(一)

文字数 1,668文字

 そして翌日曜日。
 約束した通り依都は神威を連れて金魚屋にやって来た。やはり二人とも黒尽くめで、いかにもな服装だった。
 ライブでは俯いていた神威も今日は顔を上げていた。チラシに使われていた写真の通り端正な顔立ちをしている。秋葉はじいっと神威を観察した。

「なんだよ」
「あ、ごめん。ライブの時とは印象違うなと思って」
「……本当にあんたも見えるのか」
「うん。神威君も?」
「ああ……」
「本当に? 本当に見えてるの?」
「ああ。だから襲われ」
「それ! それだあよ! 襲ってきたのはどんな金魚なんだい!?」
「あァ!? なんだお前!」
「あ、こういう人なんで気にしないでね」

 えへ、と可愛く笑ったが言っていることはなかなかだ。
 お茶請けどうぞ~、とお煎餅を出して誤魔化している。

「ほらほら。襲ってきたのはどんなんだい?」
「黒いやつだ。襲ってくるのはいつも黒い」
「黒? 出目金?」
「……俺には光球に見える。それにひらひらしたのがくっついてて金魚っぽいから金魚って呼んでるだけ」
「明確に魚の形じゃないんだ」
「あんたは魚に見えるのか」
「うん。はっきり金魚」
「そうか。それで金魚屋ってわけか」
「ううん。ここは店長の水族館で俺は無関係」
「あ?」
「僕はしがない金魚屋のオッサンさ。それで、君は金魚に触れるのかい?」
「触れねえよ! なのにあっちからは襲って来やがる!」
「神威君。落ち着いて」

 どうみても年下の依都によしよしと宥められながら、神威はくそっと吐き捨てた。相当ストレスが溜まっているようだ。

「しっかし、出くわすたびに襲われてたら歩けないんじゃあないかい?」
「赤いのは襲ってこない。黒いのだけだ」
「黒いのはいっぱいいるのかい?」
「いいや。月に一度見るかどうかだ。アキは何で襲われないんだ? どうしたらいいんだ」
「さあ。俺は生まれてから一度も襲われたことないから」
「消し方は知らないのか」
「俺も知りたい」
「そっか……」

 神威と依都はがっかりしたようで、しゅん、と俯いた。秋葉に会えば何か手がかりがあると思っていたのならさぞ残念だろう。
 気を落とさないでと紫音は気遣ったが、しかし秋葉にはどうしようもないし叶冬に至っては見えてすらいない。相談されてもできるのは「お互い頑張りましょう」と励まし合うくらいだ。

「アクアリウムに行ったのは手がかりがあるかもと思ったから?」
「ああ。アクアリウムの開催者に金魚好きの妙なオッサンがいるって聞いて」
「あ、かなちゃんだ」
「僕はまだ三十五歳だあ! というか僕は開催者じゃない!」
「待って。店長のこと知ってたの?」
「そりゃ知ってんだろう。この界隈で知らない奴いねえわ」

 ん、と秋葉は首を傾げた。神威の言うことに違和感を感じたからだ。
 そしてふと気付いて、ぽんっと秋葉は手を叩いた。

「そっか。分かった」
「何がだい!?」
「神威君、金魚が見えるって嘘だよね」
 神威と依都、紫音はきょとんと目を丸くした。なんだってぇ、と大袈裟に騒いでくれたのは叶冬だけだ。
「何だ、急に」
「だって言ってることおかしいから。まず神威君は金魚が怖くて家に籠ってるんだよね」
「そうだよ」
「今も? 金魚が出てきたら怖い?」
「ああ」
「それがおかしい。だってずっと神威君の右肩にいるんだよ、金魚」
「え?」

 秋葉は神威の右肩の少し上を指差した。
 昨日のライブハウスは他にも金魚がいたからあまり気にしなかったが、ここに来た時から秋葉の視界には金魚がいた。神威の傍を常に泳いでいる金魚が一匹いるのだ。

「金魚が見えるって妙な一致だから信じちゃったけど、それって店長が言ってるのをやってみただけじゃないの?」
「ああ、そうね。かなちゃんを見にお祭り来る人もいるしね」
「だから目的は僕じゃなくて店長なんじゃない?」
「なんでだい。僕は至って普通の金魚屋さんだよ」
「普通かどうかはともかく、多分二人は店長に用があるんですよ。僕はその掴みにされただけじゃないかな」

 しいんと全員が黙った。
 さすがにこんな全員の前で言うことじゃなかったかなと焦り出すが、あははっと依都が声を上げて笑い出した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み