2
文字数 1,970文字
*****
「少女看護師に興奮する。そういうとこだぞ」
「『そういうとこだぞ』じゃないっす、砥石先生」
「水野晶くん。キミはねぇ、もうちょっと喜びなさい。彼女は、実に素晴らしい『安定剤』だろ」
「ひとを売買したら人間をバイバイしなきゃならないと思うんですが」
「うまいこと言うじゃないか。ハハハ」
「うまくねーっすよ、先生」
「笑い事じゃないよね。でも、そういう意味で、処方したわけじゃない。この件は上と了承済み……、というよりも彼女の意向でもあるんだ」
第一診察室。狭いその部屋の奥のテーブルを隔てて、担当医の砥石先生は笑顔を崩さない。そして、真向かい。つまり入り口のドアの近くには、腕を組んで紫延ノノが椅子に座る僕と先生をにらんでいる。
白衣を着た三十代の砥石先生の座っているそのさらに奥にもドアがあって、ドアの外では簡易的な服装をしている外来の看護師さんたちがせわしく機械をいじりながらも、こちらの会話を聞いているのがわかる。
「これを見てもらおう」
砥石先生が机の上にある大きな赤いボタンを押すと、ホログラム映像で地球儀が映し出された。
「世界が滅亡の危機だ」
砥石先生は、キメ顔でそう言った。ドヤッってやつだ。なに考えてるかわからない。
「詳しくは省くが、世界が破滅するのも時間の問題なのだよ」
ホログラム地球儀を見ながら、砥石先生は
「困ったねぇ」
と、言う。
「その詳しく、ってのを省いたらなにひとつわかりやしねぇ! ほんとにこっちも困ったよ!」
憤慨しそうになる僕。
「んで」
憤慨を無視するように会話をつなげる砥石先生。
「んで、じゃねーすよ?」
「世界を滅亡の危機から救うため、晶くんはそこの戦闘服に身を包んだ少女、ノノ君と摩訶不思議アドベンチャー、をしてもらう」
「摩訶不思議アドベンチャーとはずいぶん昭和だな! それにナース服って戦闘服なの? 戦闘力上がるの? 昭和なの? ねぇ?」
「ふむ」
遠い目をする砥石先生。それからゆっくりと視線をホログラム地球に戻し、そのホロを回すモーションをする。地球儀はくるくる回った。
「君が世界の『安定剤』となるのだ! そして、君の『安定剤』が、この紫延ノノ君だ、ということなのだよ!」
完全に安っぽい短編小説のノリだ。これじゃ長編小説にならない。
「意味が不明なのですが?」
「ナース服って丈が短いから運が良ければ、ぱんつ見えるよ」
「そうじゃなくて!」
「あー、そうだな。新しい分野の世界に入っていくときというのは常に意味が不明なものだよ。君にもきっとわかる。君はこれから〈探偵〉してもらうのだよ、この世界の破滅をいかに救うか、というその方法と解決を、ね」
「ちょっといいかしら?」
背後から紫延ノノが声をかける。
「知ってはいるでしょうけど、……逃げられないわよ?」
僕は言い返す。
「この状況から逃げたいぞ。普通そうだろう」
「違う!」
ノノは怒気を強めて言った。
「状況じゃない。この『運命』からは、逃げられないわよ、という意味なんですけど?」
担当医はパチン、と手の指を鳴らした。
「わかったね。さ、帰りなさい」
「帰りなさいって……」
「ふむ。あと一週間で、この世界は滅亡する。君は一週間以内に、そこのノノ君と一週間フレンズをして、世界を破滅から救いなさい」
「フレンズ……」
砥石先生はキメ顔をして言う。
「さぁ、君はなにが得意なフレンズなのかな?」
がしり、と強く僕の腕を掴む紫延ノノ。
「アンタの家に案内してもらおうかしら」
ノノの目は、血走っていた。こりゃ、逃げられない。
僕らは移動する。
……わけがわからない。
タクシーに揺られながら、意味を考えたが、ナンセンス過ぎてわけがわからなかった。
僕は業務タクシーに乗せられ、自宅へとノノに連行された。その途中、ずっとない知恵を絞ろうとした。が、知恵がないので絞ろうとしたのは無駄だった。
まったく、わけがわからない。
わけはわからないが、看護師服を装備したこの少女を不本意ながら家に同行させてしまうと認識される以上、僕は、今後、フェミな団体から苦情を食らうことを覚悟しなければならないのだけは理解できた。
そもそも『安定剤』発言が悪いんだよ、ったく。破滅から世界を救うとか、わかんねーよ。なんの冗談だよ。
タクシーの中でもやもやしている顔をしていると、すぐに僕の自宅に到着した。
隣に座っていたノノが僕に手を差し伸べる。
なので、握手をしてみたらその手を弾かれた。
「なんのつもりなワケ? お・か・ね。アンタがお金を出すに決まってるんですけど!」
怒られた。
仕方なく、しぶしぶタクシー代を払う僕だった。
「少女看護師に興奮する。そういうとこだぞ」
「『そういうとこだぞ』じゃないっす、砥石先生」
「水野晶くん。キミはねぇ、もうちょっと喜びなさい。彼女は、実に素晴らしい『安定剤』だろ」
「ひとを売買したら人間をバイバイしなきゃならないと思うんですが」
「うまいこと言うじゃないか。ハハハ」
「うまくねーっすよ、先生」
「笑い事じゃないよね。でも、そういう意味で、処方したわけじゃない。この件は上と了承済み……、というよりも彼女の意向でもあるんだ」
第一診察室。狭いその部屋の奥のテーブルを隔てて、担当医の砥石先生は笑顔を崩さない。そして、真向かい。つまり入り口のドアの近くには、腕を組んで紫延ノノが椅子に座る僕と先生をにらんでいる。
白衣を着た三十代の砥石先生の座っているそのさらに奥にもドアがあって、ドアの外では簡易的な服装をしている外来の看護師さんたちがせわしく機械をいじりながらも、こちらの会話を聞いているのがわかる。
「これを見てもらおう」
砥石先生が机の上にある大きな赤いボタンを押すと、ホログラム映像で地球儀が映し出された。
「世界が滅亡の危機だ」
砥石先生は、キメ顔でそう言った。ドヤッってやつだ。なに考えてるかわからない。
「詳しくは省くが、世界が破滅するのも時間の問題なのだよ」
ホログラム地球儀を見ながら、砥石先生は
「困ったねぇ」
と、言う。
「その詳しく、ってのを省いたらなにひとつわかりやしねぇ! ほんとにこっちも困ったよ!」
憤慨しそうになる僕。
「んで」
憤慨を無視するように会話をつなげる砥石先生。
「んで、じゃねーすよ?」
「世界を滅亡の危機から救うため、晶くんはそこの戦闘服に身を包んだ少女、ノノ君と摩訶不思議アドベンチャー、をしてもらう」
「摩訶不思議アドベンチャーとはずいぶん昭和だな! それにナース服って戦闘服なの? 戦闘力上がるの? 昭和なの? ねぇ?」
「ふむ」
遠い目をする砥石先生。それからゆっくりと視線をホログラム地球に戻し、そのホロを回すモーションをする。地球儀はくるくる回った。
「君が世界の『安定剤』となるのだ! そして、君の『安定剤』が、この紫延ノノ君だ、ということなのだよ!」
完全に安っぽい短編小説のノリだ。これじゃ長編小説にならない。
「意味が不明なのですが?」
「ナース服って丈が短いから運が良ければ、ぱんつ見えるよ」
「そうじゃなくて!」
「あー、そうだな。新しい分野の世界に入っていくときというのは常に意味が不明なものだよ。君にもきっとわかる。君はこれから〈探偵〉してもらうのだよ、この世界の破滅をいかに救うか、というその方法と解決を、ね」
「ちょっといいかしら?」
背後から紫延ノノが声をかける。
「知ってはいるでしょうけど、……逃げられないわよ?」
僕は言い返す。
「この状況から逃げたいぞ。普通そうだろう」
「違う!」
ノノは怒気を強めて言った。
「状況じゃない。この『運命』からは、逃げられないわよ、という意味なんですけど?」
担当医はパチン、と手の指を鳴らした。
「わかったね。さ、帰りなさい」
「帰りなさいって……」
「ふむ。あと一週間で、この世界は滅亡する。君は一週間以内に、そこのノノ君と一週間フレンズをして、世界を破滅から救いなさい」
「フレンズ……」
砥石先生はキメ顔をして言う。
「さぁ、君はなにが得意なフレンズなのかな?」
がしり、と強く僕の腕を掴む紫延ノノ。
「アンタの家に案内してもらおうかしら」
ノノの目は、血走っていた。こりゃ、逃げられない。
僕らは移動する。
……わけがわからない。
タクシーに揺られながら、意味を考えたが、ナンセンス過ぎてわけがわからなかった。
僕は業務タクシーに乗せられ、自宅へとノノに連行された。その途中、ずっとない知恵を絞ろうとした。が、知恵がないので絞ろうとしたのは無駄だった。
まったく、わけがわからない。
わけはわからないが、看護師服を装備したこの少女を不本意ながら家に同行させてしまうと認識される以上、僕は、今後、フェミな団体から苦情を食らうことを覚悟しなければならないのだけは理解できた。
そもそも『安定剤』発言が悪いんだよ、ったく。破滅から世界を救うとか、わかんねーよ。なんの冗談だよ。
タクシーの中でもやもやしている顔をしていると、すぐに僕の自宅に到着した。
隣に座っていたノノが僕に手を差し伸べる。
なので、握手をしてみたらその手を弾かれた。
「なんのつもりなワケ? お・か・ね。アンタがお金を出すに決まってるんですけど!」
怒られた。
仕方なく、しぶしぶタクシー代を払う僕だった。