(一)

文字数 1,734文字

 何となく土日の予定を空けておくようになってから三回目の土曜日。
 予定は無いがなんとなく早起きをして、八時前には寝間着のままパソコンを立ち上げていた。調べたいことがあるわけでも、見たい動画があるわけでもない。
 欲しいものがあるわけでもないのに通信販売のサイトを見るけれど、結局何もせずパソコンを閉じた。
 ため息を吐いてぼうっとしていると、やはり頭に浮かぶのは叶冬の言葉だった。

『アキちゃん双子だったろう。それも死産か、物心つく前に亡くなってる。違う?』

 あれは金魚が魂だという前提を元にした予想にすぎない。秋葉のことを調べていたわけではなく、ただ叶冬が人の斜め上をいく発想をしただけだ。
 そう思うものの不信感が拭えず、金魚の話を親身に聞いてくれる貴重な人間と距離を取ってしまった。
 謝ろうか、けど何を謝ったらいいんだ。謝らずともあそこは神社と喫茶店と水族館という、客として行くことのできる場所だ。いっそ何も考えず乗り込んでしまおうか。
 そんなことを考えながらもスマートフォンでアプリゲームを立ち上げログインボーナスを獲得しようとしたその瞬間、同時にメッセージの受信を告げる音楽が鳴った。

「うわっ」

 あまりにもタイミングが良くて思わずスマートフォンを落としてしまった。割れてないか焦ってモニターを確認すると、表示されているメッセージ送信者は――

「……店長?」

 このタイミングの良さ、まるで盗撮でもされている気分だ。そんなわけはないだろうけれど、なんとなく部屋をきょろきょろと見回してしまう。
 おそるおそるメッセージを開くと、そこにはいかにもあの男らしい内容が書かれていた。

『金魚が金魚とごちゃまぜでぴかぴかするから黒猫喫茶においで』

 何も分からなかった。
 きっといつものように着物を羽織って大仰なアクションで周りから白い目を向けられているのだろう。声に出してメッセージを打ってそうだ。
 三十五歳にもなって子供のような振る舞いをする男を思い出すと、ついつい吹き出し笑ってしまう。

「黒猫喫茶って金魚屋の隣のあそこだよな……」

 金魚屋の隣に猫とは恐れ入る。
 しかも喫茶店で金魚の何をするというのだろうか。とても水槽を運び込んでイベントができるほどの広さは無い。けれどぴかぴかと言うからには光るのだろう。光る物を見せてくれるということだろうか。
 外を見ると、九月になったばかりの今日は日が強い。薄着の方が良さそうだが、手持ちの夏服はTシャツしかない気がする。それではあの男の横に立つにはあまりにもバランスが悪いけれど、だからといって着物を羽織る気にはなれない。そもそもあの着物はオールシーズン羽織っているのだろうか。

「いやいや、何考えてんだ」
 秋葉はぱっぱっと空中をかき混ぜ思考を払った。考えるのなら服装じゃなくて行くか行かないかだろうに。
「……取り合えず行くか」

 何も考えず乗り込んでしまおうか。そう思っていたのだからこれは良い口実だ。
 秋葉はクローゼットに飛びついて、まるで新品のような半袖のワイシャツがあることに気が付いた。確か大学に入学した当初は着ていたが、次第に堅苦しくて面倒になり着なくなったものだ。そのくせ何を考えていたのか、クリーニングにまで出している。

「これにするか……」

 あの男は奇天烈だが、着物を脱いだその下はきちんとした服装をしている。
 いつも黒いベストにパンツだが、生地は様々で同じ物を着ていたことはない。いざとなれば礼儀正しいことを思うと、本当はちゃんとした人間なのかもしれない。
 秋葉はノリでパリッとした着なれないワイシャツを手に取った。
 着心地の悪いワイシャツに少し後悔しながら黒猫喫茶に到着すると『閉店』のプレートが出ていた。

「あれ? 休み?」

 てっきり新しい展示でもやっているのだろうと思ったが、喫茶店の中は静まり返っている。金魚屋の方へ行ってみたがこちらも『休業日』とプレートが出ていて誰もいない。
 どうしたものかとうろうろしていると、後ろからどんっと二回ほど何かがぶつかってきた。

「痛っ! なん」
「どわ~~~~~~~!」
「わ~~~~~~~い!」
「わああああ!」

 勢い余って転んでしまい、叫び声の主を振り向くとそこには見覚えのある男がいた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み