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文字数 3,796文字

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「カモーン、ディアヌス。春葉が屠ってあげるー」
 ディアヌス一直線に走る春葉は後ろ手にチェインソーを持つ。
「させない!」
 汐見ミーケが前方に脚を向けた格好で飛ぶ。バックドロップ。それに春葉はチェインソーで応戦する。
「なに、おばちゃん。その靴、強化されてる。金属じゃん」
 転がったミーケは態勢を整える。
「おばちゃん、かっけー」
「ちっ! チェインソーを靴で破壊できると思ってたけれども」
「無理だよー」
 一閃。
 振りかぶったチェインソーがミーケを切り刻もうとする。
 だが、弾かれる春葉。大きな反動で春葉も転び、回転しながら相手の攻撃範囲の外へ出る。
 ミーケの前にディアヌスが来て、ガードしたのだ。両腕を前方で組んでガード。
 ディアヌスの生身の腕は、チェインソーすらガードする。
「固いなぁ。さすがラスボスだねー」
「邪魔するな、おまえはただの愉快犯だ。勝負をなんだと思ってる」
「しょーぶ? うーん、殺し合い? 違うなぁ。一方的な惨殺! これだ!」
 チェインソーのエンジンを再び始動させ、春葉は、
「一緒に来ちゃいなよぉ。どっちがどっちの死体だかわかんないくらいずたずたにしてあげるからさー」
 と、敵中に飛び込む。
「攻撃がワンパターンなんだよ、バーサーカー!」
 ディアヌスは背中の黒マントを脱ぎ、春葉の顔に被せる。
「ああっ! ズルしたな! 見えない!」
「戦いってのはこう殺るんだよ!」
 チェインソーの把手をマントの上から掴み、春葉の身体に押し付ける。エンジンは動いたまま、止めるのが間に合わない。
 血飛沫。チェインソーは春葉の左肩を刻んだ。
「うわああああああああああああんんんんんんああああぁぁ」
 手を放す春葉は、痛みに声を出しながらも、ディアヌスを突き飛ばして距離を取る。マントで顔が覆われているののもあり、息を荒げ、興奮状態がさらに高まる。
 肩を斬られ上がらなくなった左手をだらんと伸ばしながら、右手でマントをはぎ取る。
「ぶーちーこーろーすー!」
 地面に転がったチェインソーを、アスファルトから生えたバオバブの根っこが包み込み、粉々に破壊して、残骸を地中に飲み込む。
「掛軸か! くそ!」
 右手を上げ、爪を立てる春葉。
「許さない! 春葉が勝つんだよ、この勝負」
「なぜ、戦う」
「そこに恋愛のもつれがあるから!」
 ディアヌスの背後でミーケが噴き出す。
「あんたみたいなガキ、玄人くんが本気にするとでも思った?」
「なにか言ったか、おばちゃん」
「遊ばれてたのよ、白梅春葉ちゃん」
 息を整える春葉、ディアヌスの両者。ミーケは後方でそれを見つめる。
「武器なしで勝負かー。引き裂いてあげる」
「ディアヌスが魔王であり神であるということを忘れたか」
「忘れるもなにも、そんなの知らないしー、これからも知ることはないだろうねー。神ならば、その神はこれから死ぬんだよ?」
「遊ばれてたことに関してはどうだ?」
「呪詛まみれなのはあんたも同じでしょ、ディアヌス。殺して……おしまいにする!」
 ディアヌスにじりじりにじり寄る春葉。左手はもう動かない。右手だけを構える姿は、痛々しい。
「片手だけでなにができる」
「だーかーらー。殺すことができるんだって」
 こめかみに汗のしずくが流れる。春葉は、精神的にもダメージを受けているのは明白だった。左肩の痛みで、集中力も削られている。
 少しづつ、少しづつ、動く。春葉が下手に飛びかからないのは、自分の最大の武器である腕の片方が動かないからだ。平気で素手で人間を引き裂ける春葉だが、片手ではどうか。
 それは、春葉自身がよく知っていることだった。
 ディアヌスを睨みつける春葉。焦点が定まらなくなって、相手の姿がぼやけて二重に見える。
 春葉は体力がそれほどあるほうではない。魔導力で増強した力のなかに、体力は含まれていないのだろう。
 だからこそ、春葉はこれまで瞬殺を心がけてきたのではないか。
 今は、分が悪い。
「うおおおおおおおおおお」
「きゃっ!」
 ディアヌスと春葉が集中してつばぜり合いのように相手だけに集中しているところを見計らって、僕はミーケの身体にタックルをした。
 僕とミーケは不安定な地面に勢いよく倒れる。
 地面はバオバブの根っこで不安定になっている。壊れたアスファルトがうごめく。まるで液状化しているみたいだ。
「痛い、なにすんの、このブサイク!」
「うるさい! なんなんだ、おまえらは! 地球をどうしようってんだ! 〈アース・レプリカ〉に〈アース・オリジン〉側の人間の楽園をつくろうとしているおまえも掛軸もクソだ! 挙句、人間がほとんどいなくなっちまったじゃないか! 今日見た限り、生存者なんてここにいる連中くらいだぞ!」
 ミーケは舌打ちをする。
「レプリカとしてつくれたのはここ、カルラ町だけよ。アースとは言うけど、この天体はカルラ町だけで構成されている小惑星。人工の、ね。それよりあなた、〈世界〉は自分の意識のなかに存在していると思ってる? それとも、自分の意識の外に、自分とは無関係に〈世界〉は存在していると思っているクチなのかしら。どう?」
「知らねーよッ! どうせ自分が見て、信じているのが〈世界〉だ、って言うんだろう」
「違うわ。主観の外にも〈意味〉はある。同じものを『これ』と指さしても、自分が見ている『これ』の〈意味〉と、ほかの人間がそれぞれ見ている『これ』の〈意味〉は違うわ。そうね、自分の主観の外にも〈意味〉はあり、意味の内容が違うのは『他人の主観』という相対的なものとは〈違う〉。同じ内容でも受け取る〈意味〉が違うのだから、コミュニケーションが成立しているように思えても、実際は各々意味が違うものを『見ている』のよ。あんたみたいな温室育ちのニートにはわからないでしょうね。〈地球〉を、〈世界〉を『残す』ことの価値を。わたしが生まれた地球の、欠片でもいいから残したいと願うこのこころの価値を」
「こっちの地球は僕が生まれた場所だ! おまえらは違う地球から来た! その地球をつくった奴らだとしても、ここは僕の生まれた星だ。異星人はおまえらなんだよ。なのに勝手に来て、こんなにぐちゃぐちゃにして、それで楽園にして残したいだって? メモリアルが欲しいからカルラ町だけでできてるっていうこの地球を潰すのか、〈アース・レプリカ〉の都合を考えないで」
「都合? 笑えるわね。あなただって迦楼羅の幻聴で攻撃されていたでしょう。異分子なのよ、あなたは最初から。この地球から〈望まれていない存在〉。だから蔑まれ、迫害を〈幻聴〉を受けるというかたちで行使されていた。望まれていないはずよ、だってあなた、人間じゃないもの。〈シミュラクラ〉という模造品。宇宙から飛来した、地球にとってのイレギュラー。イレギュラーがイレギュラーを発生させたから、地球は潰されるの。あなたのせいで地球は滅びるのよ? 『安定剤』だって? バカらしい。それこそ化学薬品、星にあるべき姿をしていない、無理やり抽出した人工の錠剤そのものだわ。でもね、同じ人工のものでも、わたしたちには〈アース・レプリカ〉というメモリアルが必要なのよ。ここを改造して、宇宙に残す。オリジナルがなくなってしまったんだもの、仕方ないわよね」
「なにがしたいのか、さっぱり理解できない」
「そうでしょうね。同じことを言うようだけど、『わたしはあなたじゃないし、あなたはわたしじゃない』ってことよ。理解が永遠にできない相手だっている。歩み寄れない者同士というのもいるってことが、温室にずっといたニートのあなたには理解できない、そういうことなのよ。残念ね。あなたに存在する価値はない。とっとと死になさい、外来種の汚い害虫!」
 僕はこれ以上動けるか?
 倒れながら、どうにか上半身だけ起こして、汐見ミーケと平行線上にしかならない話をして、なにかわかったことがあっただろうか。
 たぶん、地球に対するスタンスが違うのだ。どう動くか。信念も、祈りも、なにもかもが違う。理解できない。じゃあ、強者が弱者を蹂躙して勝って、それですべて片が付くという話なのか。
 歴史は常にそう動いてきた。最後の最後も、そうして終わるのか?
 終えられるのか?
 近くに散らばる天狗の面の人間たちの死体をバオバブの根っこが取り込んでいく。
 クリーンなこころでクリーンな社会。
 己が内に取り込んで、組み込んで、懐柔して、そいつにとっての、権力にとってのクリーンな社会を形成する。
 それを具現化しているのがバオバブの根っこなのだろう。
 僕は人間ではない。違う原理で動いている。ひとの言ってることが理解できていない。
 だが、違う原理で動いているから、できることもあるんじゃないか?
 たとえそれが僕のなかの心しか世界にはないという、内在論的なものであったとしても、それでいい。
他人を見てきたつもりだ。
 みんな我が強くて、僕は僕の人生の主人公になんかなれやしなかった。
 僕が僕しか見ていないと、それでも言うならば、それでいい。
 違う原理で動き続けよう。最後まで。理解されないままで。
 立ち上がれ、僕!



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登場人物紹介

紫延ノノ

 ウサミミ看護服の少女。

白梅春葉

 バーサーカー少女。主人公の幼馴染。

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