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文字数 2,541文字

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 数分後。描写するのもはばかれる有様で、工業団地の公道は、山伏たちの身体がバラバラになって散乱していた。
 ノノが切り裂き、春葉がバラバラにする。それは血しぶきの暗黒舞踏会だった。
 最後の一人を春葉が解体する。
「終わった、のか……」
 僕はこの惨状に気が滅入りそうになるが、僕の幻聴のおおもとを断ったのだ。喜ばしいことだろう、とは思う。
「春葉が思うにねー、晶には憎しみが足りないよ。言い換えれば、欲望が足りない。もっと貪欲にいこうよぉ!」
 上を見上げると、生きた鉄筋資材がバリバリ音を立てて増殖して、この場所も覆いつくす。道路にはひびが入って根っこが根付いていく。アーケードの拡張は止まらない。
 どうやらバオバブは健在らしい。
「欲望、か。この星を覆いつくそうとするほどの、欲望」
「掛軸に勝ちたくないの? 弟のオリジナルに勝ちたくないの? 春葉はまだまだイケるよー!」
「わたしも、まだ戦えるわ。あの二人を滅ぼして、世界を救うのがわたしたちのミッションなんですけど」
「言われてみれば」
「おっと。神社にも分社にも行く必要はねーぜぇ。おまえらここで死ぬんだからな」
 触手を振り回して飛行してきたのはディアヌス。水野玄人だ。
「生きるって残酷だよなぁ。晶ァ! おまえはいつまで経っても、邪魔だなぁ! おれの姉ちゃんの方の晶も、こっちのおまえもなぁ。今度はおれが楽園をつくる」
「外法様たちは死んだぞ」
 僕が声を張り上げると、ディアヌスは高笑いする。
「シミュラクラの力を使えば、人間の創造だってなんなくこなせるさ。どうするよ、創造主になれるんだぜ、これほどおいしいものはねぇと思うけどよ。どうよ、シミュラクラ。オーバーテクノロジーの〈素材〉さんよぉ」
 触手を回すのをやめ、ディアヌスは着地する。
「検診の、お時間よッ!」
 キメセリフと同時にオペ用メスを二刀流に構えるノノ。目が充血している。春葉も「ぶっ殺すよぉ」と怠い口調で言ってチェインソーを重そうに構える。二人とも体力をずいぶん削られているので、当たり前だろう。疲れが見え始めている。だが、「まだまだイケる」と「まだ戦える」の言葉を信じよう。
 僕は「うわあああああああ」と叫び、ディアヌスに突進する。猪突猛進!
 ディアヌスは腕組したままで背中の触手を二本、伸ばす。
 触手が突き刺さる僕。僕は刺さった触手を手で握った。動かないようにその場でまるまって、必死に掴む。
「今だ! やっちまえ、二人とも!」
「ナイス、晶!」
「当然ダヨネ」
「そう。当然だ! これくらいできるぜ!」
 触手を僕ごと地面に叩きつけるディアヌス。僕は触手を抱きかかえたまま、耐える。
 ノノは袈裟斬りでメスをふるう。頑丈を通り越した人間離れのディアヌスには、かすり傷しか負わせられない。
「次は春葉の番だね!」
 チェインソーで触手の一本をぶった切る。青色の血を出しながら、触手が切断される。
「もう一本だよ!」
 チェインソーをくるりと一回転させてから構えなおした春葉は、僕を錘の鉄球の代わりにした触手で、春葉を狙う。錘がついてるぶん、重く速い一撃が飛んでくる。
 一撃目をかわした春葉は、くちびるに指をあて、
「うーん、晶ごと切り裂いちゃおうかな」
 と、なにか考えたそぶりを見せる。
 飛んでくる先端の僕を蹴り、隙ができたところにチェインソーをぶち込む。
 エンジンの音と排気音が、武骨なハーモニーを奏でる。インダストリアルロック音楽のようなリズムで、震えるチェインソー。
 水風船が破裂したように血液が弾ける触手。青い血液。返り血を舐める春葉。
「だーから言ったじゃん。春葉はチートキャラなんだよ?」
 触手がなくなったのを機に、懐へ飛び込むノノ。メスの一本を腹にめり込ませる。もう一方のメスで、殴りかかろうとしたディアヌスの腕を突き刺す。
「くっ! ナース服ごときが! おれを刺すだと?」
 全体重をかけてノノを突き飛ばすディアヌス。腕に刺さったメスを抜き取り、その場に捨てる。腹のメスは抜けそうになく、めり込んでいる。
「〈物質XYZ〉は、我が手にある。天秤は傾き、滅亡を指している。我が氏子衆は全滅した。楽園に一人あがるのも忍びない。このまま、滅びの道を進もうか、〈アース・レプリカ〉よ」
 ディアヌスの目の前に天秤のホログラムが映し出される。
「さあ、滅びの時……」
 僕はダッシュしてディアヌスのもとへ!
「うおおおおおおおおおおお」
 ホログラムでデジタルにされた自分の心臓を掴む。掴んだ心臓を隣の天秤に置いてある羽根のところへ持っていき、心臓を握って、絞った。
 だらだらと垂れ流される僕の血液だったものが、羽根に浸透していく。
「シミュラクラの血は、なんて答えるんだ? 教えろ、真実の羽根!」
 ホログラムが異常な動きを見せる。画像にノイズが混じる。ノイズが天秤をずたずたに引き裂いたかと思うと、今度は機械音が流れ出す。機械音が合成音声のようになり、言葉を紡ぎだす。

「許サレナイ。ラクエンノトビラハ、開カナイ。ジゴクノモンモ、閉ザサレル……。エイゴウノ苦シミハココデ、クリカエサレル」


 眩暈がする。子供でもわかることだ。永劫の苦しみは、ここで繰り返される。人生は歓喜か? 苦しみか? 僕は苦しみにしか思えなかった。
 楽園に行こう、なんて、地獄で待ってるぜ、なんて、そんなの、ない。
「世界はあるようにあるだけだ。それが続くってことか」
 僕は口を滑らす。その場の全員ににらまれる。怖い怖い。だが、眩暈でどうにかなってしまいそうだ。僕は限界らしかった。

「オワリナキ哀シミ。滅亡ヲノゾムカ、戒律違反者ヨ」
 天秤のホロは消えかかりつつ、空気を振動させる。

 横で鬼の形相をするディアヌスの蹴りが懐に直撃する。
 転がり倒れる僕。耳鳴りがキンキンした音を立てる。外法様はやっつけたのにな。すぐに治るものでもないのか、こういうものは。
 こんなときなのに、僕の前に仁王立ちしている女性の姿を捉える。汐見ミーケだ。
「殺すわよぉ」
「なんだか、最悪だ……」



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登場人物紹介

紫延ノノ

 ウサミミ看護服の少女。

白梅春葉

 バーサーカー少女。主人公の幼馴染。

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