第21話 椎根津彦誕生
文字数 1,519文字
一行が舟に乗り込む際、新たに加わった珍彦の荷の中に鳥駕籠 があった。鳩である。
キジなどに比べて頭が小さく、首筋がやや緑色のほかは全体に灰色がかった羽を持つこの鳥を見て、
「旨そうだな」
五瀬命が舌なめずりして顔を寄せた。
「むろん鳩は食しても旨い鳥です。しかしこれはそれより大事な役目を果たします。唐土では遠くの者に伝令を伝えるときに用います」
鳩の帰巣能力については、地磁気を捕えることで巣の方向が分かるという説や、太陽の位置から自分の巣がある方向を知るなど諸説ある。
人類は古くから鳩の帰巣本能を利用してさまざまなことに利用し、紀元前四千五百年には古代ペルシャやメソポタミアで野生の鳩を家畜として飼うようになったと伝えられる。
古代ローマ時代には軍事用の通信手段として盛んに用いられている。
「申し上げました通り、いまヤマトは混乱しています」
珍彦は小さく折り畳まれた紙を磐余彦に見せた。
「王命に従わず帰国する豪族あり」
磐余彦が読み上げると、「本当か?」と五瀬命が気色ばんだ。
「ヤマトに暮らす我が祖国の者たちの報せです。間違いないでしょう」
珍彦が肩に止まった鳩を優しく撫 でながら言った。
ヤマト王の暴政に不満が高まっているという噂は、遠く日向にも伝わっていた。
しかし王に服従せずそれぞれの国に戻る重臣がいるとの話は初めて聞く。
それだけヤマトの結束が弱まっているということである。
「なるほど、その鳥は役に立ちそうだな」
磐余彦が興味深げに鳥籠を覗き込んだ。
大陸からの移住者たちは、進んだ技術や知識を倭国の人々に伝えた。
鳩もその一つである。鳩を通信手段として駆使し、日本各地に散らばった仲間との情報網を構築していたのである。
「そなたにこれを渡そう」
磐余彦が珍彦に木の棒を渡した。それは、ここに来るまで隼手が操船に使っていた椎の木の棒だった。つまり、船頭役を珍彦に譲るという宣言である。
「よいのですか?」
珍彦が隼手を見た。隼手は顔を真っ赤にして「あんた、安心」とぼそりとつぶやいた。
「謹んでお請けいたします」
珍彦が椎の木の棒をうやうやしく受け取った。
「これからは椎根津彦 と名乗るがいい」
磐余彦が言うと、珍彦改め椎根津彦は一瞬手を止めた。
「不満か?」
「よい名です。ありがとうございます」
口角を僅かに上げ、椎根津彦が深々と頭を下げた。
顔を上げた時にはすっきりと顔立ちまで変わったように見えた。
「珍彦の名はこの地に置いていきましょう」
以後この者を椎根津彦と呼ぶことにする。
速吸之門(豊予海峡)の荒海を一艘の小舟がすいすいと渡っていく。
「おお、全然揺れないぞ」
巧みに舟を操るのは椎根津彦である。旧名「うずひこ」の名は伊達ではない。
ここを流れる潮流は最大時速五・七ノット(十・六キロメートル)、黒潮の平均的な速さ二~三ノットと比べても格段に速い。
流れも複雑で潮汐の干満差も大きいため、細心の注意が求められる。
海上保安庁が発行する『瀬戸内海水路誌』には、「高島と関埼との間の水道は、平瀬、権現碆 などの暗礁があり、可航幅が狭く潮流も強いので通航する場合は注意を要する。」とある。
今日においても瀬戸内海は日本有数の海上交通の難所なのである。
「ありがたい。隼手の時は死ぬかと思ったぜ」
来目の冷やかしに隼手が目を剥き、無言のまま殴りかかろうとする。
「まあそう怒るな」日臣が必死で宥める。
狭い舟の中で喧嘩をされたのではたまらない。
ははは。
ときおり笑い声も起きる中、椎根津彦が操る舟は、磐余彦とその一行を乗せて速吸之門を越えていった。
(第四章終わり)
キジなどに比べて頭が小さく、首筋がやや緑色のほかは全体に灰色がかった羽を持つこの鳥を見て、
「旨そうだな」
五瀬命が舌なめずりして顔を寄せた。
「むろん鳩は食しても旨い鳥です。しかしこれはそれより大事な役目を果たします。唐土では遠くの者に伝令を伝えるときに用います」
鳩の帰巣能力については、地磁気を捕えることで巣の方向が分かるという説や、太陽の位置から自分の巣がある方向を知るなど諸説ある。
人類は古くから鳩の帰巣本能を利用してさまざまなことに利用し、紀元前四千五百年には古代ペルシャやメソポタミアで野生の鳩を家畜として飼うようになったと伝えられる。
古代ローマ時代には軍事用の通信手段として盛んに用いられている。
「申し上げました通り、いまヤマトは混乱しています」
珍彦は小さく折り畳まれた紙を磐余彦に見せた。
「王命に従わず帰国する豪族あり」
磐余彦が読み上げると、「本当か?」と五瀬命が気色ばんだ。
「ヤマトに暮らす我が祖国の者たちの報せです。間違いないでしょう」
珍彦が肩に止まった鳩を優しく
ヤマト王の暴政に不満が高まっているという噂は、遠く日向にも伝わっていた。
しかし王に服従せずそれぞれの国に戻る重臣がいるとの話は初めて聞く。
それだけヤマトの結束が弱まっているということである。
「なるほど、その鳥は役に立ちそうだな」
磐余彦が興味深げに鳥籠を覗き込んだ。
大陸からの移住者たちは、進んだ技術や知識を倭国の人々に伝えた。
鳩もその一つである。鳩を通信手段として駆使し、日本各地に散らばった仲間との情報網を構築していたのである。
「そなたにこれを渡そう」
磐余彦が珍彦に木の棒を渡した。それは、ここに来るまで隼手が操船に使っていた椎の木の棒だった。つまり、船頭役を珍彦に譲るという宣言である。
「よいのですか?」
珍彦が隼手を見た。隼手は顔を真っ赤にして「あんた、安心」とぼそりとつぶやいた。
「謹んでお請けいたします」
珍彦が椎の木の棒をうやうやしく受け取った。
「これからは
磐余彦が言うと、珍彦改め椎根津彦は一瞬手を止めた。
「不満か?」
「よい名です。ありがとうございます」
口角を僅かに上げ、椎根津彦が深々と頭を下げた。
顔を上げた時にはすっきりと顔立ちまで変わったように見えた。
「珍彦の名はこの地に置いていきましょう」
以後この者を椎根津彦と呼ぶことにする。
速吸之門(豊予海峡)の荒海を一艘の小舟がすいすいと渡っていく。
「おお、全然揺れないぞ」
巧みに舟を操るのは椎根津彦である。旧名「うずひこ」の名は伊達ではない。
ここを流れる潮流は最大時速五・七ノット(十・六キロメートル)、黒潮の平均的な速さ二~三ノットと比べても格段に速い。
流れも複雑で潮汐の干満差も大きいため、細心の注意が求められる。
海上保安庁が発行する『瀬戸内海水路誌』には、「高島と関埼との間の水道は、平瀬、
今日においても瀬戸内海は日本有数の海上交通の難所なのである。
「ありがたい。隼手の時は死ぬかと思ったぜ」
来目の冷やかしに隼手が目を剥き、無言のまま殴りかかろうとする。
「まあそう怒るな」日臣が必死で宥める。
狭い舟の中で喧嘩をされたのではたまらない。
ははは。
ときおり笑い声も起きる中、椎根津彦が操る舟は、磐余彦とその一行を乗せて速吸之門を越えていった。
(第四章終わり)