(三)

文字数 2,011文字

「空飛ぶ金魚って何かに共通する伝説なの? 店長も空飛ぶ金魚の話するけど、偶然一致する話じゃない気がするんだけど」
「それ言うならアンタは何なんだよ。見えるって言ってるアンタの方が何なんだっての」
「それは、そうだけど」
「神威君のお父さんは楽曲のアイディアだよ。当時そういうアクアリウムが流行ってたんだ」
「金魚の? この前の、あれみたいな?」
「そう。結構派手で、それをモチーフにしたって言ってた。だから僕らもアクアリウム行ってみようかって」
「アクアリウム……」

 秋葉はアクアリウムという物には特別な思い入れはないし、それが空飛ぶ金魚の発生に結びつくとは思っていなかった。
 単に水族館が形を変えた程度にしか考えていなかったが、もしかすると叶冬が元々金魚を紐づけていたのはアクアリウムのほうだろうか。
 神威の父親ならば、若ければ叶冬とも年が近いだろう。ならば同じようにアクアリウムを見ていた可能性はある。だとしても、叶冬は『空を飛ぶ金魚』自体に何かしらの意義を見出しているようではある。アクアリウムの方に意味があるとは思えない。 

「ねえ、お父さんて今何してるの? 会えたりしない?」
「あー、無理。去年死んだ」
「あ、ご、ごめん。無神経なことを言ったね」
「いいよ。気にしてない。その代わりまたライブ見に来てくれよ。オッサン連れて」
「それは約束できかねるけど、声はかけてみるよ」

 まず無理だろう。けれど神威の父が金魚を見ていたという話は気になるはずだ。
 本当か嘘かは分からないが、無視するには妙な一致が多い。しかしアクアリウムに意味があって意図的に叶冬がそれを隠していたとしたら、全てを素直に話してしまうのはどうなのだろうか。
 結局どうして叶冬が秋葉の弟の存在を言い当てたのか、しっくりと来たわけではない。

「なあ、聞いていい?」
「何?」
「あんたは本気で言ってんの? 金魚が見えるってバカな話」
「ちょっと、神威君。言い方」

 馬鹿な話とはその通りだ。依都は気を使ってくれたようだが「言い方」と窘めるというのは馬鹿にしているということだ。
 結局この二人にとって金魚というのは作り話で、本気になっている秋葉と叶冬は馬鹿な人間なのだろう。
 けれどここで言い返すこともできなかった。それは馬鹿にされるのが恥ずかしいからではない。神威の傍を一匹の金魚がずっと泳いでいるからだ。
 叶冬の説を信じるのなら、この金魚は神威に関わった誰かの魂ということになる。そして金魚が見えると言った彼の父は亡くなっているという。だからどうとは言い切れないが、それでもこの金魚の前で金魚の存在を否定する言葉を言うのは躊躇われた。

「悪い悪い。ンなマジな顔すんなって。俺の傍飛んでるとか言うから気になっただけ」
「僕らもPV撮る時それくらい打ち合わせしなきゃだね」
「おー。そうだな」

 からかうだけからかうと、神威と依都はまたな、と言って去っていった。
 あらゆることが消化不良で、秋葉はその場にしゃがみ込んでため息を吐いた。するとその時、ふと秋葉の周辺が何かの陰で暗くなった。

「アーキ―ちゃんっ」
「紫音ちゃん」
「どうしたの? 貧血?」
「ううん。ちょっと疲れただけ。店長は? 帰ったんじゃないの?」
「分かんない。かなちゃんマンションで一人暮らししてるから」
「ああ、そうなんだ」

 神社も金魚屋も黒猫喫茶も同じ敷地内にあるから実家で住んでいるのだろうと思ったがそうではないようだ。
 たしかにあの男が一家団欒している姿はあまり想像つかない。していたら逆に面白いかもな、と想像したら面白くなって笑ってしまった。

「……ねえ、アキちゃん。金魚って人にくっついてることもあるの?」
「あるよ。何でかは分からないけど」
「かなちゃんには? 金魚いる?」
「店長? ううん。いないよ」
「そう……」

 紫音は何故かほっとしたようにため息を吐いた。
 神威と依都とは逆に、完全に金魚を信じているようだ。叶冬が金魚に積極的なせいで忘れていたが、どちらかといえば神威と依都が普通で紫音のような反応は珍しいのだ。
 では金魚を信じている紫音がここでほっとするというのは――

「店長の周りで死んだ人がいるの?」

 ぴくりと紫音は小さく震えた。しまった、と言ってから口を押えても遅い。
 紫音はくすっと笑って小さく首を振った。

「いないならいいの」

 紫音はそれだけ言うと、じゃあね、と手を振って神社の境内を走って行った。
 神威と依都の話はただの嘘だった。それで終わりだ。どうせ彼の父がどうこういうのもパフォーマンスか何かにすぎないだろう。

(それでも彼等は金魚が見える俺の所に来た。それも金魚を探してる店長のいる場所で。これが本当に偶然なのか……)

 いかにもな嘘だった。とてもわざとらしく、推理小説の様にすっきりする真相でもない。

(どれが嘘だろう。誰の、何が)

 まるで何かを誤魔化されているようで、秋葉は何とも言えない不安にかられていた。
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