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文字数 3,632文字

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「ところでぇ、おばちゃんさぁ」
「はぁ? 春葉ちゃんと歳、ほとんど変わらないんですけど。ノノ。紫延ノノよ」
「春葉はもっと若いよぉー」
「ムカつくガキなんですけど。なにか用?」
「ノノは、一体何者なのか、わからないよぉ。わからないままじゃヤダなーって」
「僕も聞きたいな。君は誰なんだ、紫延ノノ」
「昨日、映画を一緒に観たとき、紹介を軽くしたじゃないの」
「春葉、忘れちゃったよぉー」
 長い髪をさらっとかき上げるノノのウサミミが揺れる。
「わたしは、見ての通り、看護師よ」
「えー。嘘だぁ」
「ところで春葉ちゃん。あなた、着替えたほうがいいヨネ」
 春葉の服には血がべっとりとついている。
「そだねー」
 うんしょ、と声を出して背中のリュックを下ろす春葉は、その場で服とジーンズを脱いだ。ピンク色の下着をつけているが、それは脱がない。リュックから出した黄色いワンピースを頭からかぶり、着替えは数秒で終わる。血のついた服はたたんでビニール袋に入れてから、リュックの中へ。
 それを横目に見てどきどきしていた僕は、ごまかすようにノノに問う。
「だいたい、魔導力ってなんだ? 春葉は人を食べるし、それが、えーと、エネルギー補給だっけ?」
「同じ地球でもアース・オリジンとアース・レプリカじゃ違うって言いたそうね」
「そうなんだよな」
「担当医をぶっ殺されたのを見て平然としているアンタも、だいぶおかしいケドネ」
「だな」
「オリジンとレプリカの問題じゃないのよ。これは、ここ、この町がおかしいってことなのよ」
「この町……カルラ町が、おかしいって?」
「カルラって、迦楼羅天(かるらてん)のことなんですけど」
「天ぷら?」
「天ってつけばなんでも天ぷらだと思ったら大間違いダヨネ」
 ノノはちょっと不機嫌な顔をする。
「いろんな説があるけれど、迦楼羅天とは……天狗よ。ダイバ、とも言うわ」
「知らなかった」
「天狗は魔導にひとを墜とすというわ」
 頭をひねる僕。ああ、そうだ、科学力ではなく。
「魔導……? ああ。魔導力、か」
「そう」
 不思議な力、魔導力を、ノノは使う。
「魔導にひとを墜とすのは〈外法様〉と呼ばれる」
「外法様(げほうさま)、ねぇ」
「つまり、天狗とは外法様。カルラ町の人々は、天狗=外法様の能力を隠し持っている。それが魔導力。ふつうは神通力と呼ぶけど、神に通じているかどうかはわからないわ」
 オリジナルの方の地球の力。魔導力。それは認識が違うのか。あくまで『カルラ町』の、いや、天狗の、能力なのか。
「ふーん。じゃ、春葉の人喰いも」
「そうね。もっと言えば、アンタの幻聴も、人為的につくられたものよ」
「は?」
「ディアヌス配下はみんな外法様。『外法様』=『権力者』会議で罰を下すことに決めたのよ、アンタのように、クズと認定されると、カルラ町秘伝の魔導力のひとつ〈共感覚技術〉の餌食になる」
 ディアヌスって外国語名を外法様のボスにつけて呼んでいるのは、ある意味、フェイクだし、知られたくないんでしょ、正体を、とノノは付け加える。
「言ってる意味がさっぱりなんだけど」
「アンタの幻聴は、偽物よ。つまり、本物の人間の〈声〉を、幻聴と呼んでいる」
「そんなバカな」
「偽の幻聴が本物の幻聴を引き起こすこともあるけどね」
 あははっ、知らなかったんだ、と春葉が笑う。心底楽しそうだ。
「春葉は知ってたし、この町に長く住んでるひとは晶以外みんな知ってるんじゃないかなっ。要するに、人の心を読んで、先回りで心の中身で考えている内容を〈声〉でしゃべって攻撃するんだよ。心を読まれてそれを口に出されるだけで、それは大きな拷問だよ。それ、しばらくするとね、耐えきれずに発狂するんだぁ。楽しいでしょ。一見、精神の病に見せかけて、実際は〈幻聴〉じゃなくて〈人の声〉そのもので人為的に発狂させる。心読まれてそれを種に二十四時間ノンストップで。脳みそで考えたことに対ししゃべり返すように攻撃したら、そりゃ発狂するよ? みんなね、それが怖いから黙っているし、『それは幻聴ですねー。声なんてしませんし、君のことなんて誰も知りません。ただの自意識過剰です。お薬処方しましょう』で終わり。カルラ町の秘伝、〈共感覚技術〉のことをバラしたらそれは禁を破ることになる。すると自分も〈声〉の餌食になって発狂させられるから、みんな口をつぐんでいるんだよー。幻聴ってねぇ、天狗の伝承にある、山から聞こえる正体不明の声、そのものなんだよ?」
「は? ちょっと待て。理解が追い付かないけど……この町に僕は嵌められた……のか?」
「あはっ。その通りなんだよ?」
「読心術や他人の心のコントロールなんて、ずーっと権力者が主導で研究してきたのは本当のことダヨネ。疑いないわけ。だから、魔導力は秘伝だったのよ。ディアヌスの伝承とそれは結び付くようになって、怪異の政治学が生まれた。カルラ町は、そういう町なわけ」
「じゃあ、魔導力は〈アース・オリジン〉の能力ではなく」
「レプリカにもある。その一種でカルラ町に伝わる秘伝の魔導力が、読心術と盗聴盗撮を組み合わせた能力よ。町ごとに秘伝の魔導力は違うけど、カルラ町の魔導力が『心を読み取られてそれをしゃべられて、自分の心の中の情報が筒抜けになっている』状態にさせ、『発狂』させる能力。体罰どころか、『心罰』を受けさせる。なんのつもりかしらね。自分らが神にでもなったつもりってところでしょう。それが、〈カルラ町の秘密〉のひとつなワケ」
 ややこしいが、『自分の心が読まれている』とか『監視されている』とか、そういう、一般的に『電波が攻撃してくる』と呼ばれているものは、『妄想』ではなく、実際にそういうことを町の権力……ディアヌスやその伝承の仲間たちが裏で糸を引いてやっていることだった、と。それは発狂につながる。医者は『幻聴は病気です』と、一点張り。巧妙な罠で、助ける気は誰にもない。
 だいたい、この国は盗聴を合法的に行う法律がある。合法ですら、そんな有様だ。収容所群島とは、この国のことではないのか、とさえ思えてくる。
 相互監視密告社会に自由なんて、存在しない。
 あるのは、権力にひれ伏すように命令され、背くものは叩き落す現実だけだ。
 言い換えれば、権力と言う暴力装置が個人をがんじがらめにして隔離病棟に突き落とすか、黙って権力に従うようにさせるかの二択しか選ばせない、『二択のうち、選択できる自由』があるだけなのだ。
 話がつながった。僕は狂ってなどいなかった。
 周りの人間たちの倫理観は僕とだいぶずれているという、それだけだ。心を読んで攻撃して入院させる。それがこのカルラ町のやり方なのだ。正しいや間違いや、そんなものはここでは無意味だ。あるのは心を読み取られて一挙手一投足にケチをつけられ、怒鳴られ、バカにされ、攻撃してくる〈声〉があるだけ。そこに疑問を呈する倫理観なんて、誰も持ち合わせていないのだ。そうしないと、次は自分がターゲットになることもある。それが怖いから従う。ときに権力に密告して自分の身の安全を図る。
恐怖政治もポピュリズムも、立派に機能している、最悪な方法論で。
 さらに言い換えよう。
「もしかして、僕って、ヒアリングヴォイシズが聞こえる〈幻聴患者〉では、ないんじゃないか?」
 ノノは鼻で笑う。
「ある意味では、ね。犠牲者なワケ」
 ノノも春葉に劣らず楽しそうだ。
「いい? わたしは看護師。病巣を取りのぞくお手伝いはするわ。でもね、アンタがこの状況を打破できるカギで、アンタが動かなくちゃいけないの」
「そうなのか?」
「そうなのよ!」
「まさか、地球滅亡前日に知るとは思わなかったよ」
「それくらいでちょうどですけど」
「なんでさ」
「アンタが暴走して、〈アース・オリジン〉を破壊したからよ、私怨によってね」
 そうだった。
 僕は決着をつけていない。ずるずる引き延ばしているだけだ。あの男……掛軸との、戦い。リベンジ。
 生きている限り、対峙しなくちゃならない、僕の人生を屠った男と。
 こいつに制裁を食らわせたい、と言ったら醜いだろうか。
 醜くても。
 それが僕と言う人間だから。
「あ、着いたよー」
 春葉が声を伸ばしながら僕とノノに伝える。
 伝えなくてもわかってる。
 チェインソーを買う前に、寄っておきたかったのだ。山猫神社のある山の、展望台に。
 僕らは、展望台のある町営の公園に着いた。
「展望デッキにさっそく登ろうぜ」
 悠長だろうか。こんな事態のなかで。僕は、ノノから手当てを受けたとはいえ、怪我をしている。ノノは異星人だ。そして、春葉は殺人鬼。明日は滅亡する星で。
 僕らは、散歩コースでもたどるかのごとくに、展望デッキへの階段を上り始めた。



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登場人物紹介

紫延ノノ

 ウサミミ看護服の少女。

白梅春葉

 バーサーカー少女。主人公の幼馴染。

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