03:やぁ。僕はスイーツの精霊だよ ※1/26大幅修正・加筆

文字数 1,997文字

(不器用で、ずっと私の後を追いかけるばかりだったミユちゃんが、いつのまにかもう、私のずっと上にいる)

(あれ? 反応がないわね。

逆効果だったのかしら……(´・ω・`))

(紗彩の腕は確かよ。要領の良さ、物覚えの良さ。そういうのは私より上。だから、紗彩は必ずいいパティシエールになれる。私ももっと頑張って、いつか2人でお店をやっていくの。そのために、アドバイスしたつもりなんだけれど……)

        ☆★☆★



それから一週間後。

 結局、ミユちゃんは優勝できなかった。できなかったけれど、お客さんたちから高評価を受け、3位のスイーツに選ばれた。
 本選出場者120名中の、3位だよ。私はその120名の中にすら、いなかった。


 沈んでいた私の心に、追い打ちをかけるような現実だった。

ミユちゃんのスイーツ超可愛いよね~~
凄いよね! やっぱりパティシエールの娘は違うね~❤❤
 いつのまにか、クラスメートたちもミユちゃんのことしか誉めなくなっていた。
 その時、私は思ったんだ。

(ミユちゃんの才能は本物なんだ。私だって頑張ったのに、勝てなかった。私は……

私は……! ミユちゃんには、勝てない!!)

 私はミユちゃんの人気と才能と結果に嫉妬したんだ。我ながらかっこ悪いとは思ったけど、その日を境に私はパティシエールの夢を諦めて。そして――。
紗彩? 最近、ウチに来てくれないけど、どうしたの? また一緒にスイーツの勉強しましょう?
いい。もう、やめたから

……えっ?

今、なんて……?

……

ちょっと待ちなさい!

紗彩! 紗彩……!!

 ――

 ――――

 ――――――。

 そして――ミユちゃんのことも避けるようになった。
 その日からだ。

やぁ。僕はスイーツの精霊だよ。ねぇ紗彩。

君、パティシエールの夢を諦めて本当にいいの?

 スイーツの精霊を名乗る幻影が現れ、私に話しかけてくるようになったのは。
ミユはすごく努力していたんだよ。凄いのは当然さ。君は彼女ほど努力したの? もっと頑張ってみなよ
いい。どうせムダだもん
やりもしないで逃げるのは、よくないと思うなぁ
うるさい! 私は頑張った! でもダメだった!
一度の失敗がなにさ
一度じゃ、ないもん。ほんとは気づいてた。ミユちゃんの方が凄いスイーツを作れるって……
なら、もっと努力をすればいい。あの子は、そうしてきた
……
ああ、そうか君は怖いんだ。努力をしても、あの子の努力と結果に負けるかもしれない。自分の努力が意味のないものになってしまうのが、たまらなく怖いんだ
……!!
でも君は、スイーツ作りが好きだ。好きなことから逃げて夢を諦めても、幸せにはなれない。なにより、これではミユのことを直視できなくなる。


……

諦めたら後悔するよ?

……
ねえ、本当の本当に、諦めるつもりなの?
……

ねえ?

ねえったら。無視しないでよ。

ねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえ

ああああああああああ!
うるさいうるさい! なにをどうしようが、私の勝手だ!
 私はケーキの幻影を殴った。殴ったのは、洗面台の鏡だったよ。
 ひび割れた鏡には、私しか写っていない。私は血だらけの拳を握りしめる。
 スイーツの精霊は、私の心が生み出した幻影だ。
(わかってる……わかってるよ……!!)

(私が本当はパティシエールを諦めたくないから、幻影が現れたんだ。

やめたら後悔する? だからって、勝てない勝負を続けられるほど、私は強くない)


 私は怖かった。

 努力が報われないことも、才能の差を思い知らされるかもしれないのも。

 そしてなにより。


 ミユちゃんに突き放されて、置いていかれてしまうのが。

(私はユキさんみたいに、食べた人をスイーツで笑顔にさせたかった。だけど、それを果たせたのは、ミユちゃんの方だった。この先、ミユちゃんはみんなに求められるようになっていく。その時、私はミユちゃんの隣にはいないかもしれない)
(だから私は、ミユちゃんとはいられない。パティシエールの夢も、追いかけられない)
 そう考えると、決まってスイーツの精霊が現れて、言うんだ。
それって、ミユも望んでいないことだと思うなぁ
(そんなこと、わかってるよ。ミユちゃんは生まれたときから一緒の私以外とは、あまり話せない。人付き合いが苦手な、不器用な子なんだ。ミユちゃんはきっと、私が嫉妬していることを打ち明けても、一緒にいてくれる。でも、ミユちゃんが結果を出せば、必ず、距離は開かれていく


その現実に、私は耐えられない。ミユちゃんの夢を、私は応援できない。だから、ごめんねミユちゃん、私は弱い女の子だったよ)

 ――

 ――――。


 2年後。
 この物語は、同じ高校に通う2年生である私とミユちゃんと、その他数人。夢を追う人と、諦めた人、応援する人たちの物語だよ。

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登場人物紹介

夏木紗彩(なつきさあや) 高2


夢を諦めた少女。幼い頃からパティシエールに憧れていたが、幼馴染のミユに実力差を見せつけられ、心が折れた。今はコンビニやお店のスイーツをレポする動画「紗彩チャンネル」を運営。そこそこ人気でお小遣い稼ぎにはなっているが、一方で夢を追うキラキラした人たちに嫉妬していて、いつもどこか不満げ。夢を諦めた瞬間から、スイーツの幻影が見えるように。

春風ミユ 高2


夢を本気で追う少女。紗彩の幼馴染で、実家は人気スイーツ店「ハルカゼ」。幼い頃からパティシエールを目指し修行している。スイーツへの情熱が凄い。一方で、本気で努力せず「できない」と口にする人の気持ちが理解できず、女子とは喧嘩になりやすい。そのため、紗彩以外の友だちがいない

クリームの声が聞こえるらしい。

氷崎マオ 高2


夢を応援できる少女。いつもゲーセンで遊んでばかりの帰宅部。友達も多く、リア充。勉強もちゃんとするし、成績は平均より少し上程度。なんでもそこそこにこなせるけど、特別得意なことがあるわけではなく、夢を持っているわけでもない。だから、学生でありながら好きなことで金を稼ぐ紗彩が羨ましくて、それなのになぜ不満を抱いているのか、理解できずにいる。

冬兎チユキ 高2


夢追い人を尊敬し、夢を持ちたい少女
今が楽しければそれでいいじゃん、という考えで適当に生きている。甘いもの大好き、紗彩の動画もチェックしている。普通の女子高生。ミユには嫌われている。

アーニャ 20歳


夢のために他を犠牲にした女。売れない大道芸人。好きなこと以外はやりたくない。だけど、好きなことのためならなんでもする。様々な芸をこなし、歌もダンスもモノマネも出来るし、はやりのネタにはすぐに飛びつく。夢のために高校を中退している。努力家。


黒井先生 


夢を追い別の道にたどり着いた大人。主人公たちの担任にして、体育教師。かつてはプロ野球選手になりたいという、平凡だが大きな夢を抱いていた。レギュラーにもなれず夢に破れてからは、応援してくれた監督に感謝し、彼のような教師になりたいと考えた。必死に勉強し、今の立場にある。


スイーツの幻影


紗彩にだけ見える。「夢を諦めて本当にいいの?」「後悔してない?」と、事あるごとに語りかけてくる。

クリームの幻聴


ミユにだけ聞こえる。心の迷いを表しているらしい。

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