エピローグ

文字数 3,106文字

 今日は秋葉が計画した黒猫喫茶のケーキバイキングパーティだ。
 何故そんな計画をしたかというと、金魚屋の仕事がほぼゼロだったからである。元々金魚が少なく既に依都の店があり、聞けばもう一店舗あるという。つまりこの地域は金魚屋が飽和状態なのだ。
 ならば両親に大見得切った黒猫喫茶の拡大をやってやろうと、叶冬と雪人も含めて黒猫喫茶の繁盛に邁進している。
 なんとも金魚屋としてはイマイチなスタートだが、金魚屋のあり方は各店長が決めるのだからそれが君らの日常なのさ、と八重子は笑ってくれた。
 そして叶冬もやる気を出し、同時に紫音もやる気を出して一気にケーキメニューが増えた。ケーキを作るのはもっぱら叶冬だが、意外にも料理が得意だった雪人のおかげで飲食店としての見栄えも整ってきた。
 気になったのは叶冬が雪人のことを紫音になんと説明したのかだった。聞いても何故かはぐらかされた。結局今でも分かっていなが、兄妹は変わらず仲が良い。紫音と雪人も仲が良いのでこれでいいかと飲み込むことにした。

「アキちゃーん!」
「依都君。神威君。いらっしゃい」
「俺も来ちゃった」
「宮村さん!」
「夏生でいいよ。盛況だね」
「店長は元から人気だからね。雪人さんもイケメンだし。おかげで売り上げは上々」
「そういうとこ八重子さんと似てるね、秋葉君」
「今日は八重子さんは?」
「あの人はあの店からは出ないんだ。稔と遊んでるよ」
「そっか……」

 何度か八重子のことを聞いてみたけれど、夏生はいつもはぐらかして答えてはくれなかった。
 これは依都も神威も似たようなことがあり、彼らの店長について聞いても答えてくれないのだ。名前すら教えてはくれず、次第にそれが金魚屋の暗黙の了解なのかと思い秋葉は聞かなくなった。
 こういう時は話を変えるに限る、と秋葉はくるんと神威を振り返った。

「そういえばさ、神威君の中途半端な嘘はなんだったの?」
「ああ、あれは夏生に頼まれたんだよ。金魚屋は生者に関わっちゃいけないルールだからさ、用があっても呼ぶことはできないんだ」

 金魚屋にはいくつか厳守しなくてはいけないルールがある。
 その一つに生者に関わることは禁止というのがあり、恐らくこれを守るために八重子と依都の店長は店を出てこないのだろう。
 けれどこれは業務委託には適用されないらしく、依都たちは気軽に生活をしている。複雑なのは夏生だ。夏生は金魚屋という店ではなく八重子個人のアルバイトなので金魚屋のルールは適用されないが、八重子に準ずる以上それを守る必要もある。だがこれは臨機応変らしい。
 これについては秋葉もよく分かっていないが、夏生同様に叶冬個人のアルバイトの秋葉も同じということだ。まだ分かっていないことの多い秋葉に、夏生はとても良くしてくれている。

「秋葉君にも叶冬君にも接触しなきゃいけないけど、金魚屋からアクションはできない。だからこの件に無関係で、かつ割り込んで来れる人間にヒントを撒いてもらって秋葉君たちから食いついてもらおうと思ってね」
「それであんな遠回しなんだか優しいんだか分からないことしてたの」
「他にどうすりゃいいか分からなくてよ」
「けど浩輔に行きついてくれてよかったよ。あいつが一番客観的な正解を知ってるから」
「やっぱり鹿目さんは宮村さんが助けた人なんですね」
「大袈裟だよ。俺のは単なる自己満足」

 振り返れば、ここまで一進一退していたような気がするが、それはどれも金魚屋へ辿り着くためのヒントだったのだ。
 それにしても偶然の重なり合いも多かった。特に富が沼になんて、佐伯が空飛ぶ金魚を匂わすようなメールが無ければ秋葉は行かなかったかもしれない――と思い、ふと秋葉は思い出した。
 佐伯と話をしていた時違和感を感じた瞬間があった。

「……もしかして佐伯会長のあのメール、ここの誰かが出した?」
「お、正解。あれは夏生に頼まれて俺が出した」
「やっぱり」

 秋葉と叶冬は、いかにも秋葉を指しているような依頼メールを元に会話をした。

『ところで、子供というのは誰をお探しで?』
『子供? ああ、子供ね。そうそう、町おこしです。若者がいなくなってしまって』
『では彼というのは若者全般という意味ですか』
『彼? ああ、はあ、そうですね。華やかな催しで名が知れればと』

「何かリアクション鈍いなって。それにあれフリーアドレスだったんだよ。でも佐伯会長ちゃんとしたメールアドレス持ってたから変だなって」

 秋葉が違和感を感じたのは叶冬の部屋で佐伯の名刺を見た時だった。
 金魚を借りるのは町のイベントなら当然会長としての仕事だ。名刺があるくらいなのだからそのメールアドレスから送るべきだろう。
 けれど叶冬に届いたのはフリーアドレスで、しかも突然の追加でだ。

「秋葉君に来て欲しかったんだよ。だってあの金魚の塊絶対怪しいでしょ」
「あれは結局何なんですか?」
「単にあの場所に執着した金魚が多いってだけ。俺もしばらくあれにかかり切りだし、でも叶冬君と秋葉君のこともあるし。なのに住んでるところは遠いし」
「それで俺たちの方から来てもらおうと」
「そうそう。まあうまくいかなかったら行くつもりだったよ」
「それでお祭りにも様子見に来てたの? でもそれもイチかバチかじゃない。俺だってたまたまお祭りに行っただけだし」
「残念。それもたまたまじゃないんだ」
「たまたまだよ。日舞サークルにサクラ頼まれただけで」
「日舞サークルって誰?」
「誰って、それは知らないけど――……え?」

 ふふ、と笑って神威と依都が揃って一枚の紙を取り出し秋葉に見せつけた。
 それは見覚えのある、日舞サークルの『浴衣レンタル一日五百円』と書かれたチラシだった。そこには男子生徒がモデルとして写っているが――

「これ! 神威君と依都君じゃん!」
「そういうこと。俺らのファンが秋葉の大学にもいてさ、ちょーっと企画提案して頼んだんだ」
「え……まさか隆志までグル……?」
「グルじゃないけど、めっちゃ頼んだ。お前の友達絶対連れて来てって」
「代わりに女の子紹介するって条件で」
「うわ……」

 あのお祭りは色々な発端となったが、誘ってもらえたり日舞サークルと交流ができたりとそれなりに楽しかっただけにショックを受けた。
 一体どこからどこまでが金魚屋の罠なのか、考えたいような真相を知ってガッカリしたく無いような。複雑な気持ちで肩を落とすと、ぽんぽんと後ろから肩を叩かれた。

「店長。何ですか?」
「アキちゃんの招待客が来たよ。接客して」
「あ……」

 叶冬が指差した先にいたのは秋葉の両親だった。このパーティをやると決めた時、叶冬が真っ先に招待状を作ってくれたのだ。
 父は叶冬を見つけてぺこりとお辞儀をし、母は息子の名を呼び駆け寄りそうになっていたのをぐっとこらえてお辞儀をしてきた。じっと見れば、母はもじもじと何かをためらっているようだった。以前はこれを酷く鬱陶しく思ったのを覚えている。
 けれど、叶冬がトントン、と背を叩いてくれた。にこりと微笑んでくれて、秋葉はその笑顔をしっかりと覚えて両親に駆け寄った。
 視界の隅に金魚がついっと泳いでいたけれど、今は見て見ぬフリをした。本来なら人間との接触を優先して金魚を無視するなんて、金魚屋としてはありえない。
 ――けれどそれを良しとするのが藤堂叶冬の金魚屋で、その日常だ。
 母の前に立つと、あの、あ、と息子の名前を呼ぶのをためらっているようだ。秋葉はやはり好ましくは思えなかった。
 けれど叶冬を思い出し、にこりと微笑んだ。

「ようこそ、黒猫喫茶へ。二人が来るのを待ってたよ」

 それは叶冬の台詞に似せた、けれど秋葉が決めた言葉だった。
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