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文字数 2,468文字

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 汐見ミーケは朗読の口調で話す。
「わたしには武器がない。技術もない。運が悪いせいにはしない。実力は運じゃないから。実力がないのは、怠けて生きてきたからだ。遊びすら知らないほどに、わたしはなにもせず、怠けて生きてきた。……紫延ノノ」
 僕は首をひねったが、意味がわからなかった。
「なんです、それ?」
「ノノの高校卒業文集に書かれた言葉よ。ちなみにタイトルは『武器よ、さらば。手にしたことはないケドね』よ」
 とても残念な文集の言葉である。希望もへったくれもない。そこには悔恨と、なにかこじれてしまっているタイトルがあるだけだった。
「少年。外法様の呪いにかかっているわね。言い換えれば〈幻聴〉。いや、〈実聴〉とでもいうのかしら。でも、世の中の幻聴のほとんどは呪いそのものよ。他人に呪詛を吐かれなければ、幻聴の状態になんてならないもの。幻聴の原因はカルラ町の体制、そのものね。ディアヌスの呪い。知らず知らず、恨みを買っていたのよ、あなたは。なぜだかわかるかしら」
「知らないな」
「あなたを羨ましがっている人間が多くいた、ということよ」
 笑える。
「僕のどこに羨ましがられる要素があるっていうのさ、お姉さん」
「中学時代の掛軸陸前の友人であり、水野玄人の兄である、というそのポジションよ。あなた自身にはわからないでしょう。あなたを見ているのではなく、あなたのポジションを見られて、羨ましいと思われていたのよ。衣食住にも困ってなかったみたいだし、病院へ通うお金もあった。なにも『困る要素がない』のが、原因よ。そういう人間を、ひとは困らせて、苦しめて、ストレスのはけ口にするものよ。都合よく、外法が、魔導力が、この町にはあったし、攻撃されて当然だったのよ。ひとの心が読めないところはノノにそっくりね、水野晶くん」
 そういう見方もあるのか、と僕は息をのんだ。
「スケープゴートにうってつけの存在。あなたが報われることなんて、あり得なかったのよ。晶のレプリカさん」
 晶のレプリカ、と汐見ミーケは僕を呼んだ。そうだ、このひとたちからすれば、僕はレプリカなのだった。ここにいるのは、オリジナル地球の人間たちだ。
「NPCたちがどうなろうが知らない。でも、ひとつしかなくなったこのかけがえのない地球を破壊されるのはごめんだわ。オリジナルはもう存在しない。ならば、複製の世界でも、そこを守るしかないじゃないの。でも、ディアヌスの氏子、つまり外法様たちはあなたを許さない」
 そこに、大声で「あー、イライラするよぉ」と、頭をかきむしる少女がいた。白梅春葉だ。
「おばちゃんたち。春葉はそんなの、どーでもいーんだよ? オリジンとレプリカ両方のディアヌスが戦うって話でしょ? 敵味方にわかれて。そんな天狗大決戦なんて、どーでもいーんだよ、春葉は。春葉はただ」
 爪を立てる春葉。
「今、汐見おばちゃんをぶっ殺したいんだよっ!」
 地面が縮むように錯覚する蹴りで勢いつけて汐見ミーケに飛びつく春葉。春葉の伸びた爪は汐見の顔面を斜めに傷つける。
「くっ! この娘、速いッ」
 手で春葉を払いのける汐見ミーケは、バックステップ。体勢を立て直す。
 間髪おかず春葉の第二撃目が繰り出されるが、腕を掴んだ汐見は手を掴んだまま軸足を蹴り、春葉を転ばす。くるくる回って転んだそのおなかに重心をかけた右足を打ち込む。
「げばふっ!」
「まだまだよ、小娘」
 蹴りの連打。ぼこぼこにしたうえで顔面を蹴り飛ばす。春葉は吹き飛び、展望デッキの端で柵に盛大に身体をぶつけた。
「そのまま落ちろ、バーサーカー娘!」
 立ち上がろうとした春葉を逃さず、襟首をつかんで巴投げする。
 柵を越えて展望台の下へと落下していく春葉。
「春葉ッ」
 僕は叫んで駆け寄り柵の外を見る。春葉は手で床の出っ張りを掴んでいた。
「しーぬー。死ぃぬぅ~、るるん」
 意外と楽しそうな顔をしている春葉の顔が見えるが、唇と鼻からは血が出ている。
「おばちゃん。汐見おばちゃん。絶対、許さない」
 言い捨てた春葉は、あっさりと手を床の出っ張りから離した。
 落下する春葉。親指をサムアップ状態にして、僕に視線を合わせてウィンクする。
「なに考えてんだ、春葉!」
 どさっと音がして、芝生の上に落下した春葉。いや、このくらいの高さで芝生だと死にはしないのか。重症だとは思うけど。僕は春葉が生きているよう、祈った。
「次はわたしの番ね!」
 どこから出したかわからない体温計を手裏剣のように投擲するノノ。
 体温計は軽く汐見ミーケに弾かれた。
 ばらまかれる水銀。危ないったらありゃしない。
 だが、弾いた時の衝撃で体温計は割れたので、手刀に構えた汐見ミーケの手からは血がにじんでいた。
「痛っ」
 床を蹴るノノ。はねたガラスの破片と水銀が汐見の身体にぶつかる。顔を腕でガードしたところを逃さず、ノノは腹に一撃、掌の底を打ち込む。
 体を折るミーケの顔を、膝蹴りで叩くノノ。ミーケは後ろ向きに倒れると、ガラスの破片を背中に突き刺してしまう。
「同じことしてやるワケ!」
 顔面を蹴る、蹴る、蹴る。顔をガードする汐見ミーケは身体を曲げて腹を蹴られないようにするが、横腹を全体重で踏んだ。
 勝利を確信したノノ。緩んだところに、足首を掴まれる。
「うっほおおおおおぉぉぉぉぉんんんんん」
 ゴリボイスを発し、立ち上がるミーケ。掴んだままの足首からノノの身体をスウィングする。バカ力にもほどがある。汐見ミーケはノノの身体を回転させ、放り投げることまでしやがった。
「ああああああああああああ!」
 ノノの叫びもむなしく。春葉と同じく柵の外へとミーケはノノを投げ捨てた。
「玄人くんの邪魔よ。死んでなさい。勘のいいガキは嫌いだけど、お姉さんは鈍いガキも大嫌いなの」
 同じく投げ捨てられる僕。芝生の上に落下した。
 ああ、ここ、何階に換算できるんだっけ。意識が遠のいてく。



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登場人物紹介

紫延ノノ

 ウサミミ看護服の少女。

白梅春葉

 バーサーカー少女。主人公の幼馴染。

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