(二)
文字数 1,590文字
ここは秋葉の地元ではない。大学に入ってから引っ越してきたので、この付近の行事にはあまり詳しくはなかった。そのため隆志や友人はあちらこちらを紹介してくれる。
今回も「見せたいものがある」「初見は絶対驚く」と含み笑いをしていたが、実を言えば少し困ってもいた。
金魚が幽霊の類ならば神社や墓場には多いのではと考えている。実際そうかというとそうではないのだが、何となく近付かないようにしている。御縁神社に来たことがないのもそのせいだった。
けれど、ここまで隆志が楽しそうにするのならさぞ地元の自慢となるものなのだろう。それに友人と遊べるのは楽しい。金魚なんて無視すればそれでいいと振り切って、着なれない浴衣と初めてのお祭りに胸を躍らせた。
しかし案内された先にあったものは秋葉の脚を震え上がらせた。
「これ……」
「凄いだろ! 御縁神社ご自慢の大水槽!」
そこにあったのは数えきれないほどの水槽だった。
水槽群はぐるりと人間を見下ろすように取り囲んでいるが、その全てに金魚が入れられている。
形状は立方体や円柱など様々だ。並びは子供が適当に積んだ積み木のようで、だがおそらく計算し尽くされた配置は美術館のように美しい。
水槽の水には敷地内を彩る赤い提灯の光が差し込み、それを反射する金魚はまるで宝石のようだ。
昼から夜へと移り行く空の色が透ける水槽群の美しさに人々は感嘆の声を上げているが、秋葉の脚はがくがくと震え出していた。
「……何で金魚なの」
「さあ。そういう演出?」
「そう、なんだ……」
「んで! もう一個名物あんだよ! こっちこっち!」
秋葉は数多の金魚に圧倒され動けずにいたが、隆志が肩を組んで進行方向をぐるんと変えた。
この自由奔放な強引さに振り回されることも多いが、今はその強さが頼もしい。秋葉は隆志の腕にしがみ付き、逃げるように水槽群を後にした。
隆志が向かったのは屋台が立ち並ぶ大通りだった。綿飴やりんご飴など、お祭りでしか見ない屋台に目移りした。
しかし隆志は名物とやらに向かってずんずんと進んでいく。
「いたいた! あそこ!」
「何あれ。名物屋台?」
「屋台っつーか、店のオッサンの方!」
「オッサン?」
隆志の指差したのは一つの屋台だった。
そこはなんの屋台だか分からないほど人が群がっているが、おそらく女性向けの店だろう。何しろ客は全て女性だ。十代の若い少女もいれば子供連れの母親もいて、きゃあきゃあと黄色い声が飛び交っている。
「おー、毎年恒例」
「何屋?」
「お! 気になっちゃった!」
「ならないでか」
「ははっ! よし! 行くぞ!」
「え? あの中に?」
「直に見なきゃ駄目なんだって!」
「わ、分かった分かった」
女性ばかりの中に遠慮なく突っ込んでいく隆志に手を引かれ、人を掻き分け秋葉はぽんっと最前列へ顔を出した。
視界に飛び込んできたのは黒地に色鮮やかな菊水が描かれた女性用の着物だった。しかし袖は通されておらず肩にかけて羽織られているだけだ。服はワイシャツに黒いベスト、ノータックで細身の黒いパンツを履いている。
男だ。女性用の着物を羽織っているのは男だった。
どういうつもりの服装か分からずちらりと顔を見ると、女性が歓声を上げている理由がすぐに分かった。
隆志がオッサンと呼んだその男は同性でも目を奪われるほどの美貌だった。イケメンというよりは美人、格好良いというよりは綺麗。だが女に見えるわけではなく、しかし男と断定するには迷う。なんとも形容しがたいその美しさに秋葉は思わず息を呑んだ。
肩につかない程度に長い髪をハーフアップにするという現代風の髪型だが、しかしとろりとした薄墨色をしているからか上品に見える。
順番を守らず登場した秋葉に男は一瞬きょとんとしたが、たおやかに微笑むと白く細長い指で秋葉の頬を撫でた。
「ようこそ金魚屋へ。君が来るのを待っていたよ」
「……え?」
今回も「見せたいものがある」「初見は絶対驚く」と含み笑いをしていたが、実を言えば少し困ってもいた。
金魚が幽霊の類ならば神社や墓場には多いのではと考えている。実際そうかというとそうではないのだが、何となく近付かないようにしている。御縁神社に来たことがないのもそのせいだった。
けれど、ここまで隆志が楽しそうにするのならさぞ地元の自慢となるものなのだろう。それに友人と遊べるのは楽しい。金魚なんて無視すればそれでいいと振り切って、着なれない浴衣と初めてのお祭りに胸を躍らせた。
しかし案内された先にあったものは秋葉の脚を震え上がらせた。
「これ……」
「凄いだろ! 御縁神社ご自慢の大水槽!」
そこにあったのは数えきれないほどの水槽だった。
水槽群はぐるりと人間を見下ろすように取り囲んでいるが、その全てに金魚が入れられている。
形状は立方体や円柱など様々だ。並びは子供が適当に積んだ積み木のようで、だがおそらく計算し尽くされた配置は美術館のように美しい。
水槽の水には敷地内を彩る赤い提灯の光が差し込み、それを反射する金魚はまるで宝石のようだ。
昼から夜へと移り行く空の色が透ける水槽群の美しさに人々は感嘆の声を上げているが、秋葉の脚はがくがくと震え出していた。
「……何で金魚なの」
「さあ。そういう演出?」
「そう、なんだ……」
「んで! もう一個名物あんだよ! こっちこっち!」
秋葉は数多の金魚に圧倒され動けずにいたが、隆志が肩を組んで進行方向をぐるんと変えた。
この自由奔放な強引さに振り回されることも多いが、今はその強さが頼もしい。秋葉は隆志の腕にしがみ付き、逃げるように水槽群を後にした。
隆志が向かったのは屋台が立ち並ぶ大通りだった。綿飴やりんご飴など、お祭りでしか見ない屋台に目移りした。
しかし隆志は名物とやらに向かってずんずんと進んでいく。
「いたいた! あそこ!」
「何あれ。名物屋台?」
「屋台っつーか、店のオッサンの方!」
「オッサン?」
隆志の指差したのは一つの屋台だった。
そこはなんの屋台だか分からないほど人が群がっているが、おそらく女性向けの店だろう。何しろ客は全て女性だ。十代の若い少女もいれば子供連れの母親もいて、きゃあきゃあと黄色い声が飛び交っている。
「おー、毎年恒例」
「何屋?」
「お! 気になっちゃった!」
「ならないでか」
「ははっ! よし! 行くぞ!」
「え? あの中に?」
「直に見なきゃ駄目なんだって!」
「わ、分かった分かった」
女性ばかりの中に遠慮なく突っ込んでいく隆志に手を引かれ、人を掻き分け秋葉はぽんっと最前列へ顔を出した。
視界に飛び込んできたのは黒地に色鮮やかな菊水が描かれた女性用の着物だった。しかし袖は通されておらず肩にかけて羽織られているだけだ。服はワイシャツに黒いベスト、ノータックで細身の黒いパンツを履いている。
男だ。女性用の着物を羽織っているのは男だった。
どういうつもりの服装か分からずちらりと顔を見ると、女性が歓声を上げている理由がすぐに分かった。
隆志がオッサンと呼んだその男は同性でも目を奪われるほどの美貌だった。イケメンというよりは美人、格好良いというよりは綺麗。だが女に見えるわけではなく、しかし男と断定するには迷う。なんとも形容しがたいその美しさに秋葉は思わず息を呑んだ。
肩につかない程度に長い髪をハーフアップにするという現代風の髪型だが、しかしとろりとした薄墨色をしているからか上品に見える。
順番を守らず登場した秋葉に男は一瞬きょとんとしたが、たおやかに微笑むと白く細長い指で秋葉の頬を撫でた。
「ようこそ金魚屋へ。君が来るのを待っていたよ」
「……え?」