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文字数 1,604文字

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 卑しい笑いを受ける。村八分にされて。
 僕はいつだって真面目にしていた。真面目にしていたが、それは学校の勉強をやるのではなく、意味のない落書きをすることで保てていた真面目さで。
 すべてを注いでいて、誰に見せるわけでもない落書きのような文章。その落書きのような文章が、僕の唯一の希望だった。
 希望のために、尽くす。そういう類の真面目。僕にとって希望とは、文章に記す空想のことだった。
 学校でカースト最下位の僕が勉強ができる環境にいるわけないのは当然で、だけど周囲の大人はそれに気づくことさえなかった。
 僕は落ち着きがなく、今だったら学習障害と判断されただろう。だが、僕に落ち着きがないのは不真面目だからだ、とそれで終わり。
 いじめは永遠かのように毎日続く。
 仲間なんていない。村八分だから。卑しい笑いを、向けられる。解消する手立てはない。
 僕は高校を中退した。働く気もなかった。逃げ出したかったけど、部屋の保証人になってくれる人間は、身内にもいなかった。
 タダ飯食らいのクソ、と軽蔑されながら、部屋に閉じこもる。閉じこもると、アダルトメディアに手を出してしまう。〈監視しています、世間の目は〉的なものは、アダルトメディアが嫌いなので、僕を攻撃の対象にする。そういうメディアはゾーニングされている。それに僕は消費者だ。なにか言われる筋合いはない。
「えろは汚い。汚いものは排除する」
 そう言ってここまで追い詰めたのは、このカルラ町で僕を監視する人間たちだ。追いやられて、行き場がなくてそういうメディアに触れているのに、〈監視〉する側は、〈すべて汚らしいおまえが悪い〉と、村八分の態勢を強化する。僕は自殺を考えるようになるのだった。
 僕は悪くない。〈幻聴〉は日夜〈おまえが悪い!〉と呪詛を吐く。『僕』自体が悪いなら、どうすればいいのか。僕のアイデンティティは壊れていく。自己同一性は、自己を同一に保てなくなる。……壊れる。
 歩いていると女子高生が、
「見ろよ、あの豚。ダッサ、ブッサ、クッサ。笑える」
 と、僕を指さし笑う。ずいぶん楽しそうだ。小学生も中学生も同じだし、大人はもっと巧妙に攻撃をして嘲ってくる。
 地獄だ。ここは地獄だ。逃げ場はなく、攻撃の的になっている。みんなのストレスのはけ口になっている。
「こうなったのはおまえ自身が悪いんじゃん。おまえが悪いの。わかる? あたま悪いからわからないでしょ。うひゃひゃ」
 激怒しても、通行人は通りがけに、そう言う。
 僕を笑う学生への抗議で学校に電話しても、
「なにかの間違いです。当校の生徒はそのようなことは致しません。失礼ですが、あたまがおかしいのではありませんか」
 という言葉のあとに、ぷぷぷぷぷ、と笑いをかみ殺した声が聞こえるだけだった。
 隠ぺい体質のこの町は、僕をスケープゴートとして、血祭りにあげる気が十分だった。

 本屋で、『予告された殺人の記録』というタイトルの本を見る。
「僕の人生は、町の人に黙殺されながら……」
 と、口に出しかけた。タイトルに同調したのだ。泣きそうになった。

 通院してる心療内科の薬のせいで、睡眠時間がどんどん伸びてくる。いつの間にか、一日中眠っているようになった。町の人々はそれも話のタネになると、散歩する僕に卑しい目を向けた。

 僕はこの町しか知らない。でも、どこへ行ったって無駄な気がする。僕以外の人間はコミュニティを築き上げ、それは世界中に及ぶからだ。僕に対する侮蔑の輪は全世界に広がる。



 世界が明日、終わるという。
 もしかしたら、喜ばしいことなのではないか。
「地球を滅ぼすだと! 許さん」
 とはならないよ。かけがえのない地球だと、僕には言えない世界だから。救う? 僕が? 誰を? 誰のために?
 それでも。僕は。



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登場人物紹介

紫延ノノ

 ウサミミ看護服の少女。

白梅春葉

 バーサーカー少女。主人公の幼馴染。

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