11:風が吹いた

文字数 1,015文字

 夕方のこと。
 今日もレビュー用のスイーツをコンビニで仕入れた私は、家の隣に立つ「ハルカゼ」の前に、ミユちゃんの姿を発見したよ。

 寒い中、メイド服でチラシを配るミユちゃん。
 無表情のまま。
……
(関係ない。とか言っておいて、めっちゃ気にしてんじゃん。普段チラシなんか配んないくせに)
(なんだかんだ、やっぱりあゆゆんの影響はあったのかな。同じ街にそこそこ人気のあるYouTuberがいるんだもん。この辺りにはファンもそれなりに、いるのかも。
だから、売上が落ちて……)
(でもそんな無愛想な顔じゃ、誰も受け取ってくれないよ)
(というか、やるならもっと駅前とかでやんないと! こんな住宅地のど真ん中で配ったって、効果薄いよ。いくら店がここにあるからってさ)
(そうだよ。ここを通る人はみんな「ハルカゼ」を知ってるんだから、意味ない。なのに、そんなことにも気付かないで)
(思えば昔からそうだったなぁ。不器用で、とろくて、要領悪くて、物覚えも悪くて。だけど一生懸命で……。きっと、私よりいっぱい努力したんだ。だから、私より結果を出した。それだけのことなんだ)
そこまでわかっているなら、君も同じように、もっと頑張ればいいのに
(もう、遅いよ。今更)

遅いなんてこと、ないと思うけどね。

逃げることを肯定するため、そう思い込みたいだけさ

(遅いよ……。遅いんだ。私は逃げた。夢からも、ミユちゃんからも)
チラシ……
 ミユちゃんがボソボソと言って、無愛想な顔でチラシを突き出す。通りがかったおばさんは、ミユちゃんを無視して、ううん、ミユちゃんのチラシに気づかないで去っていく。
(ああ、もうっ。近隣住民の人かもしれない人にまで、気づかれないとか!)
(私が側に立ってることは、当然ミユちゃんだってわかってるよね。言えばいいのに。手伝ってって。そうすれば、私はいくらでも……)
(いくらでも?
手伝うって?
ミユちゃんを一方的に避けておいて、今更?)
(ミユちゃんは私を何度も誘ってくれた。一緒にまたスイーツの勉強しようって。それを無視したのは私なのに……)
 風が吹いた。
あっ
 ミユちゃんの抱えていたチラシが一枚、ふわり宙を舞う。
 なんのいたずらか、それは偶然にも私の方へ飛んできて。
……ミユちゃん
 キャッチしてしまった私は、気付けばチラシをミユちゃんに返していたよ。
……ありがとう、紗彩
 ミユちゃんはチラシを受け取ると、愛想なく言った。
 それでも、お礼は言えるんだ。私には。
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登場人物紹介

夏木紗彩(なつきさあや) 高2


夢を諦めた少女。幼い頃からパティシエールに憧れていたが、幼馴染のミユに実力差を見せつけられ、心が折れた。今はコンビニやお店のスイーツをレポする動画「紗彩チャンネル」を運営。そこそこ人気でお小遣い稼ぎにはなっているが、一方で夢を追うキラキラした人たちに嫉妬していて、いつもどこか不満げ。夢を諦めた瞬間から、スイーツの幻影が見えるように。

春風ミユ 高2


夢を本気で追う少女。紗彩の幼馴染で、実家は人気スイーツ店「ハルカゼ」。幼い頃からパティシエールを目指し修行している。スイーツへの情熱が凄い。一方で、本気で努力せず「できない」と口にする人の気持ちが理解できず、女子とは喧嘩になりやすい。そのため、紗彩以外の友だちがいない

クリームの声が聞こえるらしい。

氷崎マオ 高2


夢を応援できる少女。いつもゲーセンで遊んでばかりの帰宅部。友達も多く、リア充。勉強もちゃんとするし、成績は平均より少し上程度。なんでもそこそこにこなせるけど、特別得意なことがあるわけではなく、夢を持っているわけでもない。だから、学生でありながら好きなことで金を稼ぐ紗彩が羨ましくて、それなのになぜ不満を抱いているのか、理解できずにいる。

冬兎チユキ 高2


夢追い人を尊敬し、夢を持ちたい少女
今が楽しければそれでいいじゃん、という考えで適当に生きている。甘いもの大好き、紗彩の動画もチェックしている。普通の女子高生。ミユには嫌われている。

アーニャ 20歳


夢のために他を犠牲にした女。売れない大道芸人。好きなこと以外はやりたくない。だけど、好きなことのためならなんでもする。様々な芸をこなし、歌もダンスもモノマネも出来るし、はやりのネタにはすぐに飛びつく。夢のために高校を中退している。努力家。


黒井先生 


夢を追い別の道にたどり着いた大人。主人公たちの担任にして、体育教師。かつてはプロ野球選手になりたいという、平凡だが大きな夢を抱いていた。レギュラーにもなれず夢に破れてからは、応援してくれた監督に感謝し、彼のような教師になりたいと考えた。必死に勉強し、今の立場にある。


スイーツの幻影


紗彩にだけ見える。「夢を諦めて本当にいいの?」「後悔してない?」と、事あるごとに語りかけてくる。

クリームの幻聴


ミユにだけ聞こえる。心の迷いを表しているらしい。

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