(二)
文字数 1,614文字
「子供というのは誰をお探しなんですか?」
「子供。そうそう。若者がいなくなってしまって」
「若者? 若者全般という意味ですか?」
「ええ、そうですね。華やかな催しで名が知れればと」
「なるほど。では空飛ぶ金魚というのは?」
「お! さっそくですね。見たでしょう、そこらで」
佐伯は持っていたボールペンで窓の外を指した。その先を見ると大小二匹の金魚が寄り添って泳いでいる。
つんっと叶冬に腕をつつかれ、金魚がいるのかと目で訴えられた。秋葉はこくんと小さく頷いて、金魚の存在を肯定した。
「そこらですか。私には見えませんでしたが」
「ははは。金魚屋には取るに足りませんか。では駅の北口。ショッピングモールにもたくさん飛んでますからご覧になって下さい」
「……そうですか」
「お勧めはモールに入ってすぐのところです。金魚が固まっていますよ」
「分かりました。有難う御座います」
佐伯はくくっと含み笑いをした。いやらしい笑い方に不快感を覚えたが、叶冬にもう一度ぽんっと背を叩かれ秋葉も笑顔を取り繕った。
手続きが済み話を聞いてしまえば佐伯に用は無い。叶冬と秋葉は足早に公民館から離れ、揃って大きなため息を吐いた。
「お疲れ様です」
「ハルちゃんもね」
「町おこしが失敗続きの理由がちょっと分かりました」
「あはは」
あんな振る舞いの佐伯に協力したいと思う人間は少ないだろう。この町に思い入れの無い外部の業者ならなおさらだ。別に叶冬は金魚を貸さなくたっていいのだ。
もしかしたら叶冬に金魚貸出を頼んだのは他の業者に断られたからかもしれない――などと邪推が止まらない。
「ともかくショッピングモールとやらを見てみようか。何か分かるかもしれない」
「はい」
秋葉の考えていることが分かったのか特に意味はないのかは分からないが、叶冬はぽんぽんと秋葉の背を軽く叩いてくれる。何も言わずにっこりと微笑んでいて、秋葉は気を引き締めようと再び背筋を伸ばした。
佐伯から教えて貰ったショッピングモールへ行くと、金魚の異様な状態に秋葉は硬直した。
「多い……!」
「金魚がかい?」
「はい。実家付近の倍以上はいます」
「倍。具体的な匹数は分かるかい?」
「数えられません。でも建物が見えなくなるくらいにはいます」
「そんなにかい? ちなみに二階建てなのは分かるかい?」
「いえ。金魚で壁が見えないので……」
おそらくそこには何らかの建物があるのだろう。だが金魚が見える秋葉の視界ではどんな建物かが分からない。一面びっしりと金魚で埋め尽くされているからだ。中に人がいるのかいないのかも分からない。
「それはかなりもっさりだねえ。この建物は何だか知ってるかい?」
「いいえ。南口の焼き肉屋に行ったことはありますけど、こっちは本当に来たことがないんです」
「ふうん……」
金魚の塊に目をやるが、金魚というより鯉が餌を求めて集まっている様子に似ている。
秋葉が過去見てきた限りでは複数の金魚が同一の行動を取ることはなかった。たまに数匹が一緒にいることはあるがそれでも二、三匹だ。それに無心に何かをしているところも見たことがない。基本的にふよふよと泳いでいるだけで何もしないのだ。
「けどなんでここだけなんでしょう」
「アキちゃんが引っ越したから、とか?」
「え?」
「だってタイミングよすぎないかい? 金魚を見える君が金魚を捕まえたい僕のとこに来た途端に金魚が爆増した報せが来るって」
「それなら俺の実家がこうなると思いますよ」
「まあそうだよね。場所は関係ないのかなあ」
叶冬の言い分も分かるが、秋葉にはあまり自分が関わっているようには思えなかった。
意図的に金魚を集めることができるなら叶冬の言ったとおり直接送り込めば良いし、建物にしか留められないのなら叶冬の金魚屋でも良かったはずだ。
それをしないのならこれは自然発生したということのように感じられた。
「ちょいと他の場所も見てみようか。何か分かるかもしれない」
「は、はい」
「子供。そうそう。若者がいなくなってしまって」
「若者? 若者全般という意味ですか?」
「ええ、そうですね。華やかな催しで名が知れればと」
「なるほど。では空飛ぶ金魚というのは?」
「お! さっそくですね。見たでしょう、そこらで」
佐伯は持っていたボールペンで窓の外を指した。その先を見ると大小二匹の金魚が寄り添って泳いでいる。
つんっと叶冬に腕をつつかれ、金魚がいるのかと目で訴えられた。秋葉はこくんと小さく頷いて、金魚の存在を肯定した。
「そこらですか。私には見えませんでしたが」
「ははは。金魚屋には取るに足りませんか。では駅の北口。ショッピングモールにもたくさん飛んでますからご覧になって下さい」
「……そうですか」
「お勧めはモールに入ってすぐのところです。金魚が固まっていますよ」
「分かりました。有難う御座います」
佐伯はくくっと含み笑いをした。いやらしい笑い方に不快感を覚えたが、叶冬にもう一度ぽんっと背を叩かれ秋葉も笑顔を取り繕った。
手続きが済み話を聞いてしまえば佐伯に用は無い。叶冬と秋葉は足早に公民館から離れ、揃って大きなため息を吐いた。
「お疲れ様です」
「ハルちゃんもね」
「町おこしが失敗続きの理由がちょっと分かりました」
「あはは」
あんな振る舞いの佐伯に協力したいと思う人間は少ないだろう。この町に思い入れの無い外部の業者ならなおさらだ。別に叶冬は金魚を貸さなくたっていいのだ。
もしかしたら叶冬に金魚貸出を頼んだのは他の業者に断られたからかもしれない――などと邪推が止まらない。
「ともかくショッピングモールとやらを見てみようか。何か分かるかもしれない」
「はい」
秋葉の考えていることが分かったのか特に意味はないのかは分からないが、叶冬はぽんぽんと秋葉の背を軽く叩いてくれる。何も言わずにっこりと微笑んでいて、秋葉は気を引き締めようと再び背筋を伸ばした。
佐伯から教えて貰ったショッピングモールへ行くと、金魚の異様な状態に秋葉は硬直した。
「多い……!」
「金魚がかい?」
「はい。実家付近の倍以上はいます」
「倍。具体的な匹数は分かるかい?」
「数えられません。でも建物が見えなくなるくらいにはいます」
「そんなにかい? ちなみに二階建てなのは分かるかい?」
「いえ。金魚で壁が見えないので……」
おそらくそこには何らかの建物があるのだろう。だが金魚が見える秋葉の視界ではどんな建物かが分からない。一面びっしりと金魚で埋め尽くされているからだ。中に人がいるのかいないのかも分からない。
「それはかなりもっさりだねえ。この建物は何だか知ってるかい?」
「いいえ。南口の焼き肉屋に行ったことはありますけど、こっちは本当に来たことがないんです」
「ふうん……」
金魚の塊に目をやるが、金魚というより鯉が餌を求めて集まっている様子に似ている。
秋葉が過去見てきた限りでは複数の金魚が同一の行動を取ることはなかった。たまに数匹が一緒にいることはあるがそれでも二、三匹だ。それに無心に何かをしているところも見たことがない。基本的にふよふよと泳いでいるだけで何もしないのだ。
「けどなんでここだけなんでしょう」
「アキちゃんが引っ越したから、とか?」
「え?」
「だってタイミングよすぎないかい? 金魚を見える君が金魚を捕まえたい僕のとこに来た途端に金魚が爆増した報せが来るって」
「それなら俺の実家がこうなると思いますよ」
「まあそうだよね。場所は関係ないのかなあ」
叶冬の言い分も分かるが、秋葉にはあまり自分が関わっているようには思えなかった。
意図的に金魚を集めることができるなら叶冬の言ったとおり直接送り込めば良いし、建物にしか留められないのなら叶冬の金魚屋でも良かったはずだ。
それをしないのならこれは自然発生したということのように感じられた。
「ちょいと他の場所も見てみようか。何か分かるかもしれない」
「は、はい」