(三)

文字数 871文字

「ようこそ金魚屋へ。君が来るのを待っていたよ」
「……え?」

 どくんと心臓が跳ねた。
 みれば足元には金魚が泳ぐ水槽。金魚すくいの屋台のようだった。

「君はこの金魚が見えるかい?」

 この金魚、と店主が指差したのは水槽ではなかった。
 右肩だ。店主は彼の右肩を指差したのだ。
 客は冗談だと受け取ったようで、皆面白そうに笑った。だが秋葉にとっては笑える冗談ではなかった。
 右肩にいるのだ。金魚が一匹、泳いでいるのだ。

 ――見えているのか、金魚が。

 ぐらぐらと頭が揺れた。揺れている気がする。そう、まるで宙を揺蕩う金魚のように。
 つうっと秋葉の頬を一筋の汗が伝った。何か言わなくてはと唇を揺らしたが声が出ない。餌を待つ鯉のように口をはくはくとさせていると、がしっと隆志が肩を組んできた。

「これが名物! このオッサンいつもこれ言ってんだよ」
「オッサンだとぅ!? 僕はまだ三十五だあ!」
「え」

 秋葉は二つのことに驚いた。
 一つは三十五という年齢だ。どうみても二十代で、大学の敷地内を歩いていても違和感はないだろう。
 もう一つは口調だ。この整った容貌から出てくるとは思えないふざけた喋り方で、大きな身振り手振りでみっともなく騒ぐ姿は一人でミュージカルでもやっているかのようだ。
 秋葉は呆然と立ち尽くしていると、店主はくすりと微笑みもう一度右肩の少し上を指差した。

「どうだい。君はこの金魚が見えるかい?」
「い、いえ、見えま、せん」
「なあんだ! つまらない! ああつまらない! 実につまらない!」

 店主は大きなため息を吐くと、秋葉の額をぴしゃりと叩いた。

「君は金魚をすくう価値が無い! ようし! 出て行け!」

 そう言うと、店主は秋葉と隆志を屋台から放り出した。
 そしてその後もどんどん客が放り出され、女性客がぐるぐると周回している。

「あの店で金魚すくいやらせてもらえた奴いねーんだと。何で店出してんだって話よ」
「あ、ああ、そうだな」

 秋葉は直感的に判断した。
 きっと目的は金魚すくいではないのだ。

『君はこの金魚が見えるかい?』

 目的は、金魚が見える人間を探すことだ。
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