(二)
文字数 1,599文字
家を出ても母が喚いている声は聴こえていた。
たまたま通りかかった見知らぬ男性が訝しげに見ていて、自分もその目を向けられる対象に含まれるのが嫌で足早に家を離れた。
どこでもいいから別の場所へ行きたくて無計画に駅へ駆け込んだ。着いた電車にとりあえず乗り込み空いている席に座り込む。
「すごい……わずか数分で一年分のストレスを受けた……」
いつもならやらないが、乗客がほぼいないのをいいことにだらりと手足を放り出した。
こんな場所に留まりたくないからすぐに帰ろうかと思ったが、どうせ電車代を払うのなら少しでも有意義な何かを得ないと割に合わない。少なくとも新幹線代と夜行バスの差額分くらいは何かが欲しい。
しかし実家近くで有意義なものなど何があるだろうか。
「……そういや富が沼の金魚どうなったんだろう」
すっかり忘れていたが、叶冬は金魚を貸さなかったのだから他からレンタルをしたはずだ。
それ以上にあの金魚の塊がどうなったかが気になる。
「どうせすることないし、行ってみるか」
ちょうど電車が富が沼に着き秋葉は飛び降りた。
北口へ出てショッピングモールへ向かい、水槽が吊ってあった柱を見上げるとそこにはもう何もなくなっていた。イベントの日程はまだ先だったはずだが、どこもかしこも水槽は撤去されている。
さすがに少し気になって、商品陳列をしている薬局の若い男性店員に声をかけた。
「すみません。吊ってた金魚ってどうしたんですか? 金魚使ったイベントやるんですよね」
「ああ、ありゃ片付けたみたいだよ。イベントも中止」
「中止って、金魚が借りれなかったからですか?」
「反対が出たんだよ。水槽が落ちて怪我人が出て、それを佐伯さんは俺のせいじゃない! 地震のせいだ! とか言い張って。地震ていつよ」
「うわあ……」
「何。あんた関係者?」
「いえ、町おこししてるって聞いて。前まで近くに住んでたから気になったんです」
「優しいねえ。あんなアホなことする奴がトップにいる時点でこの町は駄目だな」
内心ではだろうなと思いながら、だがまさかそんなことを口にすることもできず「大変ですね」と無難なことを言ってその場を去った。
貸し出さなくてよかったなと胸を撫でおろしたが、その時ひゅっと赤い何かが視界の隅で跳ねた。
――金魚だ。金魚が数匹、見たこともない勢いであの塊へ飛び込んでいるんだ。
「な、何で? こんな動いたりしないだろお前ら」
秋葉は目を疑った。
金魚は通常、単独で長距離の移動をすることは無い。移動をするのは人に付いている金魚だけだ――と秋葉は思っていた。実際そういう金魚しかいかいからだ。
けれどこのあたりにいる金魚のうち数匹が塊へ向かって飛んで行っている。まるで吸い込まれるように塊へ飛び込むが、よく見ればその総数は減っているようにも見える。以前見た時よりも塊が一回り小さくなっているのだ。
「……減った分を増やそうとしてるのか……?」
だがそれにしては吸い込まれる金魚の数が少ない。それともこのペースで吸い込み続けていくのだろうか。
それにしては塊へ向かう金魚と向かわない金魚がいる。全てではないのだ。一体どういう基準で選別されているのだろうか。されているのだとしたら選別をしている主体は何なのだろう。
考えてもさっぱり分からず、とりあえず写真を撮ってみた。当然金魚は映らない。動画ならどうだと撮ってみるが、やはり映ってはくれなかった。
「仕方ない。描くか」
これはやはり叶冬に報告が必要だろう。秋葉は撮った写真にどれだけの金魚が集まっているのかを絵で描き込んだ。
だからどうなるわけでもないが、これは来た価値もあった。やはり金魚というのは流動的な意図があるのだ。
「それが誰のどんな意図か、だよなあ」
こればかりはいくら何を考えても分からない。
また叶冬と見に来ようと、多少の充実感を覚えて秋葉は帰宅する新幹線の手配を始めた。
たまたま通りかかった見知らぬ男性が訝しげに見ていて、自分もその目を向けられる対象に含まれるのが嫌で足早に家を離れた。
どこでもいいから別の場所へ行きたくて無計画に駅へ駆け込んだ。着いた電車にとりあえず乗り込み空いている席に座り込む。
「すごい……わずか数分で一年分のストレスを受けた……」
いつもならやらないが、乗客がほぼいないのをいいことにだらりと手足を放り出した。
こんな場所に留まりたくないからすぐに帰ろうかと思ったが、どうせ電車代を払うのなら少しでも有意義な何かを得ないと割に合わない。少なくとも新幹線代と夜行バスの差額分くらいは何かが欲しい。
しかし実家近くで有意義なものなど何があるだろうか。
「……そういや富が沼の金魚どうなったんだろう」
すっかり忘れていたが、叶冬は金魚を貸さなかったのだから他からレンタルをしたはずだ。
それ以上にあの金魚の塊がどうなったかが気になる。
「どうせすることないし、行ってみるか」
ちょうど電車が富が沼に着き秋葉は飛び降りた。
北口へ出てショッピングモールへ向かい、水槽が吊ってあった柱を見上げるとそこにはもう何もなくなっていた。イベントの日程はまだ先だったはずだが、どこもかしこも水槽は撤去されている。
さすがに少し気になって、商品陳列をしている薬局の若い男性店員に声をかけた。
「すみません。吊ってた金魚ってどうしたんですか? 金魚使ったイベントやるんですよね」
「ああ、ありゃ片付けたみたいだよ。イベントも中止」
「中止って、金魚が借りれなかったからですか?」
「反対が出たんだよ。水槽が落ちて怪我人が出て、それを佐伯さんは俺のせいじゃない! 地震のせいだ! とか言い張って。地震ていつよ」
「うわあ……」
「何。あんた関係者?」
「いえ、町おこししてるって聞いて。前まで近くに住んでたから気になったんです」
「優しいねえ。あんなアホなことする奴がトップにいる時点でこの町は駄目だな」
内心ではだろうなと思いながら、だがまさかそんなことを口にすることもできず「大変ですね」と無難なことを言ってその場を去った。
貸し出さなくてよかったなと胸を撫でおろしたが、その時ひゅっと赤い何かが視界の隅で跳ねた。
――金魚だ。金魚が数匹、見たこともない勢いであの塊へ飛び込んでいるんだ。
「な、何で? こんな動いたりしないだろお前ら」
秋葉は目を疑った。
金魚は通常、単独で長距離の移動をすることは無い。移動をするのは人に付いている金魚だけだ――と秋葉は思っていた。実際そういう金魚しかいかいからだ。
けれどこのあたりにいる金魚のうち数匹が塊へ向かって飛んで行っている。まるで吸い込まれるように塊へ飛び込むが、よく見ればその総数は減っているようにも見える。以前見た時よりも塊が一回り小さくなっているのだ。
「……減った分を増やそうとしてるのか……?」
だがそれにしては吸い込まれる金魚の数が少ない。それともこのペースで吸い込み続けていくのだろうか。
それにしては塊へ向かう金魚と向かわない金魚がいる。全てではないのだ。一体どういう基準で選別されているのだろうか。されているのだとしたら選別をしている主体は何なのだろう。
考えてもさっぱり分からず、とりあえず写真を撮ってみた。当然金魚は映らない。動画ならどうだと撮ってみるが、やはり映ってはくれなかった。
「仕方ない。描くか」
これはやはり叶冬に報告が必要だろう。秋葉は撮った写真にどれだけの金魚が集まっているのかを絵で描き込んだ。
だからどうなるわけでもないが、これは来た価値もあった。やはり金魚というのは流動的な意図があるのだ。
「それが誰のどんな意図か、だよなあ」
こればかりはいくら何を考えても分からない。
また叶冬と見に来ようと、多少の充実感を覚えて秋葉は帰宅する新幹線の手配を始めた。