文字数 1,466文字

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 自分がわからなくなる。
 いや、最初から僕には「自分」なんてない。断言できる。どこにでもいるどうしようもなく平凡以下で平均以下の、たいしたストーリー性を持ち合わせない、なんの能力もない、そんな存在で、この現実に逆襲も復讐もできず、ただただこのファッキンシットな現実に服従してへつらっている。
それが僕の正体だ。

 だって、現実が怖いから。
 だって、現実は不当に僕を攻撃してくるから。
 逃げ場はないけど、謝れば緩衝材くらいにはなるかもしれないから。

 だから僕は、できるだけ痛くないように、けがをしないように、現実に服従した、……はずだった。
 それなのに、家の中が血まみれで、それはそういう意味で、そして僕はウサミミナースに手を引かれて、やっと起き上がることができる程度に弱腰で逃げ腰で、実際に、弱くて逃げたくてたまらない、そんな卑怯者だ。
 僕に罰があるのは、僕のせいなのか。
 噴き出して付いた血が、天井から滴っていた。
 家族がこんなことになっているのに自分のことしか考えられない僕だから、こんな目に遭うのか。
 もしも天才だったらなぁ。こんなピンチをすり抜けるのは簡単なのだろう。
 こんなピンチに、わくわくしているのだろう。
 残念ながら僕は、平凡以下で平均以下の、情けない童貞野郎だった。
 わくわくどころか、恐れて萎えている。
「くそ! くそ! くそ!」
「語彙が貧弱なんですけど」
 貧弱で貧乳なのとは逆の、豊満な胸で、スレンダーな体形をしていて、十分にモデルでもできそうだ、という体形偏差値が異様に高いナース服のノノが隣で、ぼそりとつぶやく。
「語彙力ないとやってけないわよ。ああ、一週間後に世界は滅びるけど」
 そうだ、僕にはなにもない。語彙力すら、ない。
 舐めるなよ、僕は高校中退だ。世の中は高学歴様が回しているんだ、そして今の進学率を考えてみろ。僕みたいなバカに共感できる人間なんてどれほどいるっていうんだよ。
 まったく、共感なんてできないさ。ああ、できない。できやしない。
 大卒の世の中で大卒じゃない僕は大卒じゃないということのアイデンティティを持ってて、それはほかと違うオリジナルであるということであって、共感できないのは僕が物まねではないからで……、畜生! そんなわけないだろう! 正当化は無理だ。高卒は無力だ。想像力を嫉妬が遮る。
 僕は僕以外の他人の気持ちがわからない。
 どうやれば喜んで、どうすれば気に入らないかが、全くわかってないのだ。
 それゆえに僕には誰も共感せず、僕の気持ちは破棄される。いじめられるのだ。迫害されて、幻聴なんて聞こえるようになって通院することになって、……父親が殺されるのだ。弟だってどうなっているか。確認していないけれども。
「くそ! くそ! くそ!」
「だーかーらー。語彙が貧弱なんですけど」
「畜生!」
「畜生のように獰猛にわたしを押し倒してみたらどうかしら?」
「できない!」
「即答かよ。ムカつくんですけど」
「ああぁぁああああああぁぁああぁ!」
「全くアンタはバカなんですけど。抱けって誘ってんだから抱いとけばいいじゃない、草食童貞! さ、着いたわ」
 僕たちは林田邸に着いた。距離にして 一分も歩いていない。塀伝いに走ってすぐだ。
 本当に隣接した、隣の家。
「突入!」
 ノノがドアノブを回す。カギはかかっておらず、ドアノブは回った。間髪おかずに繰り出されるノノの蹴り。ドアが勢いよく開いた。



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登場人物紹介

紫延ノノ

 ウサミミ看護服の少女。

白梅春葉

 バーサーカー少女。主人公の幼馴染。

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