(三)

文字数 1,405文字

 そうして、南口へ行き辺りを歩き回ったけれど金魚が大量発生している様子はどこにもなかった。
 それどころか――

「……おかしい」
「ん!? 何がだい!?」
「金魚がいないんです。一匹も」
「いない? それはおかしいのかい?」
「はい。普通は視界に数匹います。一匹もいないなんて初めてです」
「ふん~。初めて尽くしの赤飯祭りだねえ」

 言っている言葉はふざけているが、叶冬は真面目な顔で悩んでいた。
 今まで秋葉の金魚話を信じるどころか耳を傾ける人間はいなかった。こんな風に悩んでくれる事なんてあるはずもない。
 それなのに叶冬の問いに答えが出せないことが悔しかった。

「……すみません」
「うん? なにがだい?」
「分からないばっかりで、何もできなくて」
「なあに言ってんだか。僕の方がもっと分からないよ。それに調べるのが楽しいんじゃあないか!」

 叶冬は、あっはっは、と秋葉の背を強く叩いて笑った。楽しいのか。金魚の話をするのが。
 秋葉はきゅっと唇を噛んだ。

「金魚は塊でいるのは珍しいのかい?」
「一点集中してるのはたまに見ますよ。あんな多いのは初めてですけど」
「この店には?」
「いないです。一匹も」
「ふうん。建物の中にはいないものなのかい?」
「いいえ。いるところにはいます」
「規則性は無い、と。他に変わったとこはあるかい?」

 金魚は規則的に動く方が風変わりである印象があった。だからこそ塊で蠢いているというのは妙なのだ。
 塊になろうとする金魚には何か共通点があるのかもしれないと、塊を思い出してみる。

「……そういえば大きい金魚が多かったです。カラフルで」
「ふえっ? 金魚って個性大爆発なのかい?」
「そうですね。小指くらいのもいれば両手で抱えられないくらいのもいます。色は大体赤ベースですけど、ここは黒いのがいました。あんなの初めてです」
「へーえ! そりゃあ不思議だ。何で違うんだい?」
「分かりません。白人黒人みたいな違いがあるのかも」
「ふえ~。どうして佐伯会長はそんな変わり者ならぬ変わり金魚が見えるんだろうね。アキちゃんと共通する何かがあるのかなあ」

 共通、と言われて少し、いやかなり不愉快だった。あんな男と似通っていると思うと気分が悪い。
 しかしそうでなくとも佐伯が金魚を見ているというのはなんだか違う気がした。

「本当に見えてるんですかね、あの人」
「そう言ってたじゃない」
「俺と同じ物を見てるとは限らないですよ」
「けどさあそれさあ空飛ぶ金魚なんて言うかい、普通」
「それはそうなんですけど」

 それでも秋葉はしっくりこなかった。
 何か違和感があるのだ。それが何だかは分からないが、何となく佐伯は違うのだと感じる。

「もう一度金魚の塊を見たいです。多分この町にはあれ以外何もないと思います」
「ふむ。アキちゃんがそういうのならそうしよう」

 ショッピングモールへ戻り端から端まで見て歩いたが、やはりここにも金魚はいなかった。まるで全ての金魚があの塊に集まっているようだ。
 あそこに金魚を集める何かがあるのだろうか。
 じいっと塊を観察すると、何かが陽の光を反射し秋葉の目をくらませた。

(なんだ。眩しいな)

 しかしそこには変わったものは無い。いるのは金魚だけだ。

「……あ?」
「ん? どうしたアキちゃん」
「あの、佐伯会長の依頼メール見ていいですか?」
「んえっ? いいけど、何だい急に」

 叶冬は胸ポケットからプリントアウトしたメールの内容を見せてくれた。
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