(四)
文字数 1,582文字
翌日の祭り二日目、秋葉は再び御縁神社へやって来ていた。
もちろん目当ては名物店主だ。しかし夕方になれば客が押し寄せるだろう。そうなる前に話をしようと、授業をサボって明るいうちに屋台へやって来た。
狙い通り、屋台を開く準備をしている店主にはまだ誰も群がっていない。
秋葉はよし、と気合を入れて店主に声をかけた。
「こんにちは」
「ん? おや? おやおや? 何しに来たんだい、金魚すくえない少年」
「……水槽の外に金魚がいるんですか?」
「その発言こそうちの金魚をすくう価値がない証明だ。帰りたまえ!」
あっはっは、と店主は高笑いをして秋葉の頬をぺちぺちと叩く。
はたから見れば会話がかみ合っておらず、馬鹿にされているように見えるだろう。けれど秋葉には金魚を見ることのできる人間を探している言葉に聞こえた。
そうなら話を聞いてみたいが、秋葉から「空飛ぶ金魚が見えますか」と手の内を明かしてしまったら適当に話を合わされてしまう可能性もある。
――ひっかけてみようか。
頬を叩いてくる手を掴み返し、秋葉は店主を真似てにこりと穏やかそうに微笑んで見せた。
「お祭りだと金魚もたくさん来ますか?」
「……うん?」
ぴたりと店主は頬を叩く手を止めた。
整った眉が少しだけ歪んだのを見逃さず、秋葉はごくりと喉を鳴らした。
「ああいうのに巻き込まれないか気になっちゃいませんか」
秋葉は一足早く店を開けている綿飴屋を指差した。母親に手を引かれた兄弟がきゃっきゃとはしゃいでいる。
綿飴を作る機械の中でぐるぐる、ぐるぐる、と綿飴が回っている。
子供のころ秋葉は綿飴の屋台が苦手だった。この回転に金魚が巻き込まれたらどうなるのだろうと思うと怖かったのだ。同じように金魚を見れるのなら、きっと店主もそうに違いない。
何かしらの反応を見せるだろうと思ったが、店主はめまいを起こしたようにぐらりと身体を大きく揺らして地面へと倒れ込んだ。
「え!? だ、大丈夫ですか!?」
「う……」
想像していなかったリアクションに秋葉は慌てて店主に駆け寄った。
あんな挑戦的に金魚を指差していたくせに、話をしただけで倒れるなんてありえないだろう。一体何が原因なのか分からず慌てていると、店主の後ろに金魚が三匹ほど固まっていた。
ふよふよと泳いで店主の背にすり寄っている。人間についていく金魚はいるが、だからといって倒れるようなところは見たことが無い。
しかしこの男が金魚に関わる特別な人間だった場合は分からない。その他大勢とは違う何かがあるのかもしれない。
「お前ら! この人に何かしたのか!」
秋葉は思わず店主を抱きかかえ金魚を払うように手を振り回した。
「あっちへ行け! 行けよ!」
いくら振り払っても金魚は店主から離れない。触れないのだから当然だが、それでも放っておくことはできない。
どうしたらいいか分からずにいると、金魚のさらに向こう側から一人の少女が走って来る姿が見えた。少女はぐったりとした店主に駆け寄った。
「かなちゃん! しっかりして!」
少女は巫女の装束だった。年齢はおそらく秋葉とそう変わらないだろうが、この神社の職員だろうか。
かなちゃんというのは店主の愛称だろうか。容姿に合っているような合っていないような、どちらともいえない微妙なネーミングだ。
「だから綿飴屋さんの近くは止めてって言ったのに」
「どこかに運びますか? 救急車の方がいいかな」
「少し休めば大丈夫。かなちゃん回る物が苦手なの」
「回る物?」
「うん。ぐるぐるって」
綿飴屋を見ると、当然だが綿飴を回している。あれが怖いのだろうか。
回転恐怖症とは聞いたことのないものだがそういうこともあるのだろう。何となく気になるが、病人を前に興味本位で追及するのは憚られた。
少女に店主を任せて出直そうと立ち上がったが、その時ぐいっと強く腕を引っ張られた。
もちろん目当ては名物店主だ。しかし夕方になれば客が押し寄せるだろう。そうなる前に話をしようと、授業をサボって明るいうちに屋台へやって来た。
狙い通り、屋台を開く準備をしている店主にはまだ誰も群がっていない。
秋葉はよし、と気合を入れて店主に声をかけた。
「こんにちは」
「ん? おや? おやおや? 何しに来たんだい、金魚すくえない少年」
「……水槽の外に金魚がいるんですか?」
「その発言こそうちの金魚をすくう価値がない証明だ。帰りたまえ!」
あっはっは、と店主は高笑いをして秋葉の頬をぺちぺちと叩く。
はたから見れば会話がかみ合っておらず、馬鹿にされているように見えるだろう。けれど秋葉には金魚を見ることのできる人間を探している言葉に聞こえた。
そうなら話を聞いてみたいが、秋葉から「空飛ぶ金魚が見えますか」と手の内を明かしてしまったら適当に話を合わされてしまう可能性もある。
――ひっかけてみようか。
頬を叩いてくる手を掴み返し、秋葉は店主を真似てにこりと穏やかそうに微笑んで見せた。
「お祭りだと金魚もたくさん来ますか?」
「……うん?」
ぴたりと店主は頬を叩く手を止めた。
整った眉が少しだけ歪んだのを見逃さず、秋葉はごくりと喉を鳴らした。
「ああいうのに巻き込まれないか気になっちゃいませんか」
秋葉は一足早く店を開けている綿飴屋を指差した。母親に手を引かれた兄弟がきゃっきゃとはしゃいでいる。
綿飴を作る機械の中でぐるぐる、ぐるぐる、と綿飴が回っている。
子供のころ秋葉は綿飴の屋台が苦手だった。この回転に金魚が巻き込まれたらどうなるのだろうと思うと怖かったのだ。同じように金魚を見れるのなら、きっと店主もそうに違いない。
何かしらの反応を見せるだろうと思ったが、店主はめまいを起こしたようにぐらりと身体を大きく揺らして地面へと倒れ込んだ。
「え!? だ、大丈夫ですか!?」
「う……」
想像していなかったリアクションに秋葉は慌てて店主に駆け寄った。
あんな挑戦的に金魚を指差していたくせに、話をしただけで倒れるなんてありえないだろう。一体何が原因なのか分からず慌てていると、店主の後ろに金魚が三匹ほど固まっていた。
ふよふよと泳いで店主の背にすり寄っている。人間についていく金魚はいるが、だからといって倒れるようなところは見たことが無い。
しかしこの男が金魚に関わる特別な人間だった場合は分からない。その他大勢とは違う何かがあるのかもしれない。
「お前ら! この人に何かしたのか!」
秋葉は思わず店主を抱きかかえ金魚を払うように手を振り回した。
「あっちへ行け! 行けよ!」
いくら振り払っても金魚は店主から離れない。触れないのだから当然だが、それでも放っておくことはできない。
どうしたらいいか分からずにいると、金魚のさらに向こう側から一人の少女が走って来る姿が見えた。少女はぐったりとした店主に駆け寄った。
「かなちゃん! しっかりして!」
少女は巫女の装束だった。年齢はおそらく秋葉とそう変わらないだろうが、この神社の職員だろうか。
かなちゃんというのは店主の愛称だろうか。容姿に合っているような合っていないような、どちらともいえない微妙なネーミングだ。
「だから綿飴屋さんの近くは止めてって言ったのに」
「どこかに運びますか? 救急車の方がいいかな」
「少し休めば大丈夫。かなちゃん回る物が苦手なの」
「回る物?」
「うん。ぐるぐるって」
綿飴屋を見ると、当然だが綿飴を回している。あれが怖いのだろうか。
回転恐怖症とは聞いたことのないものだがそういうこともあるのだろう。何となく気になるが、病人を前に興味本位で追及するのは憚られた。
少女に店主を任せて出直そうと立ち上がったが、その時ぐいっと強く腕を引っ張られた。