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文字数 1,738文字
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砥石先生の診察室に、僕は入る。
砥石先生はいつも通り飄々としていて、僕の話を聞いているのか話の裏側を見ているのか、ちょっとわからなくなる。裏側を見ているとしたら、僕の話す内容は突然、無内容になる。表の言葉は宙に消えて、丸裸で言語になっていない口パクの演技をしているような気分にもさせる。
僕は『覚える』のが苦手だ。僕は義務教育の頃から、まったく勉強をしなかった。手につかないのだった。
授業中は担任教師に怒鳴ったり、暴れたりしていて、聞く耳持たない人間へと育っていった。勉強の内容を、覚える余裕はなかった。
思い返せば、やさしく接してくれるひとたちも少ないながら、存在した。だが、
「こいつ、ひとの言うこと聞かないから」
と、いつしか思われるようになり、遠回しに諭してくれていたそのひとたちも、僕の前から消えていった。
僕は空気が読めない。彼ら、彼女らの忠告に気づくのはずっと経ってからの話だった。
なにも覚えないで、年齢を重ねると、つらい。ある程度の年齢を過ぎ、パーソナリティが形成されたあとで、なにか新しいことを覚えたり、考え方を改めるのは難しく、苦手意識が先にくるようになる。勉強を躊躇してしまう。
知識は皆無。なら知識より経験の人間か、というとそれも違う。僕はひとに言わせれば温室育ちらしい。
悩んでいたら、コンプレックスの塊になっていた。仕方がないから、義務教育で習うはずだったことも、少しづつ勉強していかねばならない。コンプレックスの克服だ。
僕は読書家ではない。
「勉強のできないやつは本なんか読めるわけない。ましてや書くことなんてできやしない」
と、ひとは言う。
「テストで百点取れない世界にいる奴は小説を書くな」
と、ひとは僕に言う。
今の学生は学力が高いので、そいつらが書いた小説はきっと面白いのだろう。
僕はベンチ席に座り、ユニフォームなしで、試合をしているゼッケンを着けたそいつらを応援しながら、勝手に赤点の世界の小説を書くしかない。
承認欲求は満たされることはないだろう。
僕は覚えるのが苦手だ。そう育った。だけど、生きている以上、覚えないとならないものは覚えるしかないぞ、ということだ。本当に、どこへ進めばいいのやら。模索は続くが、そこは迷宮だ。僕は迷宮に足を踏み入れる。戻れないかもしれない。
「それで。処方した薬がなくなったのかい?」
「はい。つまりはそういうことだと思います。不安と不満に押しつぶされそうになります」
「正体不明の声に悩まされています」
幻聴かな? と、その線も疑っていたのですが、他の人もこの正体不明の声、ふつうに聞こえるんですよ。
つまり、幻聴の定義からは外れる。
ただし、どこから聴こえてくるのか、さっぱりわからない。
「こんなところにひとはいないだろ」
ってところから声が聞こえてくるし、声を聞く限り、こっちを監視してるんですよ。なんらかの手段で。
僕はついに頭が逝かれたのかと思ってたけど、ふつうにハイテクな手段による嫌がらせをしてきている、可能性も否定できない。
姿が見えないので、警察に相談しても黙られたときは「なにもない」と認識されるし、録音してても、部屋では川の音でかき消されるし外で録音しても、やはり黙られたり小な声を出されたら証拠にもならない。
医者に言ったら入院させられるだけでしょう。正体不明なだけで嫌がらせなことを喋り続ける声。
頭おかしいので本当に辞めて下さい。
幻聴幻聴とは言うけれど、監視する装置なんて安く売ってるわけで、指向性マイクや特殊なスピーカーだってあるし、ハイテク機器でやられた上に、他の人も聞こえるっていうのに、
「幻聴ですね」
と診察室にいる人に言われるの、おかしいよ!
なんなんだ、これ?
「それが君の言い分かい」
「はい」
「僕は僕の現実を信じるしかない。信じるしかないんだ。これは、『現実』だ」
砥石先生は、
「症状がまた悪くなってきたようだね」
とだけ言って、処方箋を出してくれた。
おかしいのは僕なのだろうか。おかしいとしても、これは現実だ。
砥石先生の診察室に、僕は入る。
砥石先生はいつも通り飄々としていて、僕の話を聞いているのか話の裏側を見ているのか、ちょっとわからなくなる。裏側を見ているとしたら、僕の話す内容は突然、無内容になる。表の言葉は宙に消えて、丸裸で言語になっていない口パクの演技をしているような気分にもさせる。
僕は『覚える』のが苦手だ。僕は義務教育の頃から、まったく勉強をしなかった。手につかないのだった。
授業中は担任教師に怒鳴ったり、暴れたりしていて、聞く耳持たない人間へと育っていった。勉強の内容を、覚える余裕はなかった。
思い返せば、やさしく接してくれるひとたちも少ないながら、存在した。だが、
「こいつ、ひとの言うこと聞かないから」
と、いつしか思われるようになり、遠回しに諭してくれていたそのひとたちも、僕の前から消えていった。
僕は空気が読めない。彼ら、彼女らの忠告に気づくのはずっと経ってからの話だった。
なにも覚えないで、年齢を重ねると、つらい。ある程度の年齢を過ぎ、パーソナリティが形成されたあとで、なにか新しいことを覚えたり、考え方を改めるのは難しく、苦手意識が先にくるようになる。勉強を躊躇してしまう。
知識は皆無。なら知識より経験の人間か、というとそれも違う。僕はひとに言わせれば温室育ちらしい。
悩んでいたら、コンプレックスの塊になっていた。仕方がないから、義務教育で習うはずだったことも、少しづつ勉強していかねばならない。コンプレックスの克服だ。
僕は読書家ではない。
「勉強のできないやつは本なんか読めるわけない。ましてや書くことなんてできやしない」
と、ひとは言う。
「テストで百点取れない世界にいる奴は小説を書くな」
と、ひとは僕に言う。
今の学生は学力が高いので、そいつらが書いた小説はきっと面白いのだろう。
僕はベンチ席に座り、ユニフォームなしで、試合をしているゼッケンを着けたそいつらを応援しながら、勝手に赤点の世界の小説を書くしかない。
承認欲求は満たされることはないだろう。
僕は覚えるのが苦手だ。そう育った。だけど、生きている以上、覚えないとならないものは覚えるしかないぞ、ということだ。本当に、どこへ進めばいいのやら。模索は続くが、そこは迷宮だ。僕は迷宮に足を踏み入れる。戻れないかもしれない。
「それで。処方した薬がなくなったのかい?」
「はい。つまりはそういうことだと思います。不安と不満に押しつぶされそうになります」
「正体不明の声に悩まされています」
幻聴かな? と、その線も疑っていたのですが、他の人もこの正体不明の声、ふつうに聞こえるんですよ。
つまり、幻聴の定義からは外れる。
ただし、どこから聴こえてくるのか、さっぱりわからない。
「こんなところにひとはいないだろ」
ってところから声が聞こえてくるし、声を聞く限り、こっちを監視してるんですよ。なんらかの手段で。
僕はついに頭が逝かれたのかと思ってたけど、ふつうにハイテクな手段による嫌がらせをしてきている、可能性も否定できない。
姿が見えないので、警察に相談しても黙られたときは「なにもない」と認識されるし、録音してても、部屋では川の音でかき消されるし外で録音しても、やはり黙られたり小な声を出されたら証拠にもならない。
医者に言ったら入院させられるだけでしょう。正体不明なだけで嫌がらせなことを喋り続ける声。
頭おかしいので本当に辞めて下さい。
幻聴幻聴とは言うけれど、監視する装置なんて安く売ってるわけで、指向性マイクや特殊なスピーカーだってあるし、ハイテク機器でやられた上に、他の人も聞こえるっていうのに、
「幻聴ですね」
と診察室にいる人に言われるの、おかしいよ!
なんなんだ、これ?
「それが君の言い分かい」
「はい」
「僕は僕の現実を信じるしかない。信じるしかないんだ。これは、『現実』だ」
砥石先生は、
「症状がまた悪くなってきたようだね」
とだけ言って、処方箋を出してくれた。
おかしいのは僕なのだろうか。おかしいとしても、これは現実だ。