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文字数 2,845文字
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片手を爪を立てて構えている春葉の背後からダッシュして通り越して、紫延ノノがディアヌスに襲いかかる。
「死になさい、外道!」
手術用メスを振り下ろすノノ。
振り下ろした途端、メスの刃がこぼれる。
「相変わらず、固いワケね!」
ハエを追い払うようにノノの身体をはねのけるディアヌス。顔面に右の手の甲を食らったノノはひるむ。
ディアヌスの迎撃の前に、春葉がディアヌスが払った右手を自分の右手で掴む。
春葉はそのままディアヌスの手をねじる。
怪力で春葉を振り切ろうとするが、春葉は腕にしがみついた。
「折ってやる!」
歯で噛り付き、それでもダメなのを知った春葉は全身の力を利き手である、右手に集中させる。
「腕、折れろ! この色情魔!」
「誰が色情魔だ!」
「許さない!」
「私怨で動くか、春葉! おれは世界を塗り替えるのだ! 今や〈アース・レプリカ〉はバオバブの支配する世界となった。許せぬ。すべてが! おまえもだ、春葉。おまえには失望したぞ」
「勝手に失望していろ! わたしはあんたの所有物じゃない!」
「使えないオンナほどろくなものはないな」
「女性を、わたしを、ナメるなぁぁぁ」
腕を折ろうと必死になっている春葉にディアヌスが気を取られている間に、ノノは刃こぼれしたメスを、ディアヌスの股間にまっすぐ突き入れた。
「うぎゃわああああああああああ」
ウィークポイントへの攻撃。肉体が鍛えられている、といっても股間はどうにもならなかったらしい。違う意味では鍛えたのかもしれないが。
春葉は飛びのく。
口から泡を吹き、白目をむくディアヌス。
神とはいえども、男性神ならではの痛みを感じたのだろう。
男性神とはその多くが男性性に依っているのだから。言い換えれば、男性のセックスを表すものが男性神そのものなのだ。
あらゆる意味で、股間は弱点だった。
白目をむいて倒れたディアヌスは、痙攣してびくびく震えている。メスは刺さったままだ。ノノは刺さったメスを力を込めて引き抜いた。
ディアヌスが泡を盛大に噴き出す。
僕はディアヌスから目をそらす。男には耐えられる場面とは言えなかったからだ。
春葉は息を切らせながら、
「神は死んだ」
と、哲学めいたことを呟いた。
「玄人くん! ……よくも殺ったわね、この、メス豚と害虫がッ」
ふらふらしながら立ち上がる汐見ミーケ。
精神的負荷がかかっているのか。
僕らを一瞥してから、「信じられない」という目で、ディアヌスを凝視している。
「おばちゃん、わたしたちに勝てるかなー?」
満面の笑みの春葉。
「わたしはチートキャラなんだよぉ?」
「僕も、いるぜ……」
「わたしもいるけど?」
ひるむ汐見ミーケ。
「ディアヌスは『他人』に乗り越えられる運命を持った神。不死じゃないワケ」
ノノは息を途切らしながらミーケに向かう。
「迦楼羅の覇権なんていらない。でも、わたしはこの〈アース・レプリカ〉を救いたいのよ」
「なぜ、あなたがそこにこだわるのかがわたしにはわからないわ。紫延ノノ。あなたはなにがしたいの? 地球を救う?」
「約束が、ある」
「約束、ですって?」
「〈アース・オリジン〉にいた、冴えないいじめられっ子の晶。女の子の方の晶。あの子との約束のために、わたしは戦っている」
そこまで言って俯くノノ。
「好き……だったのよ、オリジンにいた晶のことが。それに、晶だって、わたしのことが好きだった…………。託されたの。〈アース・レプリカ〉を滅亡させないでって」
僕はノノの言葉に、目を閉じ、白昼夢のなかで出会ったもうひとりの僕、女性である水野晶の姿を思い出す。
思い出す、もう一人の僕との、会話を。
「ひとがどんどん消滅していっているって話は?」
「本当の話さ」
「……僕に小説は無理だ、って言われる」
「あはは。それも本当の話さ。どうしたんだい。急に話題が変わるじゃないか」
「〈声〉が常にそういうことばかり言うし。それにこころを読まれているなんて僕はもう死んでいるのと同然なんじゃないか、と思う」
「君が言いたいことがわからなくなってきたな。あたしに同情してほしいのか」
「そうなのかもしれないな。誰もわかってくれない。わかるわけないし」
「わかったところで同情できないさ」
「正直、消滅していってざまあみろ、って思う。僕はこの世界を救う気がないのかもしれない。なくなってきた、のかな。一時は、救おうと思ったけど」
「君が救うって表現は、どうだろうな。君はそんな風な言葉ばかりを使ってきたんじゃないかな。偉そうな口ぶりに、才能も技術も伴ってないのが、君だ」
「なにも言えないよ」
「なにも言えないのに、言いたいんだろ? それが君なのはあたしがよく知ってるよ。君は結局、駄々をこねたいだけなのかもしれない。才能も技術も、もちろん知識もない。なら、なにを書くっていうんだ? 才能がないことについて書こうと思うだろう。それが君の底の浅さ、さ」
「底が浅いか。でも、天性のものだろ、そんなの」
「浅いからこころを〈読まれる〉。君が書いたものを読む必要なんてなくてね。どうせ投稿サイトにでも投稿して散々だったんだろ」
「……書けなくなってたよ、潰されてね」
「通る道は違ったけど、あたしもまた、潰されて嫌になって、〈アース・オリジン〉を潰した。個人的に潰されたあたしが、星を潰したのさ」
もう一人の僕は断言した。
『個人的に潰されたあたしが、星を潰したのさ』
と。
そこには、潰されなかった『僕』、潰さなかった『僕』の存在が、仮定されていたのだろう。
やり直しできるとしたら、双子地球のもう一つで、だったのだろう。
その話に、ノノは乗ったのだろう。
だけど僕は愚鈍で優柔不断なくせに怨嗟の塊で。おまけに外法の共感覚能力の被害に遭っていて……。
みんな、救いたいのだ、なんらかのかたちで。そのかたちが、それぞれ違っていて、でも、みんなそれぞれが自分の救いたいかたちに手が届きそうで。
もう一人の僕は、最後にどう思ったんだろう。
なんで託したんだろう、ノノに。
滅亡させない。
ならば!
「うおおおおおおおおおおお」
ダッシュ。
「どこ行くの、アンタ!」
僕は振り向かない。
「掛軸のところ! あいつは僕が倒す!」
でこぼこになった工業団地の道路を突っ走る。そうだ、ぼこぼこにしたこの根っこ自体が、掛軸なのだ。
振り向かず、山猫神社の分社まで走る。
「ここは任せた、ノノ、春葉!」
「このバカぁ!」
「自己チュー過ぎなんですけど!」
構わない。僕は僕の決着をつけなくてはならない。
僕のなかの掛軸の〈亡霊〉を倒さなければ、僕の戦いは終わらない。
もう夕暮れが迫っていた。明日、地球は滅亡する。タイムリミットはすぐそこだ。
片手を爪を立てて構えている春葉の背後からダッシュして通り越して、紫延ノノがディアヌスに襲いかかる。
「死になさい、外道!」
手術用メスを振り下ろすノノ。
振り下ろした途端、メスの刃がこぼれる。
「相変わらず、固いワケね!」
ハエを追い払うようにノノの身体をはねのけるディアヌス。顔面に右の手の甲を食らったノノはひるむ。
ディアヌスの迎撃の前に、春葉がディアヌスが払った右手を自分の右手で掴む。
春葉はそのままディアヌスの手をねじる。
怪力で春葉を振り切ろうとするが、春葉は腕にしがみついた。
「折ってやる!」
歯で噛り付き、それでもダメなのを知った春葉は全身の力を利き手である、右手に集中させる。
「腕、折れろ! この色情魔!」
「誰が色情魔だ!」
「許さない!」
「私怨で動くか、春葉! おれは世界を塗り替えるのだ! 今や〈アース・レプリカ〉はバオバブの支配する世界となった。許せぬ。すべてが! おまえもだ、春葉。おまえには失望したぞ」
「勝手に失望していろ! わたしはあんたの所有物じゃない!」
「使えないオンナほどろくなものはないな」
「女性を、わたしを、ナメるなぁぁぁ」
腕を折ろうと必死になっている春葉にディアヌスが気を取られている間に、ノノは刃こぼれしたメスを、ディアヌスの股間にまっすぐ突き入れた。
「うぎゃわああああああああああ」
ウィークポイントへの攻撃。肉体が鍛えられている、といっても股間はどうにもならなかったらしい。違う意味では鍛えたのかもしれないが。
春葉は飛びのく。
口から泡を吹き、白目をむくディアヌス。
神とはいえども、男性神ならではの痛みを感じたのだろう。
男性神とはその多くが男性性に依っているのだから。言い換えれば、男性のセックスを表すものが男性神そのものなのだ。
あらゆる意味で、股間は弱点だった。
白目をむいて倒れたディアヌスは、痙攣してびくびく震えている。メスは刺さったままだ。ノノは刺さったメスを力を込めて引き抜いた。
ディアヌスが泡を盛大に噴き出す。
僕はディアヌスから目をそらす。男には耐えられる場面とは言えなかったからだ。
春葉は息を切らせながら、
「神は死んだ」
と、哲学めいたことを呟いた。
「玄人くん! ……よくも殺ったわね、この、メス豚と害虫がッ」
ふらふらしながら立ち上がる汐見ミーケ。
精神的負荷がかかっているのか。
僕らを一瞥してから、「信じられない」という目で、ディアヌスを凝視している。
「おばちゃん、わたしたちに勝てるかなー?」
満面の笑みの春葉。
「わたしはチートキャラなんだよぉ?」
「僕も、いるぜ……」
「わたしもいるけど?」
ひるむ汐見ミーケ。
「ディアヌスは『他人』に乗り越えられる運命を持った神。不死じゃないワケ」
ノノは息を途切らしながらミーケに向かう。
「迦楼羅の覇権なんていらない。でも、わたしはこの〈アース・レプリカ〉を救いたいのよ」
「なぜ、あなたがそこにこだわるのかがわたしにはわからないわ。紫延ノノ。あなたはなにがしたいの? 地球を救う?」
「約束が、ある」
「約束、ですって?」
「〈アース・オリジン〉にいた、冴えないいじめられっ子の晶。女の子の方の晶。あの子との約束のために、わたしは戦っている」
そこまで言って俯くノノ。
「好き……だったのよ、オリジンにいた晶のことが。それに、晶だって、わたしのことが好きだった…………。託されたの。〈アース・レプリカ〉を滅亡させないでって」
僕はノノの言葉に、目を閉じ、白昼夢のなかで出会ったもうひとりの僕、女性である水野晶の姿を思い出す。
思い出す、もう一人の僕との、会話を。
「ひとがどんどん消滅していっているって話は?」
「本当の話さ」
「……僕に小説は無理だ、って言われる」
「あはは。それも本当の話さ。どうしたんだい。急に話題が変わるじゃないか」
「〈声〉が常にそういうことばかり言うし。それにこころを読まれているなんて僕はもう死んでいるのと同然なんじゃないか、と思う」
「君が言いたいことがわからなくなってきたな。あたしに同情してほしいのか」
「そうなのかもしれないな。誰もわかってくれない。わかるわけないし」
「わかったところで同情できないさ」
「正直、消滅していってざまあみろ、って思う。僕はこの世界を救う気がないのかもしれない。なくなってきた、のかな。一時は、救おうと思ったけど」
「君が救うって表現は、どうだろうな。君はそんな風な言葉ばかりを使ってきたんじゃないかな。偉そうな口ぶりに、才能も技術も伴ってないのが、君だ」
「なにも言えないよ」
「なにも言えないのに、言いたいんだろ? それが君なのはあたしがよく知ってるよ。君は結局、駄々をこねたいだけなのかもしれない。才能も技術も、もちろん知識もない。なら、なにを書くっていうんだ? 才能がないことについて書こうと思うだろう。それが君の底の浅さ、さ」
「底が浅いか。でも、天性のものだろ、そんなの」
「浅いからこころを〈読まれる〉。君が書いたものを読む必要なんてなくてね。どうせ投稿サイトにでも投稿して散々だったんだろ」
「……書けなくなってたよ、潰されてね」
「通る道は違ったけど、あたしもまた、潰されて嫌になって、〈アース・オリジン〉を潰した。個人的に潰されたあたしが、星を潰したのさ」
もう一人の僕は断言した。
『個人的に潰されたあたしが、星を潰したのさ』
と。
そこには、潰されなかった『僕』、潰さなかった『僕』の存在が、仮定されていたのだろう。
やり直しできるとしたら、双子地球のもう一つで、だったのだろう。
その話に、ノノは乗ったのだろう。
だけど僕は愚鈍で優柔不断なくせに怨嗟の塊で。おまけに外法の共感覚能力の被害に遭っていて……。
みんな、救いたいのだ、なんらかのかたちで。そのかたちが、それぞれ違っていて、でも、みんなそれぞれが自分の救いたいかたちに手が届きそうで。
もう一人の僕は、最後にどう思ったんだろう。
なんで託したんだろう、ノノに。
滅亡させない。
ならば!
「うおおおおおおおおおおお」
ダッシュ。
「どこ行くの、アンタ!」
僕は振り向かない。
「掛軸のところ! あいつは僕が倒す!」
でこぼこになった工業団地の道路を突っ走る。そうだ、ぼこぼこにしたこの根っこ自体が、掛軸なのだ。
振り向かず、山猫神社の分社まで走る。
「ここは任せた、ノノ、春葉!」
「このバカぁ!」
「自己チュー過ぎなんですけど!」
構わない。僕は僕の決着をつけなくてはならない。
僕のなかの掛軸の〈亡霊〉を倒さなければ、僕の戦いは終わらない。
もう夕暮れが迫っていた。明日、地球は滅亡する。タイムリミットはすぐそこだ。