(五)

文字数 731文字

「うわっ」
「何を見たんだい」
「え?」
「『お前ら』『あっちに行け』と言ったね。一体何がいるのかな」
「そ、れは」

 しまった、と秋葉は目を泳がせた。
 金魚どうこうと話をするにしては、少女が不思議そうにじいっと見つめてきていて話せそうにない。
 どう誤魔化そうかと焦ると、がさりと後ろの茂みが揺れた。そこにいたのはまだ高校生だろうか、浴衣姿の少年だった。少年は秋葉と店長をきょろきょろと見て困ったように怯えている。見れば一般客が少しずつ入り始めている。

 ――居合わせたのが不運だったと思ってくれ。

 秋葉はこれ幸いと少年を盾にして店主と距離を取った。

「こ、この子が変な動きしてたから襲われたのかと思っちゃって!」
「は!? 俺何もしてないぞ!」
「うん、ごめん。完全に見間違い。お詫びに何かおごるよ」
「あ、ほんと? ラッキー」
「何がいい? 焼きそば? チョコバナナ?」

 友達の分も買ってやるよ、と少年の顔色を窺いながらそそくさと立ち去ろうとした。
 しかしそれを許さないと言うかのように店主の声が秋葉を突き刺した。

「石動秋葉君」
「……え?」

 店主は秋葉のフルネームを呼んだ。秋葉は一度も名乗っていないのに。
 初対面だと思っていたがまさか知り合いだっただろうか。いや、こんな派手でインパクトのある男を覚えていないわけがない。
 店主は怪しく微笑み、するりと秋葉の頬を撫でた。

「君が来るのを待っていたよ。金魚の少年」

 ぞくりと背筋が凍った。
 店主の手がさらに伸びてきてきて、秋葉は反射的に振り払った。

「失礼します!」

 秋葉は無関係の少年の手を握ってその場を逃げ出した。
 そこからは何故か何も考えられなかった。
 星が見え始める前にベッドへもぐりこんだが、その夜は金魚になる夢を見なかった。
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