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文字数 4,429文字

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「下手くそ。一回死んで来い。うひゃひゃ」
 教室。笑い声が室内を満たす。下手くそとは、僕が書いたマンガじみた小説を見られてしまい、クラスメイトたちから出てきた言葉だ、大爆笑が耳にこびりつく。
「ぶ~ん。ぶ~ん。ぶ~ん。うひゃひゃ」
 お次はぶーん、という声。文章の文、の意味と、ハエの羽音のダブルミーニングだ。僕は言葉をうまく話せない。なので、文章も相応に下手くそだ。それでも小説を書いていた。それがまるで汚物に群がるハエを想起させるらしく、「ぶ~ん。ぶ~ん。ぶ~ん」とこいつらに言わせることとなった。
「ブー! ブうううううぅうぅぅぅうぅうぅううス」
 今度はブサイクだ、というのを、『ブ』という『破裂音』を強調させてのいじめだ。破裂音は、それだけで醜い。ブサイクな僕にはお似合いだ、という意味だろう。
 泣きたくなる。だけど、泣けない。泣いたところで、こいつらが調子づくだけだからだ。僕はぐっと涙を我慢する。
 醜い。
 醜い。
 醜い。
 僕か?
 あいつらか?
 どっちもだ。
 こんな世界は滅んでしまえ。
 僕に詫びろ。
「恥を知れ、恥を! うひゃひゃひゃひゃひゃ」
 ……また始まった。調子に乗った教師が「恥を知れ、恥を!」と僕を罵ったのを受けて、生徒がまねをしだしたのだ。
 果てない笑い声。
 楽しい教室。
 僕以外のみんなが楽しい教室。
 明るく楽しい教室です。
 反吐が出る。



「それで。君はどうしたかったんだ。まさか、世界が滅びればそれで終わりになるとでも?」
 知らない少女。僕と似ていて、でもそれは女の子で。
「あたしは君だよ。君もあたしだし」
「暴力と、暴力的な言葉で、毎日が地獄だ。死にたい。僕が君なら、それがわかるんじゃないの? わからないか」
「わからないね。あたしは滅ぼしたけど、なにも変わらなかった。頭の中で、ずっと響いているんだよ、君が経験したような地獄を、ね」
「滅ぼした?」
「そう。地球を」
「地球を?」
「〈アース・オリジン〉を滅亡させたのは、あたしだよ。あたし、水野晶が、滅ぼした。でも、こころのなかであいつらは生きていた、という話さ。滅亡して死んだからざまあみろ、とはならないね」
「滅亡させたのって」
「方法のことかい。そうさ、自分の心臓を抉り出して天秤にかけたのさ。冥府と楽園と、消滅を司る、あの天秤に、ね」
「『真実の羽根』ってのは、君をどう判断したんだ」
「君が自殺未遂者なのと同様、あたしも同じ過ちを犯した。これは、だいたいの宗教で禁止されている重罪なんだ。だから、天秤は、いじめたあいつらを助け、あたしを消滅させようとした」
「僕や君は、苦しいのに、生きるべきは生きたいと思った人間で、生きる意志を持つ人間を助ける、というわけか」
「そうだね。あいつらの生命力は強い。他人を蹴落とすのに長けているのも生命力がなせるものさ。弱いあたしや君じゃ、裁かれて終わり。でも、終わりにしなかったんだ。『真実の羽根』に、あたしの血を注いでやったのさ。普通はできないんだけどね。あたしにはそれができた。どちらの天秤にも、あたしの血が混じった。そうしたら、すべては反転した。『羽根』がそのとき、『真実』を知って、血の涙を流したのさ。……そして、すべての哀しいひとたちの嘆き、苦しみから世界を救済すべく、〈アース・オリジン〉は滅亡した」
「救済……」
「だけど、あたしに救済は訪れなかった。あたしは、あいつらの、いじめていたあいつらの〈声〉に、囚われることになったのさ」
「ああ……」
 もしも、〈幻聴〉がなくなっても、〈声〉は続き、僕を苦しめ続けるのか。そういうことなのか。
「僕は死んだの? 君も死んでいるの? 死んでいないような口ぶりだけど」
「生きてるよ。いや、死んでいるのかな、もともと。あたしと君は〈シミュラクラ〉なのさ」
「シ……シミュラクラ?」
「模造品さ。人間の。レプリカともちょっと違う。すでに、出自がどこだかわからなくなってしまったような、コピーのコピーのコピーのコピー。顔のない、人間の模造品さ」
「顔のない、人間の模造品。それが〈シミュラクラ〉……。僕たちのことなのか」
「〈アース・レプリカ〉の人間のことを〈アース・オリジン〉の人間はNPCと呼ぶけれど、人間とNPCの差異なんてほとんどないさ。少なくとも、あたしと君のようなシミュラクラと比べての、比較だけどね。双子地球は地球同士の人物が『対』になってる。オリジナルから見たレプリカ。その逆から見たら自分らがオリジナルなんだから、レプリカから見たオリジナルじゃなくて、オリジナルから見たレプリカに見えるはずさ。逆が成立してしまうんだ。故に、厳密にはオリジナルとレプリカには規定なんてない。各自が勝手に命名してるようなものさ。オリジンがレプリカをつくったって話だって、鵜呑みにはしないほうがいいよ。あんなの、ただの学説だよ」
「オリジンの科学力……じゃなかった、魔導力でレプリカをつくったっていうのは、学説。そういう説がある、というだけなのか」
「だって、君が最初にレプリカをオリジンがつくったことに納得したのは、魔導力が存在している、という点で、説得力を持ったからなんじゃないかな。自分らにはない、『なにか』を使って、と。でも、実際には、君の住むところにも魔導力は存在する。迦楼羅の共感覚技術やディアヌス制度がそれだ。精神感応による縛り付け、嘘の〈幻聴〉もそうだし、ディアヌスになると莫大な力を得るなんて、魔導力以外の何物でもない、とあたしは思う。君はどう思うかな」
「どうなんだろう。魔導力って、なんなの」
「ノノにも、同じ質問をしていたね」
「科学力と変わらない、と言われた」
「でも、全然違うだろ。いや、違わないのか。幻想の領域に至るほどの、科学力。こころや精神も含めた、科学の、それは超強化版。でも、それは君のところにも存在していて、天狗や鬼の仕業だと考えられていたわけだ。ないとは、言ってなかったはずだ。ただ、人間が使えたらそいつは人間じゃないと言われてしまうだけの話で。だから、秘匿されていた。うわべだけの秘匿だけど。みんな、勘づいていたのさ。魔導力があるってことにね」
「『真実の羽根』と天秤は、どこにあったんだい。あれこそ、貴重なものだろ」
「ああ、遺跡から発掘されたものを復元したものさ、デジタルで。そう貴重なものでもない、と思われていたはずさ。使い道もなさそうだったし。だが、それを使ったのさ。本気でね」
「この監視管理社会は、一体どうして支持されたんだろう」
「安全さは、だれでも欲しいものさ。そして、こう、啓蒙するキャッチコピーを用意する。『クリーンなこころでクリーンな社会を』。因習でがんじがらめになってるくせに、よく言うよね。でも、相互監視させるのに、成功した。クリーンなら、見られても恥ずかしくないだろう、ってね。隣近所を監視するのは、昔は村社会だった。だけど、今じゃすべてが村社会になっている。すべての人間が管理されて生きている。君の身体はそういう意味では国家という組織の管理下にあって、君自身のものなんかじゃないのさ」
「自由」
「選択肢があって、その選択肢を選ぶ自由があるだけさ。もちろん、選択肢が存在しないときもあるよ」
「歩いていると子供にすら笑われる」
「笑いたがるものさ。未発達の子供なんて、犬みたく、誰が誰より強くて誰が誰より弱くて、みたいなもので、バカにするかバカにしないか判断する。この社会のカーストの最下位らへんに生きるあたしたちは笑われるよ。子供はひとをバカにして成長するんだ、立派な大人へ、とね。クリーンなこころでクリーンな社会を実現すると標榜する、真っ黒なこころの大人にね。彼らは、証拠を残さない。汚さは、すべてカースト下位に押し付けるから。素晴らしい食物連鎖だよ」
「ひとがどんどん消滅していっているって話は?」
「本当の話さ」
「……僕に小説は無理だ、って言われる」
「あはは。それも本当の話さ。どうしたんだい。急に話題が変わるじゃないか」
「〈声〉が常にそういうことばかり言うし。それにこころを読まれているなんて僕はもう死んでいるのと同然なんじゃないか、と思う」
「君が言いたいことがわからなくなってきたな。あたしに同情してほしいのか」
「そうなのかもしれないな。誰もわかってくれない。わかるわけないし」
「わかったところで同情できないさ」
「正直、消滅していってざまあみろ、って思う。僕はこの世界を救う気がないのかもしれない。なくなってきた、のかな。一時は、救おうと思ったけど」
「君が救うって表現は、どうだろうな。君はそんな風な言葉ばかりを使ってきたんじゃないかな。偉そうな口ぶりに、才能も技術も伴ってないのが、君だ」
「なにも言えないよ」
「なにも言えないのに、言いたいんだろ? それが君なのはあたしがよく知ってるよ。君は結局、駄々をこねたいだけなのかもしれない。才能も技術も、もちろん知識もない。なら、なにを書くっていうんだ? 才能がないことについて書こうと思うだろう。それが君の底の浅さ、さ」
「底が浅いか。でも、天性のものだろ、そんなの」
「浅いからこころを〈読まれる〉。君が書いたものを読む必要なんてなくてね。どうせ投稿サイトにでも投稿して散々だったんだろ」
「……書けなくなってたよ、潰されてね」
「通る道は違ったけど、あたしもまた、潰されて嫌になって、〈アース・オリジン〉を潰した。個人的に潰されたあたしが、星を潰したのさ」
「『余計なことを書いたらぶっ殺すぞ』。それが、奴らの言い分だった」
「書けないとか書くなとか、忙しい連中だ、知ってるけど。コントロールしたいんだよ、他人を。こころだって読む方法があるなら率先して手に入れる。その結果が、外法様という天狗になる、という選択さ」
「君と話していると心地が良い」
「あたしは君だからね」
「疲れた」
「今に疲れることもできなくなるよ」
「子供から『その汚い口を直せ』と言われたことがあったなぁ。へらへら笑いながら、そいつは言って、横にいたその子供の親も一緒になって僕を見て笑った」
「将来有望なお子様じゃないか」
「だね」
「他人を蹴落とそうと思う感情の維持が、成長の秘訣だよ。ほら、あたしも君も大嫌いな掛軸は、復讐の鬼だったからこそ、あたしらを蹴落とし上り詰めて喜んでいたのを思い出してごらんよ。世の中は他人を蹴落としたい感情の強い奴が勝つんだ」
「極論……ではないよな、見てきた限りでは」
「血気盛んな若者と復讐者は、表裏一体さ」
「そしてそれを愚痴りたい僕は負け犬の人生ってわけか」
「なるべくしてそうなったんだよ。さあ、もう起きろ、水野晶!」



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登場人物紹介

紫延ノノ

 ウサミミ看護服の少女。

白梅春葉

 バーサーカー少女。主人公の幼馴染。

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