29

文字数 1,315文字

          *****



 境内に玄人の叫び声がこだまする。
「こういうことだ。〈物質XYZ〉はここだああああああぁぁぁ!」
 玄人が、僕に向かって突進してくる。
 腕を構えて、その手を突き伸ばした。
「うぎゃっ」
 手が身体のなかに突き刺さった。
 そのまま。
 えぐられた、心臓を。
 僕は目を見開く。
 血が、吹きだした。

 玄人が右手で、僕から取り出した心臓を天に向かいかざす。
「晶! てめえしかわからねーわけだよ。まさかてめえの臓腑が〈物質XYZ〉だ、なんてなぁ! そりゃぁ自分しかわからなかったわけだよ、きゃはは」
 これは? どういうことだ?
 僕にはまだ意識がある。死んでいない。
「死者の審判において『真実の羽根』を天秤の一方の皿、他方の皿に死者の心臓を置き天秤に掛け心臓が軽く釣り合いがとれれば、長く危険な旅を経て永遠の楽園に至ることが出来る」
 は? 僕にはわからない。吹き出る血を眺めながら、耳を傾ける。耳鳴りのそとで玄人の、ディアヌスの声が聞こえる。
「人の知性で、心臓に宿りし生前の悪事は、心臓に染み出て残ると考える。悪事を犯して心臓が重く羽根と釣り合いがとれない場合、心臓は、獄卒に貪り喰らわる『第二の死』の裁きを受け、霊は、楽園に至る事は出来ない。……これがヒントだったんだよ!」
 いろんな神話のちゃんぽんを食らっている。昨日からずっとだ。今のこれはたぶん、エジプト神話の話だ。世界観もなにもあったもんじゃない。だが、これが〈現実〉なのだ。
「てめえは家族にいつも心配をかけてきた。自殺未遂がその最たるものだ! その自殺未遂者であるてめえの心臓を天秤で、『真実の羽根』と重さ比べをさせる」
 ホログラムの天秤が空中に映し出される。その天秤に僕の心臓を近づける。すると、ホロが心臓のデータを読み取り始めた。
 読み取り終えると、掴んでいる必要がなくなったのか、僕の心臓をデータの器としてホロに投げ捨てるように置いた。
 僕は倒れた。
 玄人はまだなにか言っている。
「掛軸もおれも、世界を救う気だった。それぞれ違うやり方で。邪魔なのは、〈物質XYZ〉だったんだよ。触れてはいけないのは、こころの臓腑。心臓だったんだ。ディアヌスと配下の外法は魔導を使える。共感覚の、な。そこではこころの中身が暴き出される。だが、暴かれるだけじゃダメだったんだ。秤にかけて、そのてめえのこころの汚さを見せつけさせなきゃならなかった」
 ホロから合成音声で「データ取得完了。天秤にかけます」と、ボイスが流れる。「YES」のホログラムウィンドウをタッチするディアヌス。
「この天秤プログラムこそが、世界を破滅させる起爆剤のスイッチなんだ。さぁ、世界を滅亡させるのも救うのもおれのこころひとつで決まる! 最高の気分だ! 出た結果をコントロールできるのはおれだけ。楽園にはおれが行くことにする。自殺未遂者の心臓を獄卒に食わせてやる代わりにおれが楽園に氏子どもを連れて行く。さらば、双子地球の残り火よ」

 あれ? 僕、もしかして、死ぬのか?
 血だまりの中、僕はそんなことを思った。



         
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

紫延ノノ

 ウサミミ看護服の少女。

白梅春葉

 バーサーカー少女。主人公の幼馴染。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み