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文字数 1,531文字

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 僕とノノは展望台のある公園を出ると、下山して、駅前のアーケードを目指し、歩いた。
「昨日はタクシーを使って移動したよね」
「もう無理でしょ。ほぼみんな死んでる世界になってるワケ」
「みんな死んでる?」
「世界はまた、静寂になろうとしている」
「静寂?」
「見なさいよ、これ」
 地面を指さすノノ。アスファルトに亀裂がところどころ、走っている。
「樹の根っこが地下を走っているのよ、急スピードで、ね」
「根を張っている、ということか。でも、どこから」
「アーケードから」
「アーケードから?」
「アンタの大好きな掛軸とご対面できるわよ」
 僕らは黙って歩いた。
 そして、新住宅街を飲み込んで、それでもまだ増殖を続ける、アーケードの〈動く資材〉が、見えてきた。鉄筋が自己増殖してアーケードを拡張し、領土を広げていく。
「なんだ、これ?」
「ディアヌスのなれの果て。〈バオバブの樹〉よ。これが、掛軸の今の姿」


〈バオバブの樹〉……。
 アーケード資材がツタのように動き、住宅街の建物に絡みつき、飲み込むように取り込み、アーケードの一部にしてしまう。遠くから見ていると、巨大なタコが絡みついて縛り付けて捕食してるようにも見える。地面のアスファルトはめくりあがり、樹の根が住宅街を覆っていく。アーケードを形づくる鉄筋資材は生き物ように増殖していく、一種のアメーバだ。有機物と、無機物でできた、増殖するバオバブは、どんどん自分の領域を増やしていく。
 これが、ディアヌスの、掛軸陸前の姿だというのか……。

「さ。ダッシュよ!」
 ノノが僕の背中を叩く。
「ここで眺めていてもらちがあかないヨネ。駅前商店街まで突っ走るしかないケド、行かないの?」
 僕は増殖するアーケード〈バオバブの樹〉を眺める。一望はできない。それほど大きく増殖している。さっき展望台では気づかなかったのに。
「行こう。アーケードの中心に」
 僕らは走ることになった。障害リレーみたく、アスファルトを破壊して動く樹の根っこの地面を、蹴り飛びながら。


「地球は終わろうとしている。掛軸はこの星を〈バオバブの樹〉にすると決めたみたいね」
「バオバブ、か」
 サン・テグジュベリの小説に出てくる、放置すると小さな星全体を包み込み、星を破壊する有害な巨木。
「掛軸はこの〈アース・レプリカ〉とひとつになる気なのね。そういう立場。そこではオリジンのディアヌスの氏子たちの楽園が出来上がるのかもしれないわ。バオバブ掛軸の庇護のもとで、ね。レプリカを滅亡させるなら、それを防いだついでに自分らの楽園をつくろうってワケね」
 走りながら僕とノノは走る。十分も走ると、本来のアーケードがあった場所までたどり着く。
 ひとは誰もいない。ただ、根っこがうごめいているだけだ。
「どこへ行けばいい?」
「山猫神社の分社」
「分社?」
「その神社の分霊、『わけみたま』を文字通りよそへ分けた神社よ」
「そんなのあったっけ?」
「あるわよ。あの文房具屋と珈琲店の間にある、古くて小さい鳥居のある階段の上」
「祠なのだと思ってた」
「アーケードの奥の階段。あそこを上るワケ。祭神だから、アーケードにもあるのよ、ディアヌス。神輿まである。夏まつりには?」
「行かない」
「ならわからないわね。どうせ地区の集まりなんかの近所付き合いはしないんでしょ」
「うん」
「この祭神は商売繁盛から神木が祭られたってのを忘れちゃだめだわ。このカルラ町のかなめ、なのよ。……さぁ、階段が見えた。上ってご対面と行こうじゃないの」
「だな」
 僕らはうごめく地面の根を避けながら、階段を上っていく。



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登場人物紹介

紫延ノノ

 ウサミミ看護服の少女。

白梅春葉

 バーサーカー少女。主人公の幼馴染。

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