19:クリームの幻聴

文字数 1,373文字

 それから私は、パフェを作り始めたミユちゃんのことを撮影するよ。いつも楽しそうにスイーツを作っていたミユちゃんなのに、ボウルのクリームをかき混ぜながら、何故か思いつめたような表情をする。

 ∧_∧
 (   )】
 /  /┘

ノ ̄ゝ  ←撮影する私




            ☆★☆★





いいのかい。このままパフェを作って。
――白いクリームが、私に語りかけてくるわ。
せっかく、大好きな幼馴染とまた話せるようになったのに。このまま全力のスイーツを作ったら、また彼女は君から離れていく
――クリームの声は、私にしか聞こえない幻聴。紗彩から避けられ始めた中3のあの日以降、私が悩んでいる時にクリームは語りかけてくる。

それでいいのかい?
(なら、どうしろというの?
(#^ω^)       )
手を抜くんだよ。君ならわかるだろう?
紗彩も本気だった。だから、誰よりも近くにいた君に追い抜かれて、ショックだったんだ。凄いスイーツを見て、その実力に嫉妬した経験は、君にもあるはずだ

(たしかに、あるわ。人気店のスイーツを食べた時。名パティシエの特集記事を見た時。確かに嫉妬することもあるわ)

(よく知りもしない人に、適当な言葉で褒められたくない。だけど、自分より腕のある人が、その評価を認められ話題にされている様は、それでそれで面白くないもの。


お母さんを除いて、誰よりも凄いパティシエールになりたい。そんな成功欲からくる感情だわ。スイーツ作りをはじめたきっかけは紗彩でも、それを楽しいと思い、仕事にしたいと思った瞬間から、私の成功欲は誕生した)


(だから、私はスイーツを作るの。誰よりも凄いパティシエールになって、みんなから評価されるの。その評価を素直に受け止められるくらい、凄くなるの。

だけど、紗彩にも、才能がある。紗彩とも、スイーツを作りたい。お互いに全力で、競い合い、アイディアを出し合い、共に前へ進みたい。そう思うわ。小学生の頃みたいに……)

そうやって多くを求めると、自滅する。第一、小学生の頃の君は、紗彩に置いていかれないか、必死だった。彼女がまたパティシエールの道に戻り努力を始めたら、また君は怯えることになる。

沙彩を取るか、パティシエールの道を取るか。二つに一つさ

(いいえ、どちらも選ぶわ。その先に、私の幸せはあるの)
無理だね。どちらもちょうど良くやれるほど、君は器用じゃない。今日まで紗彩と距離を置いていたのが証拠だ
(でも……手を抜いてスイーツを作るなんて。そんなこと、できないわ。私は常に全力で、成長し続けたい。パティシエールになりたいの。ほかの仕事なんて、したくないの)
だったら、紗彩は諦めるんだね。わかっているだろう? 僕のセリフは君の迷いだ。君がどちらも取ると答えようと、僕が現れている以上、心の奥底では両立が無理だと考えている。

そんな迷いのあるうちは、君は最高のパティシエールにはなれない
……
この世界の道は険しい。社会力のない君は、ほかの仕事にはつけない。氷崎マオと親しくなれていないことからも、それは証明されている。それがわかっているから、好きを仕事にしたいんだろう? だったら、君は一人前のパティシエールになるしかないんだ。諦めろ。紗彩は

(それでも、私は……)
もう一度、ハッキリ言おう。

君と紗彩は、同じ夢を、同じ道を進みながら友達同士でいることは不可能だ!

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登場人物紹介

夏木紗彩(なつきさあや) 高2


夢を諦めた少女。幼い頃からパティシエールに憧れていたが、幼馴染のミユに実力差を見せつけられ、心が折れた。今はコンビニやお店のスイーツをレポする動画「紗彩チャンネル」を運営。そこそこ人気でお小遣い稼ぎにはなっているが、一方で夢を追うキラキラした人たちに嫉妬していて、いつもどこか不満げ。夢を諦めた瞬間から、スイーツの幻影が見えるように。

春風ミユ 高2


夢を本気で追う少女。紗彩の幼馴染で、実家は人気スイーツ店「ハルカゼ」。幼い頃からパティシエールを目指し修行している。スイーツへの情熱が凄い。一方で、本気で努力せず「できない」と口にする人の気持ちが理解できず、女子とは喧嘩になりやすい。そのため、紗彩以外の友だちがいない

クリームの声が聞こえるらしい。

氷崎マオ 高2


夢を応援できる少女。いつもゲーセンで遊んでばかりの帰宅部。友達も多く、リア充。勉強もちゃんとするし、成績は平均より少し上程度。なんでもそこそこにこなせるけど、特別得意なことがあるわけではなく、夢を持っているわけでもない。だから、学生でありながら好きなことで金を稼ぐ紗彩が羨ましくて、それなのになぜ不満を抱いているのか、理解できずにいる。

冬兎チユキ 高2


夢追い人を尊敬し、夢を持ちたい少女
今が楽しければそれでいいじゃん、という考えで適当に生きている。甘いもの大好き、紗彩の動画もチェックしている。普通の女子高生。ミユには嫌われている。

アーニャ 20歳


夢のために他を犠牲にした女。売れない大道芸人。好きなこと以外はやりたくない。だけど、好きなことのためならなんでもする。様々な芸をこなし、歌もダンスもモノマネも出来るし、はやりのネタにはすぐに飛びつく。夢のために高校を中退している。努力家。


黒井先生 


夢を追い別の道にたどり着いた大人。主人公たちの担任にして、体育教師。かつてはプロ野球選手になりたいという、平凡だが大きな夢を抱いていた。レギュラーにもなれず夢に破れてからは、応援してくれた監督に感謝し、彼のような教師になりたいと考えた。必死に勉強し、今の立場にある。


スイーツの幻影


紗彩にだけ見える。「夢を諦めて本当にいいの?」「後悔してない?」と、事あるごとに語りかけてくる。

クリームの幻聴


ミユにだけ聞こえる。心の迷いを表しているらしい。

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