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文字数 2,685文字

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 地を這いうごめくバオバブの根っこと、増殖を続ける天を覆うアーケードの鉄筋とトタン屋根に、僕の胸からの血しぶきがこれでもかというくらい吹き出る。
「おれの『地球を救う』は、このバオバブを星の大地ごと消し去ることだ!」
 半実体化した天秤に載せられた僕の心臓を見ながら、ディアヌスは笑う。
「世界を救うのはおれだ、掛軸に、水野晶! おまえらの負けだ! おれはおれの楽園を目指すのだ!」
 狂った笑い。目の奥で歯車が軋んでいるような瞳をして、ディアヌスは両手の掌を天に伸ばした。
「レプリカ地球にはカルラ町しか存在しない! あとは脳内で世界がねつ造されるようにできている。アース・レプリカ計画は、誰が実行したかは知らないが失敗だった。オリジンからの移民は天国を目指して、レプリカに来た。ここを天国にするために。だが、その夢は潰える。不完全なレプリカじゃダメなんだ。『作り替え』なきゃな。だから、おれは自分の楽園を作りかけている貴様を殺すぞ、掛軸! 晶も、あきらめろ。レプリカの住人、つまりカルラ町の連中はおまえが大嫌いだ、存在を殺すほどに。なぜならおまえはレプリカどころか〈シミュラクラ〉という半存在だからだ。人間じゃないからだ。実験動物だからだ! 助からないほうがいい。それに、起爆スイッチはシミュラクラの心臓だってんだからな。地球すら吹き飛ばす超古代テクノロジーがまさかシミュラクラの利用だったなんて! オーバーテクノロジー過ぎる!」
「地球を潰しはさせない!」
 外科用メスを二刀流に構えたノノが、僕の胸をさらに引き裂く。
「縫合・テディベア式ッ」
 魔導力の発動。世界が止まったようになり、高速でオペが開始され、縫合され、終わる。ご都合主義のようでいて、でも、これが『安定剤』なのだと、理解を超越したなにかを僕は感じた。
「術式、完了」
 僕の身体は、少女が壊れそうなテディベアを直すかのように縫合した。心臓のないままで。
「い……生きて…………る?」
「シミュラクラだったから、かしらね」
 自分で行った命の救済に疑問を持ちつつ、ノノは汗だくで一呼吸入れる。
 ディアヌスはそれに感心する。
「ほう。看護師。貴様、本当は女医だったのか」
「専門は整形外科だけどね」
 お医者さんごっこじゃなくて、お医者様と患者様だったのか……。
 バーサーカー状態だった春葉を鎮静化させたのも、医者だったから可能だった、ということか。そして、『高速で治す』のに特化した能力。
 いや、そうじゃなくて!
 心拍が僕の体の中で生まれる。どういうことだ?
「アンタはシミュラクラなんだって。宇宙からの贈り物である、特殊な被造物」
「僕が?」
 特殊な被造物。宇宙由来の、人間じゃない『なにか』?
「ここの誰も驚いてないでしょ。アンタはそういう生命体なのよ。『そんなこと自体、みんなにとってどうでもよかった』んだけどね」
「それが違った、と」
「そういうこと。アンタは〈開けてはならないアーク〉だった。地球を汚染して滅亡させるに至った。まあ、人間の手によってですけど」
「ブーイングの嵐の人生だったが、最後も利用されて終わる……。思えば滅亡から救って、ってのも、他人から言われたことだしなぁ」
 ノノはため息を吐く。
「今の状況を見てごらんなさい。新しい心臓が脈打って、失血して縫合した直後なのにぴんぴんしてるでしょ。そんな地球人はいないんですけど。アンタは、魔導力の塊で構成されてるの。勘違いしないで。スペシャルパワーで打破なんてできないからね」
 ディアヌスは手の指を動かし、音を鳴らす。
「そうだ。殺す」
 オオオオオオオオォォォォォオオォオォオオォオオォォオオォォオッォオォンンンンンンンンン!
 ディアヌスに反応して、バオバブと化した掛軸が、雄たけびを上げる。
 僕は立ちすくんだ。
 この状況でなにができる? また生き返ったかと思ったらこれだ。
 どうすりゃいいんだ?
 オオオオオオオオォォォォォオオォオォオオォオオォォオオォォオッォオォンンンンンンンンン!
 地面のアスファルトが盛り上がった。根っこが地面から飛び出し、ディアヌスを突き刺そうとするが、ディアヌスも触手を背中から出して迎撃する。根っこは粉々に破壊される。
 ディアヌスの顔はもう、水野玄人のそれではない。刻み込まれた眉間のしわが、年齢を高く見せているし、貫禄ができている。
 バオバブの根っことディアヌスの触手の攻防戦は続く。
 それを半ば、呆然と見ていると、まわりが騒がしくなってきた。
 あたりを見回すと、山伏の姿をして天狗の面を被った人間たちに、僕とノノは取り囲まれていた。
「山猫神社の氏子衆。『外法様』一行様ってことね」
「こいつらが、僕に〈幻聴〉を植え付けた……」
 山伏の一人が一歩、前に出る。
「ねぇぼくぅ~。君はねぇ、病院通いの障碍者なんだからおうちに帰ったほうがいいんじゃないかなぁ~。ママのつくったご飯でもっとデブになったほうがいいよ、ぼくぅ~」
 最大限にバカにした声音で、山伏は僕を罵った。
 一歩前に出て罵る山伏に呼応して、山伏……いや、天狗である外法様たちが声とも音波ともつかない奇妙な音を出した。その音は耳をふさがないといけないくらい大きく、吐き気を催す音だった。
 天狗。まさに天狗の怪音波だった。
 これだけで、気が狂いそうだ。ノノも耳に手をあてしゃがんでまるくなっている。ノノは幻聴など音の攻撃に耐性がないのだ、なおさらだ。仕方がない。
 なにもできない僕らに対し、網を投げる外法様。
 意識が保てなくなるのに耐えるしかなく、動けない。その間に僕とノノは絡めとられ、籠、……というより箱と言ったほうがしっくりくるような木製のボックスに押し込まれ、連れていかれる。どこへ連れていかれてしまうのか、見当もつかない。音波は続き、箱は持ち上げられ、外法の行列に並ぶかたちで、その場を離れていく。
 箱の中でノノが何度も嘔吐する。口から唾液しかでないまで、吐き続けた。
 僕は耳鳴りと音波がミックスされて、脳内をかきむしりたいほどで、涙が出て、咳き込む。二人とも、酷い有様だった。
 散々だが、僕はひどい耳鳴りのなかで、そっとノノを抱きしめる。ノノは僕の服の胸のあたりをぎゅっと掴む。脳内も箱のなかもぐちゃぐちゃだったが、僕にはそれしかすることができなかった。
 僕は目を閉じ、ノノの体温を確かめる。暖かい。僕らはまだ、生きている。



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登場人物紹介

紫延ノノ

 ウサミミ看護服の少女。

白梅春葉

 バーサーカー少女。主人公の幼馴染。

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