(五)

文字数 866文字

「あのう、だ、大丈夫ですか」
「大丈夫ではないですけど……」
「も、申し訳ない。改善しておきます。それで、あのう……金魚の引き取りは……」
「はあ?」

 この状況でよくもそんな話ができたものだ。思い切り馬鹿にしたような返しをしてしまったが、それを反省する間もなく叶冬はうがあと叫んだ。

「お断りだ! うちは選び抜かれた金魚のみしか入れない高貴な金魚屋なんでね!」
「へ?」
「ああそうだ。すまないが貸出はキャンセルだ。金魚にこんな仕打ちをする男にうちの子たちは貸せない」
「ええ? そんな、困ります。もうイベントは決まってるんです」
「他の業者をあたりたまえ。『金魚』『レンタル』で検索すればどっかしらヒットするだろう」
「ちょ、ちょっと待って下さい。そんな急に」
「さあさあ帰るよハルちゃん!」
「あ、は、はい」

 礼儀正しい叶冬はどこへやら、佐伯の手を振りほどいてガニ股でどすどすと駅へと向かって行った。
 さすがに佐伯が気の毒には思うが、埃も降るだろうし日差しも強いあんな中空に金魚を放置するなんて、貸したら丁寧に扱ってはくれないことが立証されたようなものだ。空飛ぶ金魚の当てが外れて残念というのを差し引いても、貸し出しはしたくないだろう。
 柱に括りつけられている金魚を見上げると、陽が落ち始めているのに気が付いた。こんなくだらない着地をするために一日を費やしたのかと思うと秋葉も脱力してしまった。

「今日はここまでだね。金魚の塊調査はまた今度にしよう。週末は暇かい?」
「え?」
「あ、平日の方が良いかね?」
「い、いえ。土日の方が。じゃなくて、あの、また一緒に来てくれるんですか?」
「当り前じゃあないか。君がいなきゃ調べられないよ」

 叶冬につむじをぐりぐりと押され、まるで秋葉の方がおかしなことを言っているように頬を膨らませている。
 まるで遊んでもらえず拗ねている子供のようだ。

「アキちゃんの休日は僕におよこし! 金魚調査だよ! いいね!」
「……頑張ります」

 秋葉はぐしゃぐしゃと髪を掻き回されながらカレンダーアプリを立ち上げ、土日に『金魚屋』と登録をした。
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