(二)

文字数 1,590文字

 商店街には幾つもの店が並んでいるが、そのほとんどがチェーン店だ。
 こういう店はバイトの入れ替わりも多いだろうし、となると何かあったとしても見ていない可能性が高い。ならば絶対にここらを見てきたであろう、バイトのいない老舗の方が情報源としては良いだろう。
 長い月日が刻まれた古い建物の煎餅屋に入ると、中には全て手作りの煎餅が所狭しと並んでいる。
 店員はおらず、すみません、と声をかけると中から老齢の男性がゆったりとやって来た。

「いらっしゃい。おや? あんたら確か……」
「先日はタオルを有難うございました。大変助かりました」
「いやいや、あんな馬鹿なことに付き合わされて申し訳ない限りです」

 叶冬はいつの間にか着物を脱いだのか、ベストとパンツというスッキリとした好青年風へと姿を変えていた。
 やはり時と場合によっては着物を脱ぐのだろう。こういうところを見ると、真実ふざけた人ではないように思える。

「今日は何かお探しで?」
「あ、ちょっと聞きた」
「ええ。実は夏休みで甥と姪が遊びに来るんです。十歳と十二歳なんですが、子供にも好まれるのはどれでしょう」
「お子さんね。なら色の綺麗なあられとか、詰め合わせがいいんじゃないかね。楽しいでしょう」
「なるほど、確かにそうですね。ではこの大粒あられ十粒入りを二つと七種類二十三個の詰め合わせを一つお願いします」
「有難うございます。ちょっと待ってね」

 話を聞いて立ち去るつもりだったが、それでは単なる冷やかしだ。これが喫茶店だったら何かしらを注文するし、買い物をするのは礼儀だろう。秋葉も新商品と書かれている星やハート形の煎餅五枚入りの袋を買うことにした。
 店主は嬉しそうにして梱包をし始めたが、その合間に叶冬はさらりと話を始めた。

「こんな良い店を知らなかったなんてもったいないことをしたなあ。ねえ、ハルちゃん」
「ハル? あ、ああ、そうですね。お中元前に来たかったですね」
「まったくだね。ところでご店主。向かいの空きビル、前は何があったんですか? こんな立派な店の向かいだというのに、あれじゃあ景観を損なってしまう」
「スーパーだよ。まあ仕方ないね。あんなことがあったんだし」
「あんなこと?」
「知らない? 強盗が入ってたくさん人が亡くなったんだよ」
「……へえ。そうだったんですか。それはいつごろ?」
「去年の始め頃かな。オーナーの娘さんは行方不明らしいし、再開は無理だろうね」

 金魚が幽霊であると考えてきた秋葉は金魚が群がるのは事故物件かもとは思っていたが、それよりも重いエピソードに秋葉は思わず息を呑んだ。
 言われて見てみれば秋葉でも見える建物の足元に花が添えてあった。ここで亡くなった人への花だろう。
 店主から煎餅を受け取ると、叶冬は店から出た途端にあられの袋を開けてぽいぽいと口へ放り込んだ。眉間にしわを寄せながら秋葉の口にもどんどんあられを押し込んでいく。

「アキちゃんはなあんでそんな重大事件を知らないんだい」
「……げほっ。だって去年て俺もう引っ越してますよ」
「ん? なんだって?」
「だから、引っ越しました。大学始まる前に」

 叶冬は急に真面目な顔をして、ふうん、と真面目な顔をした。

「アキちゃんはいつから金魚が見えるようになったんだい?」
「生まれつきです。鳥みたいに空にいて当たり前だと思ってました」
「きっかけがあったわけじゃなくて?」
「違います。むしろ見えない方が不思議です、俺には」
「へー……」

 袋に残っていたあられ三粒のうち二粒を一気に口へ放り込みばりばりと食べ尽くすと、最後の一粒をむいっと秋葉の口に押し付けた。
 普通に渡してくれないかと思いつつそのまま食べると、叶冬がするりと頬を撫でてくる。これは癖なのだろうか。人前でされるとさすがに恥ずかしくて一歩後ずさるが、叶冬の言葉に秋葉は足を止めた。

「もしかしてアキちゃん、双子だった?」
「は?」
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