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文字数 2,288文字

          *****



   (幕間)

 ここまで、私はずいぶん語ってきた。これは私の証言だろうか。
 それにしてもまとまりがない。
 私は、雲のまにまに生じては崩れる光であった。
 弱さそのものだ。
 人間的習慣が私から遠ざかるにつれて……すると死が私を縛り付けた……、生きていることへの無気力、倦怠、物憂さが、私をばらばらにしてしまった。

          バタイユ『有罪者』

   (幕間、終わり)



          *****



 バオバブは唸る。
「我らは一度はすれ違いとして交差し、離れた運命。すれ違いは一瞬であれども、永遠でもあった。テレビ画面に映る我が、まさかこちら側の掛軸を『取り込んで』二重の存在となった我だと、おまえは知るまい。今度はこの〈アース・レプリカ〉を取り込み、新たな世界を〈受胎〉した。この星は変わる。変わるということは滅亡せず続くということでもある」
「殺したな、母さんを」
「バオバブという一本の樹木のプランターとなったカルラ町は、今や我の栄養を供給してくれる大地と水の塊になった。我こそが地球。地球こそが我」
 オオオオオオオオォォォォォオオォオォオオォオオォォオオォォオッォオォンンンンンンンンン。
「狂っていやがる」
 僕はすべてが終わっていくのを感じる。
 天秤によると、「扉が閉ざされた」この世界は。
 世界は終わるのか、バオバブになって。
「掛軸。おまえのこと、僕は大嫌いだよ」
 樹木に浮き出た掛軸の顔が微笑む。
「奇遇。我も貴様が憎くて仕方がなかった」
「このカルラ町にはもう、人間はほとんど存在しちゃいないんだろ。辞めないか、不要な争いを。そして、壊すのも辞めてくれないか。地球も、それに僕を壊すのを。事態を見れば嫌でもわかるよ。今夜、地球は終わる」
「小天体である迦楼羅地球は、これから長い眠りにつく。生命の息吹は我だけが引き受けよう。絶滅していいのだ、人間は」
 僕は『真実の羽根』に垂らした自分の血液のことを思い出す。あのホログラム天秤がまだ機能しているとすれば。
 僕には今、語るべき『言葉』がある。
「〈アース・レプリカ〉をつくった〈物質XYZ〉が宇宙からの飛来物だったとして、だ。〈アース・オリジン〉もまた、超高度知性エイリアンがシミュレートのためにつくったんじゃないのか? だいたい、もう一つの地球が爆発したっていうならば、観測できるはずだろ、ここからでも」
「〈マルチバース〉は有限である」
「は?」
「世界はマルチバース、多元宇宙でできている。宇宙は生まれ、ビッグバンを起こし、ビッグクランチで消える。だが、その宇宙さえ、たくさんあるマルチバースのひとつでしかない。だが、それは〈この宇宙〉と近似の宇宙が無限個存在するのではなく、有限に存在するのである。この有限の多宇宙のひとつに、〈アース・オリジン〉は、かつて、あったのだ」
「ここは違う宇宙なのか」
「正確には違う。鏡のようなこの宇宙には、地球を作り出す『余地』があった。だから、つくった。カルラ町しか、つくれなかったが、な」
「人々は、どうなった」
「鏡の中に帰っていった。それが『消える』ということだ」
「そうか。ならば、魔導力なんてない世界にいければいいな。そこが楽園か地獄かは知らないが」
「もうひとりのディアヌスは楽園をつくろうとした。天狗の、己が氏子衆たちの、楽園を」
 僕はゆっくりと、バオバブの幹に近づいていく。
 大きな幹だ。年輪はどうなっているのか気になったが、すでにチェインソーはない。
 樹木の根元までたどり着き、僕は止まる。
「掛軸。おまえはなにがしたかったんだ?」
「気に食わなかったッッッッ」
「そうかい。そりゃよかったな、復讐を果たせて」
 僕は展望台の公園で倒れていたときに手渡されていた、ビニール袋に針がついただけの簡易型注射器をポケットから取り出し、バオバブの幹に突き刺した。
 抵抗されないうちに、一気に中身の液体を注入する。
 中身は空になった。
 針を突き刺したまま、僕は幹から離れた。
「貴様。なにをした」
「樹木が枯れる液体を注入した。そのまんまの意味だ」
 あのとき、まだ掛軸がバオバブになっているとは、僕らは知らなかった。だが、ディアヌスになる〈神聖な樹木〉を枯らす、という発想はあった。
 誰に、か。
 それは、汐見ミーケだ。
 ミーケから、ノノへこの液体は手渡され、ノノから僕に託された。


「お薬を、処方してあげる」
 あのとき、この〈お薬〉を僕は処方されたのだ。


「僕がここまでたどり着くなんて、思ってもいないで、おまえは計画を進めていたんだろ」
「あ……ああ、あ……あああああああああああああァァァ」
 オオオオオオオオォォォォォオオォオォオオォオオォォオオォォオッォオォンンンンンンンンン。
「じっくり枯れていくみたいだぜ? 汐見ミーケと紫延ノノは、面識があった。同業者だったらしい。こういうものは、手に入りやすい。特注で危険で有害度高い、こんなものも、な」
 終わるよ、きっと。なにもかも。
 僕はバオバブに背を向けて歩き出す。
 掛軸の幹は枯れはじまっている。じっくりというのは、嘘。考える時間がある、という程度だ。最後にあいつがなにを思って枯れていくのか。僕の知るところじゃない。
 背を向け、その最後に立ち会わない。それが、掛軸への復讐だ。テグジュペリの本に出てくる樹木になるような奴への復讐は、これが一番だ。寂しく死ね。



   
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登場人物紹介

紫延ノノ

 ウサミミ看護服の少女。

白梅春葉

 バーサーカー少女。主人公の幼馴染。

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