を見切ったミネルヴァは、敵が槍を突き出してきたタイミングで、それを下から跳ね上げるようにして弾く。
『……!』
『スクルド・フェーデ!!』
敵がたたらを踏んだ隙に槍を引き戻し、神力を込めた強烈な突きを繰り出した。冷気と共に心臓を貫かれた魚男が倒れ伏す。これで2体。即座に次の敵に向かおうとするミネルヴァだが……
「おらっ!!」
その時丁度タビサが
「ふぅ……これでお終いかな? お? そっちも終わったのか? へへーん、アタシは4体倒したぞ。この勝負はアタシの勝ちだな!」
タビサが歯をむき出して笑顔になる。いつの間に倒した数を競う勝負になっていたのか。だがその余りにもあげっぴろげで裏表のない態度や言動に、
彼女はため息をついてかぶりを振った。
「……別に勝負じゃない。敵を殲滅さえできれば何でもいいわ。それより他に敵もいないようだし、さっさと『要石』を破壊してしまいましょう」
若干自分に言い聞かせるように呟いたミネルヴァは、話題を変えるように『要石』を指し示した。単純なタビサは特に訝しむでもなく頷いた。
「おう、そうだな! こいつの傍にいるだけで気分が悪いし、早いとこ破壊しちまおうぜ!」
2人は並んで神力を高めると、『要石』に向けて一気に解き放った。
『スクルド・フェーデ!』
『回帰の大槌!』
それぞれの技を叩き込むと、真っ黒いモノリスは全身に白いヒビが入って粉々に砕け散ってしまった。それと同時にこの場所を覆っていた魔力の靄が薄らいで清浄な空気に満たされていくのが分かった。
「……どうやら成功したみたいね」
「そうだな。よぅし、この調子で他の『要石』もどんどんぶっ壊してやろうぜ! 他のチームと競争だ!」
タビサは感慨もそこそこに早速他の『要石』を探すために走り出した。一瞬呆気に取られたミネルヴァだが、すぐに再びかぶりを振って苦笑すると、元気な少女の後を追って魔の呪縛から解放された公園を後にしていった。