(二)

文字数 1,537文字

「あーあ。速攻でバレちゃった」
「ほら見ろ。だから言ったじゃねーか」
「なんだいなんだい! 何なんだい!」
「やっぱり。嘘だよね」
「そうだよ。単なるパフォーマンス」
「え~!? じゃあ見えるってえのも襲われたのも嘘かい!?」
「そう。嘘。あはは」
「でもあの怪我は? 噛みつかれたみたいな痕の」
「あー、あれは真面目な怪我。俺の衣装に肩当付いてるんだけど、内側の金具が刺さったんだよ。安物は駄目だな」
「こ、この野郎……」

 確かに、ライブでの彼らの衣装はゲームのようなテイストだった。そんなものを身に付けたことのない秋葉には思いつきもしない怪我だ。
 大した怪我ではないのは喜ばしいが、そのせいで悪夢まで見た秋葉にしてみればいい迷惑でしかない。

「なんだよ! なんでそんな期待持たせる嘘吐いたんだい! 信じたじゃないか!」
「それそれ。信じてほしかったんだよ。リアリティあるか実験。今日は頼みがあって来たんだ」

 神威はスマートフォンを取り出し音楽を流し始めた。
 和楽器を使っているのだろうか。和風の楽曲でお祭りで流れてきそうな曲だ。

「俺らの新曲。和をテーマにしてんだ」
「まあそんな感じだね。とてもありきたりでつまらん」
「店長黙って」
「ばーか。これにうちのボーカルが歌付けたら最高なんだよ。でな、今回はPVにも凝りたいんだ」
「……ああ、なんか読めてきた」
「なにがだい?」

 はあ、と秋葉はため息を吐いた。
 PVということは動画だ。凝りたいということは本物志向、もしくは見栄えの良さを追求したいということだろう。
 そこにきて叶冬に目を付けたとなると、その目的は一つだ。

「店長にPV出て欲しいんでしょう。顔良いし神社だし金魚だし、着物羽織ってていわくつきなイメージもあるし」
「話分かるじゃん」
「俺が分かっても。そもそも関係無いし」
「何だよ。保護者なんだろ?」
「店長が言ってるだけだよ。血縁じゃないし付き合いが長いわけでもないし」
「血縁であってもかなちゃんは人の言うことなんて聞かないわよ」

 全員がちらりと叶冬を見た。
 叶冬は整った顔をぐしゃぐしゃに潰して、んえ~と汚い声で唸った。

「帰れ! 帰れ帰れ帰れ帰れぇ! つまらーん!」
「そこを何とか」
「断る! そんな面白くないことはやらん!」
「ほー。じゃあ妹ちゃんはどうだ」
「え? 私?」
「御縁神社の美少女巫女さんだって負けず劣らず噂だしな。どう」
「だぁめぇだああああ!」
「オッサンには聞いてないって」

 駄目だ駄目だと叶冬は暴れ、それでも依都と神威は諦めずに粘った。これ以上されてなるものかと、家に戻ってなさい、と叶冬は紫音を追い出した。

「お前らも帰れぇ! 僕も帰る! アキちゃんも帰りなさい!」
「え、あ、はあ」

 叶冬は依都と神威、秋葉も黒猫喫茶から放り出すとがちゃんと鍵をかけ、ぷいっと背を向けどこかへ去っていった。
 そういえば家はどこなんだろうとぼんやり思っていると、つんつんと神威に腕を突かれる。

「なあ、仲取り持ってくれよ」
「嫌だよ。ていうか紫音ちゃんに手出したらもう無理だよ」
「へー。シスコンなんだ」
「大事にしてるんだよ。ていうか何でこんなチープな嘘吐いたの? 大袈裟な遠回りしたわりに真相もしっくりこないよ。普通に出演交渉すればよかったじゃない」
「ああ、そりゃ親父の真似だ。俺の親父が大学のころそういうネタで配信したら大当たり」
「え!? お父さん金魚見えるの!?」
「だから、ネタ。本当に見てたわけじゃねえだろ、んなモン」
「ネタ……?」

 思わぬところに話が飛び、秋葉は叶冬の去った方を見た。しかし既に叶冬はおらず、ああ、と肩を落とす。
 ただのネタだろうか。これがよくある学園七不思議やら都市伝説ならともかく、金魚が空を飛んでいるというネタを扱うだろうか。
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