(一)

文字数 1,171文字

 今日は土曜日で大学が休みだ。
 小学校で事件を起こして以来、どこかへ出かけようとすると母親が行先や行動スケジュールをしつこく確認してくるようになった。
 誰かと一緒だと相手の名前と連絡先を教えなければならず、外出後は何度も電話がかかって来て迷惑を掛けてないか確認される。さらには言っていることが嘘じゃないかの証拠として周囲の写真を要求された。
 それが鬱陶しくて外出するのが面倒になり、秋葉は自主的に引きこもるようになった。遊びに行きたいと思う気持ちはあるものの、それ以上に母親が鬱陶しかった。

「おはようございます」
「おお! 来たね来たね! 待っていたよ!」
「ぎゃっ」

 約束通り叶冬へ会うため水族館――金魚屋へ行くと、相変わらず着物を羽織っている叶冬は抱き着いて歓迎してくれた。
 友達と言うには年齢が離れているが、叶冬は若く見えることもあり秋葉は友達と遊ぶような感覚だった。それにここは喫茶店も並列されている。これなら母親への連絡も「喫茶店へ行く」で済む。
 しかも議題は長年推し殺されてきた金魚についてだ。特に言って回りたいと思っていたことはなかったが、否定され続けた自分を肯定し歓迎してもらえたのは単純に嬉しい。
 前向きな外出がこんなにも気持ちの良いものだとは思っていなかった秋葉は抱き着かれたことすらも嬉しく感じた。

「暑いですよ、店長」
「ありゃあ、ごめんよ。お詫びに金魚湯をあげよう」
「いえ、大丈夫です。それよりこれ何やってるんですか?」

 生ぬるいペットボトルを避け、周囲の景色に話題を移した。
 昨日は水族館の中にあった水槽がいくつか外に出されている。大きなトラックも横付けされていてツナギ姿の業者が大勢歩き回っていた。どうやら水槽をどこかへ持ち運ぶようだった。

「移転するんですか?」
「うんにゃ。貸出さ。お祭りとかイベントに貸してあげてるんだよ。僕としては一度くらい雪祭りに金魚すくい屋台出したいんだよねえ」
「え……金魚死にますよね……」
「それは困るなあ。あはは」
「はあ……」

 ――金魚屋とはその名の通りだったのか。
 この服装と喋り方で意外とまっとうな仕事をしてたことに驚いた。

「これって神社のじゃないんですか?」
「神社もここも黒猫喫茶も全て御縁家がやってるのさ。ここは神社の倉庫を水族館に見立てただけだあよ」
「やっぱり水族館なんですね」
「むむっ! 騙し討ちとは卑怯なり! うちは金魚屋だ!」

 叶冬はぷんぷんと口で言いながらじたばたと暴れた。
 きっと叶冬は年甲斐もないとか変人だと思われるだろうけれど、秋葉にとっては同じ目線で話せる貴重な人間だ。まるで子供のような叶冬との会話が秋葉は楽しかった。
 出荷が終わるまで待っておくれと言われて水槽が運び出されるのを見守っていると、業者の中でも年長の男性が困り顔で一枚の紙を睨みながら駆け寄ってきた。
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