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文字数 2,140文字

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「どう? 晶のレプリカさん。この終末を、楽しんでいるかしら」
 汐見ミーケは倒れている僕の横っ腹を蹴り飛ばして、加虐的な表情を見せる。
「楽しんでねーよ、……ぐぎゃ!」
 サッカーボールでも蹴るように、僕を力強く蹴る。僕を無機物だとでも思っているのか。
「あなたが〈シミュラクラ〉だなんてね。どこから来たのかもしれない、宇宙の夾雑物さん!」
 大きな一撃が来る。僕は呻いた。
「あなたはノイズそのものよ。双子地球のノイズ。ノイズが混じったから、星が滅びることになった! あなたが生を受けたそのこと自体が、地球にとって命取りになった。でもそれは〈アース・オリジン〉の晶の話。あなたはシミュラクラの粗悪コピー品。どうなってるのかしらね。地球を乱し滅ぼす外来種の虫が!」
 今度はディアヌスが僕を蹴る。そういやこいつら、付き合ってるんだっけ。顔が似ているから気にしなかったが、ディアヌスも弟ではない。
ミーケもディアヌスも、〈アース・オリジン〉の晶の知り合いで、僕の知らないところで、この場にいる連中はつながっているのだった。
 僕のあずかり知らぬところで、なにかが始まり、世界は今、滅びようとしている。
 僕はここでも仲間外れだ。ここにいるひとたちと来歴が違う。僕はただのニートだ。シミュラクラ? そう、最初から模造品だったし、宇宙のどこからかやってきた外来種なのだ。特異点は、僕自身だった。主人公ではなく、悪役。それは、僕が自分ではわからないことで。
 無意識に悪役を演じていた、というわけか。そりゃ町の皆様方から邪険に思われるわけだ。
「ちょっとー、やめよーよ、おじちゃんとおばちゃん。春葉の相手もしてくれないとぉ。ぶっ殺すからさー」
 チェインソーのエンジンを空回転させて、春葉がディアヌス、ミーケの二人と対峙する。
「晶と、ノノ。ここはわたしの出番みたいだよー」
 バーサーカー。狂戦士。戦うことに特化した精神と戦闘能力を持つ、白梅春葉が、歯をむき出す。
「そのホロ・プログラム、壊れちゃったんじゃないのー。春葉がこのホロみたくずたずたにしてあげるよー、ディアヌスなんて本当は嫌いだったんだぁ。ぶっ殺すことを願ってた。叩けるとき叩かなきゃ、もうすぐみんな死んじゃうもんね。殺しとかなきゃ。玄人くんを。聞いてないよ、春葉は。ミーケおばちゃんと付き合ってるなんてねー。林田一家の親戚筋でしょー、汐見家は。なんで殺すのを依頼したのかなー。こっちの地球の水野家も、もうこの世に残ってるのはシミュラクラ晶だけだし。滅亡を願っていたのは、玄人くんも同じだったんだねー。もういい、もういいよ、ディアヌス。君はもう玄人くんじゃないからね」
 私怨。〈アース・レプリカ〉では掛軸と身体の関係があった春葉だが、〈アース・オリジン〉では、玄人とデキていたのか。どちらにしろ童貞の僕には、恋愛のもつれが羨ましくも疎ましく、うんざりする。
 僕は転がってディアヌスとミーケから離れ、距離を取る。
 それを合図に、ディアヌスと春葉が飛び跳ね、激突した。


 戦いを見ながら、僕は思う。果たして、この戦いが終わったとき、僕になにが残るのだろうか、と。今まさに、お芝居のようにひとがくるくる回りながら死闘を繰り広げている。
 僕自身も、人間じゃないのを確信した。
 バオバブの樹が道路を破壊しながら根を広げ、空中では屋根の鉄筋資材が増殖し、アーケードを広げ、大空を遮断していく。町が塗り替えられていく。掛軸は地球を自分の世界へと変えていく真っ最中だ。
 玄人も、氏子衆を失いつつも、自分の楽園をつくろうとしている。
 バラバラになった氏子衆の亡骸の山のなかで、バオバブは成長していく。
 自分たちの楽園。地球最後の火は、ろうそくの最後のように、燃え盛っている。
全員が、自分の信念を貫き、激突している。
 それに比べて、僕はどうだろう。僕のなかにあったものとはなんだったのか。空虚が服を着て歩いているような僕は、この戦いの渦中にあって、なにを思うというのだろう。憎しみも悲しみも、ここにいる誰よりも少なく、空虚感で埋め尽くされていて、火は消える直前だ。
 僕も最後に燃え盛ることができるのか。
 灰しか残らない?
 それとも、灰すら残らず消滅するのか。
 憎しみすら、本当は抱けてなかったのだ。僕はうつろな目をして、戦いを見届けるのが関の山だろう。もう、疲れた。


 平手打ちが飛んできた。
 ノノの掌だった。
「起きろ、晶!」
 目の焦点をノノに合わせる。
 僕はまだ、生きていた。生かされているのだ。ここにいるのは、だって……。
「わたしがアンタの安定剤だって言ってるんですけど。生きてるなら起きて、どうにかしなくちゃならない場面なワケ!」
「僕らに思想なんてない」
「それでも、地球を救うんでしょ!」
「僕は……」
 滅ぼしたいのか。救いたいのか。
 できるか、できないかではないんだ。
 自分が『どうしたいか』だろう!
 僕は、どうしたいんだ?
 なんのためにここにいるんだ。
 僕にしかできないことがあるんじゃないのか?
 僕は、静かに起き上がる。



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登場人物紹介

紫延ノノ

 ウサミミ看護服の少女。

白梅春葉

 バーサーカー少女。主人公の幼馴染。

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