第16話 共同戦線

文字数 3,193文字

 そして彼女の意識は夢から現実(・・)に戻ってきた。しかし彼女は既に覚醒(・・)していた。それは単に夢から覚めたというだけではない。

 小鈴はそれまでのダメージなど全く無かったようにスクッと力強く立ち上がった。そして彼女の『敵』を睨み付ける。

「待ちなさい、叔父……いえ、鑿歯(さくし)!!」

「……! 何……!?」

 天馬達に攻撃しようとしていた鑿歯が、立ち上がった小鈴を見て目を瞠った。いや、奴が驚いているのはそれだけではない。

「馬鹿な……。何故、お前から神力(・・)を感じる!?」

「私がそもそもどういう経緯で外国人の、しかもディヤウスの天馬達と知り合って行動を共にしていたか疑問を抱かなかったの?」

「……!」

「そう……私もディヤウスだったのよ。尤も自分がそうだって知ったのは極々最近だけどね。そして今ようやくディヤウスとして覚醒したのよ。あなたのお陰でね」

「お前が……ディヤウス、だと!?」

 鑿歯が完全に小鈴に向き直る。小鈴は自らの内から湧き出る神力を完全に解放した。ディヤウスとしての戦い方は何となく本能で理解できた。


「ふっ!!」

 一気に踏み込む。床が抉れるような強烈な踏み込みで、一瞬にして鑿歯の眼前に到達する。傍から見ればまるで瞬間移動しているかの如き速さであったが、今の彼女は肉体だけでなく感覚もディヤウスの力で強化されているので、問題なく認識する事ができていた。

 持っていた梢子棍を薙ぎ払う。この棍にも神力が纏わせてあるので、速度だけでなく威力も桁違いだ。

「……っ!」

 鑿歯が今までとは比較にならないほど真剣な表情で彼女の攻撃を躱す。しかし小鈴はそのまま流れるような動作で追撃を繰り出す。とにかくまずは天馬達から引き離さなくてはならない。

「図に乗るな!」

 何度か彼女の攻撃を躱して体勢を立て直した鑿歯が猛然と反撃を開始する。邪気を纏わせた黒獣の爪が薙ぎ払われる。だが未覚醒時には全く見えなかったその攻撃が、今は速いものの何とか見切れる速度に感じられていた。

 薙ぎ払いを屈みこんで回避する。そしてその勢いのまま強烈な足払いを仕掛ける。しかし鑿歯は跳び上がってそれを躱した。

『黒狼爪圧拳!』

 そして上空から両腕を振りかぶって一気に叩きつけてきた。より強力な邪気を纏って一際巨大になった黒い爪が小鈴を叩き潰さんと上方から迫る。回避するには間に合わない速度、攻撃範囲だ。

 小鈴は敢えて回避を選択せずに、代わりに自身の神力を極限まで練り上げる。すると彼女の身体から紅蓮の炎(・・・・)が噴き上がり、彼女の両の拳と梢子棍を覆い尽くした。

 不思議な事にその炎は周囲が焼け付くような熱を伴いながら、小鈴の肌や衣装は一切焦がしていなかった。

『炎帝昇凰波!!』

 小鈴が跳び上がるようにして突き出した拳に合わせて炎の渦が巻き起こり、凄まじい熱波を伴いながら上昇する。

 黒い爪と炎の渦が衝突して混ざり合いながら、赤と黒の波動を周囲に激しく撒き散らす。両者の力は拮抗し明滅しながら互いを打ち消して消滅した。

「ぬぅ、貴様――」

『気炎弾!』

 反動から大きく飛び退って宙返りしながら着地した鑿歯が忌々し気な声で唸るが、小鈴は構わず即座に追撃。梢子棍の短棍を激しく旋回させながら縦横に叩きつけるように動かす。するとその棍に纏わりついた炎が次々と分離(・・)して、火球となって撃ち出される。

 ソフトボール大の火の玉が、アメリカのメジャーリーガーの剛速球もかくやという速度で次々と撃ち出されていく。 

「小癪なっ!」

 鑿歯は最初の内は躱していたが、連弾が止まる気配が無いと見るやその両腕の黒い爪を高速で動かして、アリシアの神聖弾の時のように小鈴の火球も斬り払ってしまう。そして斬り払いながら一直線に突進してきた。

「……!」

 炎弾が効かないと解ると小鈴は即座に戦法を切り替える。神力を拡充させ、両腕と棍だけでなく両脚にも炎を纏わせる。そして真っ向から鑿歯を迎え撃つ。

 小鈴が四肢から放つ体術、そして梢子棍による打撃。全ての攻撃から炎が発生して彼女の攻撃をサポートする。常人であれば目にも留まらぬ速度で繰り出される攻撃の数々に全身を殴打されて、とっくに死んでいるだろう。しかも全ての攻撃に灼熱の炎が纏わっているのだ。

 だが敵は常人ではない。邪神の種子を受け入れて、ある意味ではディヤウスをも上回る力を得ているウォーデンなのだ。更に……

「ふはは、お前の道士としての拳法の師は私だぞ!? ディヤウスになった事でポテンシャルの差は縮まったが、道士としては私に一日の長がある。お前に私は倒せん!」

「くっ……!」

 小鈴は歯噛みする。闇が次第に炎を押し返して包み込み始めた。ウォーデンとディヤウスの力の差、そして拳士としての技術の差。それらが徐々に彼女を劣勢に追い込みつつあった。

 ここにいたのが彼女1人であったなら、そのまま地力の差で敗北していた可能性も高い。だが……ここにいるのは小鈴だけではない。


「……!!」

 小鈴を追い込んでいた鑿歯は、側面から撃ち込まれた神聖弾(・・・)に防御を余儀なくされる。その間に体勢を立て直す小鈴。

「シャオリン、遂に覚醒出来たのだな!?」

「アリシア!」

 鑿歯に向けて銃を構える金髪カウガール、アリシアの姿。小鈴が時間を稼いでくれたお陰で、ある程度ダメージから立ち直ったのだ。そして当然彼女だけでなく……

「おぉぉぉっ!!」

「……!」

 背後からの鋭い斬撃。天馬の鬼神三鈷剣による斬り下ろしだ。直近のダメージからは立ち直ったものの、まだ毒の影響が抜けておらず本調子ではない事もあって、その斬撃はあえなく躱されてしまう。だがそれによって一旦距離が離れ、完全に仕切り直しが可能となった。

「へ、俺達もいる事を忘れてもらっちゃ困るぜ」

「天馬ッ!」

 小鈴が喜色を浮かべる。天馬は脂汗を垂らしながらも不敵な笑みで小鈴を見やる。

「おめでとう……て言えるかは微妙だが、とりあえずこれで一緒に戦える(・・・・・・)な」

 ディヤウスになるという事はつまり、それまでの生活を捨てて戦いに身を投じるという事も意味している。それを慮っての天馬の台詞であったが、小鈴はかぶりを振った。むしろ彼の言葉の後半(・・)こそが嬉しかった。

「ええ、天馬! これからは私も共に戦うわ!」

「宜しくな、小鈴。じゃあ、最初の共同戦線と行くか!」

 そして彼等は共に自分達の『敵』である鑿歯を睨み付ける。鑿歯が怒りと苛立ちから身体を震わせる。


「おのれ……クズ共が何人揃おうが私の敵ではない。もう遊びは終わりだ!」

 言葉ほどに余裕はないのか、鑿歯は自らの魔力を全開にする。すると目を疑うような現象が起きた。今まで奴の両腕を覆っていただけだった黒い波動が全身(・・)に伝播して覆い尽くす。

 そして奴の全身を覆い尽くした黒いエネルギー体は形を変えて、両腕の獣の爪は更に凶悪に伸び、両脚もまるで獣のような形状に変化し、その頭部も狼のような肉食獣を象った形状に変わっていく。更には細い『体毛』が全身に生え揃う。


 数瞬後にはそこに、体長が3メートル近くある巨大な狼男(・・)の如き怪物が屹立していた。


『はあァァァァ……。この姿になったのは久しぶりだ…………『黒獣』の鑿歯の力、思い知るがいい』

 その獣の『両眼』を赤く光らせ、大きく裂けた『口』から長い『牙』を覗かせつつ呼気を吐き出す鑿歯――『黒獣』。

「化け物めっ!」

 敵が襲ってくるのを待っている道理はない。アリシアが先制攻撃を仕掛ける。デュランダルの銃口から神聖連弾(ホーリーマシンガン)が撃ち込まれる。プログレスなら一溜まりも無く蜂の巣にされるであろう光の連弾を、しかし『黒獣』は片手だけで軽々と受け止めてしまう。だがその黒い獣の身体が一瞬だけ揺らいだ。

『【外なる神々】に逆らう忌まわしきディヤウス共が!! この場で朽ち果てるがいいっ!!』

 『黒獣』が物理的な圧力が伴う咆哮を発すると、四肢を使って床を駆けながら突進してきた。物凄い迫力だ。
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