32

文字数 1,894文字

          *****



 カルラ町立カルラ中学校。体育館裏。
 中学二年生の僕は袋叩きにされていた。連中は三年生から一年生までいて、一様にへらへら笑みを浮かべて僕を殴ったり、蹴ったりしている。
「昭和ですか?」
 殴られる。
「八十年代の不良漫画みたいっすね」
 もう一発、違う奴からの拳が顔面に。
「そんなに僕が気に入らないんですか」
「カスが」
 蹴りがみぞおちに入る。髪の毛を引っ張られて、
「雑魚が調子乗ってるからだよ。おまえの大好きな絵本でも性悪爺さんが『得意になって』殺されるだろ」
「それがどうかしました?」
「おまえも得意になってるからそうなるんだよ」
 身体中ばきばき折れるのではないかというほど、袋叩きにされる。
「くだらねぇ」
 声を振り絞って僕が吐き捨てると、最後の一発が上級生から。頬を思い切り殴られて吹き飛び、体育館の建物にぶつかって、ずり落ちるように倒れる。
「これで懲りたら余計なことすんなよな」
 余計なことってなんだろ?
 くだらないな。
 連中は帰っていく。
 僕は倒れながら空を眺める。きれいな空だ。傷が治るまで、また学校を休まなくちゃ。教師に知られると面倒なんだ。いじめを封殺するために教師どもがなにをするかわかったもんじゃない。
 連中は別に不良というわけでもない。僕のことが気に食わないやつらが集まったというだけのことだ。僕は恨まれている、いろんな連中に。それだけだ。

「大丈夫?」
 なんか倒れているところに声をかけられる。女ならいいのだが、あいにくとそれはずんぐりむっくりした同級生の男だった。
「くちびるから血が出てるよ」
 声が震えている。僕はそいつの顔を見る。廊下ですれ違ったことはあるが、同じクラスになったことはない、確か成績優秀者の掛軸とかいう奴だ。
「いいなぁ」
「は?」
 なに言ってんだ、こいつ。
「いいなって、殴られるのが、か」
「うん」
「マゾかなんかか?」
「違うよ。みんなに構ってもらえてさ。いいなって」
 口から笑いが漏れてしまう。笑われて顔をゆがめる掛軸。僕はどう対処していいかわからず、感想を言う。
「ごめん、ごめん。着眼点が違うな、と思ってさ」
「僕は誰からも相手にされない。幽霊みたいな、いてもいなくてもいい存在なんだ。無視されるより、殴られたほうがよっぽどいいや」
「そっか。おまえは大物になるよ。成績優秀者だしな」
「僕のこと、知ってるの?」
「知ってる。掛軸陸前だろ」
「名前を知ってるなんて! 嬉しい!」
「だが、ここから消えろよ。犯人扱いされるぞ」
「わかった。帰るよ」
 ハンカチをポケットから取り出して僕に手渡す掛軸。それを受け取り、僕はくちびるを拭く。
「早く帰れって」
「帰るって」
「じゃあ、早く帰れ」
「帰るよ、君と一緒に、ね。早く起きなよ」
「無茶なことを言いやがる」
「水野晶くん、だよね」
「なんで知ってる?」
「君が『得意になってる』からさ」
「じゃあ」
「僕は君のことが大嫌いだよ。いつか刺し殺すかもね。得意になってて、羨ましくて。気に食わないから、いつか僕は君を殺す。……さあ、帰ろう、一緒に」
 僕はゆっくりと起き上がる。
「ああ。一緒に帰ろう」
「ん? なにか落ちてるけど。カバンから落ちたのかな、水野くん」
 掛軸は、僕が殴られていた時に落ちたのであろう、原稿用紙を地面から拾う。
「ぷぷ。なにこれ?」
「僕が書いた小説の断片」
 覗き込むように掛軸が僕の書いた文章を読む。
 読み終えると、原稿用紙をまるめて地面に捨て、足で踏んだ。踏みつけながら、
「才能ないね。バカは小説を書いちゃいけないって知ってるかい?」
 と言った。
「知らないね」
 僕は答えた。
 僕らはその日、一緒に下校した。それが掛軸との出会いだった。


 僕が病気に近づいていったのは、この頃からだったかもしれない。なぜ僕のことがそんなに気に食わないのかわからない僕は、どんどん追い詰められていく。いつの間にか、〈幻聴〉の種子はまかれた。村八分になった。学校のいじめが始まる。『どういう意味?』と声が聞こえる。『言ったら殺すよ?』と。うんざりだった。死んだほうがましだと思った。クラスメイトに「死ぬ勇気なんてないくせに」と言われたので、リストカットした。病院に搬送された。
 自殺未遂の過去を隠し、どこかへ逃げたかった。だが、僕はカルラ町の高校へ進学する。
 そこには、みんなの人気者になった掛軸が、君臨していた。
 地獄が始まり、僕は学校を自主退学することになった。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

紫延ノノ

 ウサミミ看護服の少女。

白梅春葉

 バーサーカー少女。主人公の幼馴染。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み