第3話 足掛かりは向こうから
文字数 2,975文字
「といってもこの広い街で闇雲に捜してすぐに見つかるものでもないだろう。今日の所は一旦宿を取って、明朝から捜索を開始するという事でどうだ?」
アリシアの提案。早く見つけたいという気持ちはあったが、さりとて何の手がかりも指針もない状態で何をすればいいのかすら分からない。もう夕刻に差し掛かろうかという時刻な事もあり、アリシアの言う通り今日の所はとりあえず泊まる場所を探そうという事になった。
それにある程度近い場所にいればディヤウス同士は無意識に引き合うという特性の事を考えれば、焦らずに何かが起きるのを待った方が良いという考え方もある。実際に成都ではそれで上手く行った。
「よし、そうと決まれば泊まれそうなホテルを探そうぜ。この辺りは観光地だから歩いてればその内見つかるだろ」
アバウト極まりない方針でそう決めると3人は通りを歩き始めた。ランドマーク観光地であるからか、日が落ちてくると途端に通りを行き交う人の数が如実に少なくなってきた。
「…………なあ、2人とも気付いてるか?」
天馬が振り返らずに2人に確認すると、アリシアと小鈴も頷いた。
「うむ、
「結構うまく気配を殺してるわね。もしかしたら素人じゃないかも」
そう。彼等が店を出て通りを歩き始めた時から、明らかに彼等を尾行している気配があった。実際には店にいた時から見張っていたのだろう。
天馬達はこの街どころかこの国に今日着いたばかりであり、誰かに狙われるような心当たりは勿論ない。あるとしたら外国人や旅行者を狙った犯罪関係くらいであろう。だがそれにしても3人連れで、しかも男性の天馬もいるのにいきなり狙って尾行したりする物だろうか。
解らないなら
「……よう、俺達に何か用事か? 話しやすい場所まで来てやったぜ?」
天馬が尾行者に対して声を掛ける。すると彼等が歩いてきた路地の陰から、スゥ……と1人の人影が滑るように現れた。
それは全身を黒っぽい衣装に包んでおり顔も黒い目出しの覆面で覆った、極めて怪しい風体の人物であった。この灼熱の国にいるとは思えないような厚手の衣装で、顔だけでなく体型も解らない。
「ふむ、衣装からして余り友好的な雰囲気ではないな。というよりその衣装で良く目立たずにここまで来れたものだな?」
アリシアの若干呆れたような声に構わずその黒装束は、明確な
小鈴が目を剥いた。それはその人物が武器を持っていたからではない。
「――
元から武術を学んでいて、ましてや今はディヤウスとして覚醒しているはずの彼女が思わず目を瞠るほどの踏み込みの速さ。黒装束は凄まじいスピードに肉薄すると、先頭にいた天馬目掛けてそのダガーを煌めかせる。
「ちっ……!」
天馬も咄嗟にディヤウスとしての力を解放しつつ、そのダガーの攻撃を危うい所で躱した。黒装束はそのまま追撃してくる。
「天馬っ!」
小鈴が横から回り込んで黒装束に攻撃を仕掛けて相手の追撃を妨害する。その手には既に彼女が亜空間から引き寄せた梢子棍……『朱雀翼』が握られていた。彼女が元々愛用していた梢子棍に火の神祝融の神力を込めて【
【神器】はそのディヤウスが自身の神力を込めて唯一無二の固有武器として
小鈴が朱雀翼を振るって攻撃すると、黒装束は飛び退ってそれを躱した。彼女の一撃を躱すとは、やはりこの黒装束は……
「天馬! アリシア! こいつは私に任せて!」
小鈴はそう言って2人を下がらせて矢面に立つ。確かに天馬やアリシアの武器だと、余程の実力差が無ければ手加減が難しく殺してしまいかねない。それは成都での同じような囮作戦で失敗した際に証明されている。
相手から情報を引き出したい身としては小鈴に任せる方が良いかも知れない。
「解った! 殺すんじゃないぞ!」
「ええ、勿論よ!」
小鈴は請け負って敵と向き合う。黒装束は素早い動きからダガーを斬り付けてくる。梢子棍は相手の攻撃を受けるのには適していない。小鈴はディヤウスの眼力を発揮してダガーの動きと軌道を見切る。
かなりの速さだがそれでもディヤウスが対処できない程ではない。身を反らすようにして斬撃を躱した小鈴は猛然と反撃を開始する。ただでさえ速く複雑な軌道で振り回される梢子棍。それが神器である朱雀翼ともなると、最早人間の目には見切れない速さとなる。
「……!」
黒装束はその威に恐れをなしたのか大きく飛び退って小鈴の攻撃を避ける。だがむざむざ逃がす小鈴ではない。
「気炎弾!」
振るわれた朱雀翼の軌道に合わせて小さな火球が射出される。これは完全に想定外であったらしく、咄嗟に躱したものの黒装束の体勢は大きく崩れる。
「ふっ!」
そこに小鈴が踏み込んで朱雀翼を一閃。黒装束の手から正確にダガーを弾き落とした。
「せいっ!」
更に追撃の蹴り上げ。小鈴のしなやかな脚が180度開脚する勢いで真上に蹴り上げられ、黒装束の下顎の部分を狙う。黒装束は辛うじて躱したものの完全には避けきれず、蹴りが掠った覆面が飛ばされた。
「……!!」
黒装束はその衝撃で尻餅をついて倒れ込む。当然小鈴は追撃しようとするが、その動作が途中で止まった。露わになった黒装束の素顔を見たからだ。
「え……お、女……!?」
それは意外な事に女性であった。堀の深いインド人の顔立ちの若い女性だ。
「小鈴、そこまでだ。どっちみちもう戦意はないみたいだしな」
天馬もとりあえず戦いが終わったと見做して間に割り込む。相手が女性であった事は彼も意外であった。しかも更に意外な事に……
「……テンマ、この女……
「やっぱりそうか……」
アリシアの言葉に天馬も自分の感覚が気のせいではなかった事を悟る。天馬達の戦意が消えたのを見て取ったその黒装束の女性がゆっくりと立ち上がった。
「試すような真似をして申し訳ありませんでした。どうしてもあなた方が本当にディヤウスであるか、そしてどの程度の力を持っているのか確かめる必要があったので」
「確かめる、だって?」
天馬のオウム返しに頷く女性。
「はい。私の名はアディティ。お察しの通り女神【バイラヴィ】のディヤウスです。そして……プラサード家のメイドでもあります」
「プラサード家? 確か、つい先程TVで聞いた名だな」
アリシアの言葉に再び頷く女性……アディティ。その表情が憂いを帯びた切実な物に変わる。
「そのプラサード家です。私のお仕えする主人……シャクティお嬢様を助け出す為にあなた方のお力を貸して頂きたいのです。問答無用で襲い掛かった事は幾重にもお詫びいたします。どうかご協力頂けないでしょうか」
「……!!」
思いもよらない展開に天馬達は揃って唖然としてしまう。ディヤウス同士は無意識に引き合う……。どうやら早速その特性が働き始めたようだ。