(四)

文字数 687文字

 もう着席しているのに何の準備があるのだろう。
 叶冬は持って来た自分の鞄を取り出した。いつも羽織っているこの高そうな着物をしまうのだろうか。人目を考えればぜひともしまってほしいが、鞄からは秋葉の予想とは全く違う物が登場した。
 取り出されたのはいつの間にか買っていたのか、駅弁だった。しかも一つではない。和食洋食中華などの五種類がそれぞれ二個ずつあった。
 二個ということはまさか秋葉の分だろうか。

「お食事の時間だあ!」
「……あの、それ全部食べるんですか?」
「当り前じゃないか。ハルちゃんは何個食べる?」
「もう偽名なんですね。朝は食べてきたんでいいです」
「ではこの中華弁当をあげよう!」
「え!?」
「いただきまあす!」

 秋葉の意見など何も聞かず、叶冬はばくばくとすさまじい勢いで弁当をかき込んだ。
 あっと言う間に一つ、二つと平らげどんどん食べ進め、味わっているのかどうかが怪しいそのスピードに叶冬に白い目を向けていた乗客も目を奪われている。
 朝から中華を食べる気にはなれないが、美味しい美味しいと食べる様子は気持ちが良い。

「ほらほら、ハルちゃんもお食べ。育ち盛りはもりもり食べなきゃいかんよ」
「程度問題ですよ。でも、はい。食べます」

 食べながら喋る叶冬につられて一口食べると、弁当は冷めていて白米も柔らかくはない。
 自宅でコンビニの弁当を温める方がマシだが、隣に叶冬がいるだけで特別な弁当に感じられた。

「美味しいかい?」
「……はい。すごく」

 それは良かった、と叶冬はよしよしと頭を撫でてくれた。まるで子供扱いで恥ずかしい。
 けれど親がやってくれなかったそれはほんの少し嬉しかった。
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