(五)

文字数 686文字

 ――仲間だ。

 若干、いやかなり奇異な男ではあるがそれでも同じ視界を持つ人間なんて他にはいない。秋葉は歓喜で頬がほころんでいくのが分かった。
 秋葉は期待で目を輝かせた。しかし金魚屋の男から帰って来た言葉は秋葉の肩を透かした。

「いいや、まったくさっぱりこれっぽっちも見えないよ」
「え……」 
「だから教えておくれよ。金魚ってえのはなんなんだい?」
「知ってるんじゃないんですか?」
「知らないから聞いているんじゃあないか」
「でも金魚を消せる金魚鉢って」
「そうそう。そうだよ。確かそうだったんだ確か違うかもしれないけど確か」
「……え?」

 からかわれたのか。
 ようやく見つけた仲間だと思ったのに、秋葉は脱力して椅子にどっかりと座り直した。
 それにしても空を飛ぶ金魚がいるなどという発想はどこから来たのだろうか。それは子供ですら笑い飛ばす愚かな話であることは秋葉が誰よりも理解している。
 けれど祭りで初めて会った時、確かにこの男は『君はこの金魚が見えるかい?』と右肩を指差した。あれはカマを掛けられただけということなのか、それともまだ何か試されているのだろうか。

「さあさあさあさあさ! お話をどうぞ!」
「え、いえ、あの、何なのかは僕も知りたいんですけど……」
「ええ? だって見えるんだろう?」
「見えるだけです。触れるわけでも喋れるわけでもないし」
「え~! なんだいなんだい! 期待外れだ! 君は金魚の少年ではないのか!」
「何ですか金魚の少年って……」

 期待外れはこっちだ、と言いかけて止めた。
 見えるわけじゃないとしても、空を飛ぶ金魚がいることを知っているのだ。とても偶然とは思えない。
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